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2.



 魔王と化したのは、アルフォンス王子だ。


 衝撃の事実に、ライラ、そしてユーシスが言葉を無くす。ただひとり、ケマリだけがふむふむと頷いた。


『ここについたとき、そーかなと思ったんだよねえ。瘴気の匂いの中に、少しだけアルフォンスと同じ匂いがしたから』


「分身の狙いは、初めからアルフォンスだった」


 精霊眼を目に宿し、サーシャが顔をしかめて絞り出した。いつの間に姿を現したのか、真実の精霊ルチアが、慰めるようにサーシャの小さな手に寄り添う。


 その手をぎゅっと握りしめて、サーシャは続けた。


「コトが起こって初めて、この目が真実を見つけた。わらわもルチアも、騙されたのじゃ。第二第三の分身は、退魔の剣を手に入れるためだけに、カルスト山に潜伏したのではない。ここに拠点をつくることで、わざと四砦の主を結託させた。ただひとり。アルフォンスの心を乱す、それだけのために」


 思えば、アルフォンス王子は最初から好戦的だった。


 王の血を引くが、兄とは半分しか血がつながっていない王子。ユーシスを敵視し、サーシャを魔女と蔑み、誰よりも王位に執着する青年。


 悪魔は、人間の心の隙間から入り込む。


 クロードの場合、それは孤独だった。

 アルフォンスは、それは怒りだった。


(イフリートの分身は、アルフォンス王子が自分と魔力の相性がいいことがわかって、わざとアルフォンス王子を刺激するようなことを……!)


「昨日の騒動も、同じだ。あれは、ユーシスやライラ殿を作戦から外すためじゃない。アルフォンスを動揺させるためだった」


「でも、アルフォンス殿下は、分身の討伐を通じて王位継承に優位になることにこだわっていましたよね。ユーシス様が王城に残ったことで、自分に有利になったって、喜んだんじゃないですか?」


「あの兄弟のこじれ方は、そう単純なものではない。少なくとも、わらわの目には、アルフォンスは傷ついているように見えた。兄が呪われた王子の生まれ変わりであることにも、その事実を自分だけが知らされなかったことにも、な」


 サーシャの言葉に、ユーシスが静かに口を引き結んだ。言われてみれば、ライラもあのとき、アルフォンス王子に同じ印象を抱いたのだった。


(あの時は、思い違いかもって気にしていなかったけど……)


「とにかく、いまのアルフォンスは、イフリートにとって格好の獲物だった。その真実を、奴らは巧妙に隠し、精霊眼を逃れた。そして、わらわは、みすみす奴らの目と鼻の先に、獲物を送り込んでしまったんじゃ」


 転移陣を使ってカルスト山に到着したのは、アルフォンス率いる南の砦の部隊が最初だった。すかさず、待ち構えていた一体の分身が、アルフォンスの中に潜んだ。


 そのことにアルフォンス自身も気づかなかった。そのまま、東、次いで西の砦の部隊の到着を待って、一向は岩場への進軍を始めた。


 ついに、岩場に到着した途端、分身はアルフォンスの体を奪い、魔王に昇華した。


「魔王はまず、噴き出した瘴気を通じて、近場にいた者たちの精気を吸った。最も近くにいた者……南の砦の者たちは、身体も残らず、命を落としてしまった。一瞬だった」


「そんな……」


 間に合わなかった。

 その事実に、ライラは打ちのめされた。


(イフリートに誰ひとり奪わせない。そう、誓ったのに)


 それから魔王は、サーシャほか初手を逃れた者たちを退け、魔脈に触れた。カルスト山は、なすすべもなく割れてしまった。


「奴はいま、この山のどこかにある退魔の剣を探している。クラウディアが動ける者を率いて追っているが、全滅は時間の問題だ。もう、我が国はおしまいじゃ……」


 俯くサーシャに、ライラの心も折れてしまいそうになる。


 だけどすぐに、ライラは強く首を張った。


(……そうじゃない。命を奪われたひとたちのためにも、ここで魔王(あいつ)を絶対に倒さなきゃ!)


