ラブレター編⑤
「……そんな事が……。なんてひどい……」
「……人をなんだと思ってんだよ……。そいつら……」
「……許せない……」
この子の話を聞いた僕らは、それぞれ怒りの感情を露わにする。
話を終えた今でも涙を流しているこの子を見ながら、先ほどの話を思い出す。
「話を聞かせてくれるかい?」
僕はできるだけ優しめのトーンで、この子に問う。
「……い、いいんですか……? 話しても……」
「ああ! もちろん!! 誰にも言わないと約束する。そして僕たちは君の味方だ」
「……あ、ありがとうございます……。それと、先ほどはすいませんでした……」
「うん。もう気にしてないよ」
……まあ、ちょっとは気になるけど……。主に、パイおつが……。
「……おーおーたーくーん……? なにかやましい事考えてない……?」
「いやいやいや!! な、何も考えてないよ? うんなにも……」
……さすが鋭いな……。
桂さんは僕たちののやりとりに目向きもせず、後輩さんに喋りかける。
「とりあえず、名前、聞かせてくんない? お互いに名前を分かってなかったらやりずらいでしょ」
「……そ、そうですよね……。自己紹介が遅れて申し訳ありません……。私、本田美智子と申します……。よ、よろしくお願いします……」
なんて礼儀正しい子なんだ……。
僕たちは、一人一人なにかと癖のある自己紹介を返す。
「あ、ご丁寧にどうも……。ま、まあ知ってると思うけど改めて。太田浩二郎です。よろしく」
「私、桂恭子。よろ~」
「……伏見乃愛よ。よろしく」
……伏見さんだけ、なにか冷たいような気が……。
「……よろしくお願いします……。桂先輩と、伏見先輩の事は存じております……。学校の中でも、すごい有名な方たちなので……」
「え~ほんとにー? 照れちゃうなー」
「……ふん」
桂さんはわざとらしく照れたふりをする。
伏見さんは、まだ本田さんをよく思っていないのだろう。
ほっぺがまだ膨らんでいる。可愛い。
「……それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか。……本田さん。聞かせてもらっていい?」
「……はい」
僕たち三人は本田さんの話を聞き逃すまいと、本田さんに耳を傾ける。
伏見さんだけまだそっぽを向いているが……。
「……結論から言うと、私、いじめを受けているんです……。」
……それはなんとなく予想はできていた。
「……でも、皆さんが思っているようないじめではありません……。ほとんど、脅迫、なんです……」
「……と言うと……?」
「……前に、この学校に来た教育実習生の方々を覚えていますか……?」
「ああー。なんか来てたなー。何人か。その内の一人がめっちゃイケメンって私と乃愛のクラスでも騒いでたわー」
「あー。そういえば来てたような。しかもそいつって、しつこくウチらに喋りかけてきたヤツでしょ?」
「そーそー。きもかったよねー」
伏見さんと桂さんは見覚えがあるらしい。
……僕はなにも覚えてないけど。
「……そうです。それで、その人がこの学校の女子生徒に手をだして、警察に逮捕された話をご存知でしょうか……?」
「あー。知ってる知ってる。確か、未遂で終わったんだよね。途中に先生に見つかったとかなんかで。アホだよなー」
その話はさすがに知ってる。うちのクラスでも騒ぎになっていた。
「確か、その襲われた子、一年生だったよね。…………まさか……」
伏見さんは、思い出したと同時に驚愕を露わにする。
…………これは、このまま喋らせてもいいものなのか……?
