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7.

『イフリートの瘴気で消えちゃったっていう、南の砦のひとたち。助けられると思うんだけど、どうする??』


 その言葉の真意を測りかねて、荒れ果てた丘にはしばし沈黙が流れた。ややあって、ライラとユーシス、アルフォンスまでもが、「は!?」と声を裏返した。


「皆を助けられる? しかし、皆は瘴気に溶けて、身体すらも残らなかったのでは……」

「恐れながら、ケマリ様。南の砦の者たちは、弟にとって家族同然の仲間です。いたずらに期待を煽るようなことは、あまりおっしゃらないほうが……」

「そうよ、ケマリ。世の中には、言っていい冗談と、言っちゃいけない冗談があるの」

『うわーい。ライラとユーシスの、ボクの信用のなさ! ちょっとクセになっちゃうなあ』


 へらへらと笑ってから、ケマリはぴんと前足を突き出した。


『けど、今回は本気(マジ)もんの本気(マジ)さ。考えてごらんよ。君たちがどうやって、分身の奴を倒したか』


 言われて、ライラとユーシスは顔を見合わせた。


「えっと……ユーシス様が、退魔の剣でイフリートの魔力を吸い出して?」

「弱ったところを、ライラさんの浄化魔法でとどめをさした?」

『その通り!』


 先が読めずに戸惑うライラたちに、ケマリはぱん!と肉球を叩いた。


『南の砦のひとたちは、魂を吸い出され、イフリートの魔力の養分にされたんだ。だけど、ユーシスの一撃で呪縛から解放された。さらにライラの一撃が、魂の傷を癒した。魂が囚われてから、時間があまり経ってなかったのもよかったんだろうね。ライラたちの目に見えないだけで、彼らの魂が、さっきから君たちを見守っているよ』

「そうなの?」

「みんな……そこにいるのか?」


 どこか縋るような表情で、アルフォンスが何もない空間を見つめる。すると、風もないのに、あちこちでころころと小さな石が転がったり、岩の間の草が揺れたりした。


 返事としか思えないそれらに、再びアルフォンスの目に涙が滲んだ。


「ああ……よかった……。皆、そこにいたのか……」

「だけど、どうやって皆さんを助けるの?」


 表情を曇らせ、ライラはケマリを見上げた。


 魂が養分として吸われつくされ、消失しなかったのは喜ばしいことだ。けれども、サーシャが教えてくれたように、彼らの体は瘴気の毒で消えてしまった。いまの彼らは幽霊のようなものだ。完全に失われた体を再生することは、精霊魔術でも出来ない。


 けれども、ライラの懸念を吹き飛ばすように、ケマリは明るく言った。


『そうだね。ボクが力を貸しても、彼らを助けることはできない。けど、女神さまは別さ』

「女神……創世の女神、ユグラテのことですか?」

『うん。女神さまに力を借りるんだよ』


 驚愕するユーシスに、ケマリがしれっと頷く。


(そういえば、書庫の本に、『女神の祝福』という魔術について書いてあった)


 曰く、精霊魔術をはるかに凌駕し、悪魔を一撃で消し飛ばせる可能性を秘めた魔術。けれども、その発動条件は謎であり、実在するかも怪しいものだった。


「女神様の力を借りるなんて、一体どうやるの? ていうか、そんなことができるだなんて、これまで一度も言ってくれなかったじゃない」

『それは、ライラが条件を満たしてなかったからだよ。いまのライラ、そしてユーシスなら、女神さまとパスがつながるはずさ』


 再び、ライラとユーシスは互いを見て、首を傾げた。


(いまの私とユーシス様なら、クリアできる条件?)


 ケマリの言葉は謎ばかりだ。だけど、迷ってばかりもいられない。精霊魔術により今は魂を保っていられる彼らも、じきにこの世に残る力を失う。そうなれば、それこそ創世の女神のもとに返り、輪廻の海を渡るはずだ。


「やりましょう、ユーシス様」

「ああ」


 ライラの言葉に、ユーシスも力強く頷く。視線を交わして、二人は聖杖を一緒に掲げた。


(お願い。女神様に、声が届いて……!)


 強く祈ってから、ライラは目を閉じた。




 次の瞬間、ライラは広大な星の海の中にいた。




(ここは……)

「ライラさん」


 すぐそばで声がして、ライラは瞬きをした。見れば、荒れた丘にいたときと同じく、ユーシスが隣で一緒に聖杖を握っている。


ひとりではないことに安心して、ライラは改めて周りに視線をやった。


(すごい星の海……。上と下、右も横もわからなくなってしまうみたい)


 不思議と恐怖はない。夜明けのような柔らかな光が、水平線(と便宜上呼ぶしかない)から淡く空を照らしているからだ。


空の星が映っているのか、はたまた海の底にも星があるのか。判別がつかないほどに、細かな光のきらめきが空と海とでまたたいている。そのせいで、ここが普段見るような海とはまったく違う異界であることを、強く印象付けた。


そのとき、音もなく、目の前に女が現れた。


“待っていました。光の子”


 どきりとして、口から悲鳴が飛び出しそうになる。そうしなかったのは、相手に敵意がないのがすぐにわかったからだ。


 そもそも、敵意どころか、本当にそこにいるのかも怪しい。女といっても、形がそう見えるだけだ。存在が淡く、顔かたちすら見えない。感じるけれども、決して触れられない。おそらく、存在する次元が違う。そう思わせる、不思議な存在。


 ごくりと息を呑むライラたちに、相手が笑ったように感じた。


“もういちど。待っていました、光の子たち。あなたたちを信じてはいたけれど、本当に来てくれて嬉しく思います。あなたたちに、未来を託してよかった”


「やはり女神様が、私たちに記憶を残し、もう一度現生に送ってくださったのですか」


 僅かに緊張の滲む声で、ユーシスが訊ねる。すると、淡い靄のような相手が頷いた。


“はい。悲しき獣、堕ちた我らの同胞を、あなた方に解放してもらうために”



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