「おしまいなんかじゃありません! 私たちが来たじゃないですか!」


 のろのろと首を上げる少女に、ライラは自分の胸を叩く。


「サーシャさんに視えた真実(みらい)は、私たちが到着する前のものですよね。だけど、私たちが来ました。ウォーレンさんたちは助かったし、サーシャさんも瘴気の毒から癒せました。未来は変わったはずです!」


「だめなんじゃ!」


 ぱたぱたと、大粒の涙がサーシャの瞳から零れ落ちる。サーシャは泣きながら訴えた。


「ウォーレンを救おうと、……奴を倒そうと、何度もルチアと未来を掴もうとした! じゃが、何度視ても同じじゃ。クラウディアらは全滅し、退魔の剣は奪われ、翡翠の洞窟の封印は破られる。そして、今度は本体がまごうことなき魔王として、この世を支配する……。もう、我らに勝機はないんじゃ」


「――諦めるのは、簡単かもね」


 凪いだ湖のような静かな声で、ユーシスが言った。


 思わずそちらを向くサーシャをまっすぐに見据えて、ユーシスは淡々と続ける。


「だけど、諦めなかったからエルザは悪魔を封印できたし、俺は最期にエルザと会えた。いま必要なのは、そういう往生際の悪さだ」


「だが……精霊眼は……」


「未来なんか視なくていい。どうせ一瞬で移り変わるものだから。それより俺は、可能性が欲しい。探すんだ、サーシャ。道を切り拓く可能性を。勝機をつかむ、可能性の欠片(ピース)を」


 サーシャの小さな手を、ユーシスがそっと包む。


 こんなときなのに、ユーシスは端正な顔に、少年のような笑みを浮かべた。


「悲願なんだろ。俺たちの手で、あの大悪魔(元凶)を叩きのめすのって」


 サーシャはぽかんと放心した。ややあって、ごしごしと乱暴に目の周りをぬぐうと、ユーシスに負けず劣らずの悪い笑みを見せた。


「ぬかせ。元凶(あやつ)をぶちのめすのは、我がメディエール家だ」


 気力が戻ったサーシャに、ライラとユーシスはほっとして頷きあう。二人にかわり、ケマリが話を戻した。


『ところでさ、アルフォンスの中に入った分身は一体だけ? それとも、二体とも?』


「わからぬ。確認する間もなかったから……。少なくとも、魔王のほかに別の分身の姿は見なかった」


『血文字を書いた犯人はどう? あいつが魔王になってから、色々と隠していたことが視えたんだよね。誰が血文字を書いたのかもわかった?』


「いや。イフリートがそうさせたというのはわかったが、実際に血文字を書いたのが誰かはわからなかった」


「それって、討伐隊の中に、イフリートの協力者がいるかもしれないってこと?」


 精霊眼で視えないということは、いまだにイフリートが、意図をもって真実を隠しているということだ。分身本体が王城に忍び込んで書いたのなら、わざわざ隠す必要はない。


 表情を曇らせるライラに、ユーシスも難しい顔をした。


「あるいは、そう思わせることで、俺たちの動揺を誘っているのかも。どちらにせよ、いまは魔王をカルスト山で仕留めることが先だ」


「じゃな。――――ルチア。もう一度、わらわに力を貸してくれるか?」


 サーシャがそっと、ルチアに手を伸ばす。するとルチアは、待っていた!と答えるように、サーシャの小さな手にぴょこんと飛び乗った。


それに、「ありがとう」と目を潤ませてから、サーシャは自分の左目――普段はウォーレンに貸し与えているほうの目に触れた。


「……悪いな、ウォーレン。ヌシが目を覚ますまで、いましばし、この目わらわが使うぞ」


 サーシャが手をどけたとき、彼女の両眼は金色に輝いていた。同時に、ルチアの体も淡く発光を始める。


 両手で包み込むようにルチアを乗せ、サーシャは魔力を迸らせて唱えた。




「我、いまを見極め、いまを選定する者なり。――映し出せ、我が精霊眼!」



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