「……そうです……。そ、その被害者が……私……です……」
「………そんな……」
「……マジかよ……」
「……うそ……」
…………なんてことだ……。
「……本田さん。話を聞くと言ったのは僕だけど、辛いなら、思い出したくないなら、話さなくてもいい……」
……これ以上は、まずいかもしれない。
なんて浅はかなんだ……。
変にかっこつけて……。話を聞くなんて軽々しく口に出しやがって……。
今すぐにでも壁に頭をぶつけたい気分だ……。
「……太田君の言う通り。辛いなら、やめていい。けど、それでも聞いてほしいなら、ちゃんと最後まで聞く」
「………」
さっきまでそっぽを向いていた伏見さんが、すかさずフォローを入れる。
……そういうところだよ。みんなが伏見さんの事を好きなのは。
「……い、いえ……。最後まで話します……。でも……、途中で情けない顔をすると、思います……。それでも、聞いて……くれますか……?」
……もう出そうじゃないか……。
君が流したくなくても、流れてしまう涙が……。
……もちろん、このまま放ったらかしなんて選択肢は、僕にはない。
「……もちろん。最後まで聞くさ……。たとえどんな内容だろうと……」
僕ら三人は、力強く同時に頷く。
「……あ、ありがとうございます……。そ、それで、その一件があり、私、軽い男性恐怖症なんです……。」
「……そらそうなるよな……」
桂さんは、全く持ってその通りと、顔を縦に振る。
……男性ってことは……。
今もすごく我慢していることって事か……。
「……でも、そいつ、捕まったんだよね……?」
伏見さんは、改めて本田さんに確認をとる。
「……は、はい……。その人はもう捕まったからいいんです……。でも、それからまた問題が起きました……」
「……その問題っていうのは……?」
「……その……一部始終が……ど……動画に……撮られて……い、いたんです……!!」
「「「………え……!!??」」」
この一言から、本田さんの心のダムが決壊した。
「……この動画を、脅迫の武器にして……!! 私に、身体を売らせて……!! ……お、お金……を……。 お金を……!! 稼いで来い……と……!! その稼いだお金を……!! 渡せと……!!
そう、脅迫……されてるんです……!!」
「「「………………」」」
恭子と乃愛、そして浩二郎は、開いた口が塞がるはずもなく、ただ美智子を眺めることしかできなかった。
なんてひどい話なんだ、なんて悲しい話なんだ、そんな軽い言葉はこの場の誰も口にしない。
いや、できない、の方が正しいだろうか。その軽い言葉が、開きかけている美智子の心を再び、閉ざすことになると、この三人は分かっているのだ。
この三人は分かっている。その軽い言葉がどれだけ尖った言葉か。
分かっている。知っている。言葉は人を、心を、傷つける武器にもなると。
浩二郎は知っている。自分の周りに話を聞いてくれる人がいない辛さを。誰かに助けを求めることに、どれだけの勇気が必要なのかを。助けを求めた矢先に、離れていってしまう恐怖を。その時の孤独を。
それ故に、ただ眺めることしかできない。
美智子の心情の吐露はまだ止まらない……。
「……わ、わたし……が……なにか……しましたか……!? ふ……普通に……勉強して、友達と遊んで……!! それだけでも……幸せ……だったのに……!! なんで……なんでこうなったんですか!!
誰にも迷惑をかけてないのに!! なんで……なんでこうなるんですか!? 見てる人は何も言わない!!誰も助けてくれない!! みんな標的にされるのが怖いから!! しかも相手は三年生!!」
「………確かに、相手は先輩で、しかも怖い人って有名な人です……。でも……! それでも……!! なにか、一言あってもいいじゃないですか!! なんで誰も何も言ってくれないんですか!! みんな、人の心がないんですか……!? 私が……悪いんですか……?」
「「「………」」」
顔を涙と汗でぐしゃぐしゃにして、心情を露わにする美智子。
この心情を聞いた三人は、ただその場に立ち、美智子の心が軽くなるまで、動かない。
今は何もできない。後の事は後だ。今は、今だけは、美智子のそばに居る。いや居させてくれ。
この場にいる誰しもがそう思った。
『君は何も悪くないよ』『親や先生には言ったの?』そんな言葉、励ましにもならない。
親や先生に言えないから今こうしてこの場にいるのだ。
自分が悪いか悪くないなど、自分が決められるものではない。結局は第三者によって決まるものだ。
だから分からない。分からないが故に、自分に原因があったんじゃないか、そう不安になるのだ。
『励ましの言葉』は、時には罪深き狂気の言葉にもなる。
そして、それを自分でも経験があり、そのことを人並み以上に理解している三人がこの場に居る。
これがどれだけの意味を持つのか。
なにも不幸な出来事を経験したことがない人間と、過去に不幸な場面にでくわした人間。そしてそれを乗り越えてきた人間。
この差は月とすっぽんだ。
自分と似たような経験をした人が話を聞いてくれると言った。言ってくれた。自分が陥れようとしたのに。そのことに怒りもせず、ただこちらの心中を心配して。
それが美智子にとって、最大の励みだった。