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7.

 その昔、悪魔に体を奪われた王子がいた。


 王子は隔離され、分厚い結界の奥に厳重に閉じ込められていた。しかし悪魔は結界を破り、王子にたどり着いた。


なにより、王子は生まれたときから孤独だった。孤独。妬み。憎しみ。そうした心の弱い部分から、悪魔は人の中に入り込む。ただひとりを除いて誰からも愛を与えられなかった王子は、悪魔の恰好の餌食だった。




 悪魔が王子の体を奪ったその日、空は暗転し、太陽は赤く染まったという。




「この空、300年前の記録と同じ……」


 王の代理人・ウォルターが、空を見上げてヘタリと座り込んだ。


 皆が空を見上げてざわめく中、ライラは手の中に落ちてきたケマリに詰め寄った。


「ケマリ、どういうこと!? 魔王が誕生したって……」


『そのまんまだよ! 300年前と一緒さ。イフリートがクロードの体を取って魔王になったように、あいつが誰かの体を奪ったんだ。その相性がよかったから、あいつが魔王になっちゃったんだ!』


「そんな。一体、誰が!」


 ウィルフレドが驚愕するのも無理はない。その昔、悪魔がたくさん大陸にいて、多くの人間が悪魔に体を奪われた頃も、魔王が生まれたのは300年前の一件のときだけだった。


(まさかクロード様、――ユーシス様以外にも、イフリートの魔力とぴたりと適合する魔力の持ち主がいたなんて!)


 それが誰なのかは、この際あとだ。


 サーシャの妖精眼は、第二・第三の分身がカルスト山に潜んでいると告げた。加えて今日は、三砦からなる討伐隊が、カルスト山に到着する日。


 状況から考えて、討伐隊のうちの誰かが、分身に体を奪われた。おそらく討伐隊は、魔王と化した分身に襲われている。


 座り込んだウォルターが、ガタガタと震えた。


「アルフォンス殿下は? メディエール卿は……? 三砦の精鋭が集まっていても、魔王が相手なんて想定外だ。三砦の主まで喪ったら、国は誰が守るんだ……?」


 けれども、蒼ざめるウォルターを、グウェンが叱り飛ばした。


「しっかりせい、若造! 国の有事に狼狽えて、なにが王の代理人だ」

 

「で、ででででも、だって! 魔王ですよ! 王国一の厄災の再来ですよ! そんなの前にして、狼狽えるなっていうほうが無理な相談じゃ……」


「バカ者。聞いておらんかったのか。聖女ライラ殿の、先ほどの演説を」


 グウェンにウィンクされて、ライラははっとした。


 そうだ。いまの北の砦の強み。それは、300年前に魔王と戦った者が、三人もいること。魔王の中で抗い続けたユーシス。聖騎士として前線で戦ったウィルフレド。そして、精霊ケマリと共に魔王を封印したライラ。


 たとえ魔王が相手でも、あくまで中身は大悪魔の一部でしかない分身だ。正真正銘、全盛期の魔王(イフリート)と戦って勝利したライラたちが、何を恐れることがあろうか。


 グウェンに頷き返して、ライラはぱっとユーシスを見上げた。


「行きましょう、ユーシス様! 魔王になった分身は、真っ先に翡翠の洞窟に向かい、本体を復活させようとするはずです。その前に、なんとしても魔王を倒さないと!」


「しかし王都の防衛は? カルスト山から一番近い都市はここだ。人間の魂を喰らって力を付けようと、奴がここを襲うかもしれない。そのとき、王都を守れるのは俺たちだけだ」


「私たちにお任せくだされ」


 部下である魔術師たちを従えて、グウェンが頼もしく断言した。


「防衛戦は、聖騎士よりも魔術師のほうが得意なもの。王都防衛は私と、我が魔術師部隊の半数が残り、務めましょう」


「グウェン、いいのか? 最悪の場合、奴は退魔の剣も手に入れたかもしれない。そうなれば、剣を持たない君たちは最も危険だが……」


「みくびらないでいただきたい。退魔の剣が打ち消せるのは、剣が触れた魔力だけです。我ら魔術師隊は、そんなやわな鍛え方はしておりませぬぞ」


 ユーシスを励ますように笑い飛ばしてから、グウェンは真面目な顔でライラに告げた。


「そのかわり、カルスト山には、すでに多数の死傷者が出ている可能性があります。その時は、ライラ殿、ケマリ様、お願いできますな」


「もちろんです!」


 大きく頷いたライラは、ケマリに向かって手を出した。


「ケマリ、お願い!」


『そういうと思ったよ。おっけー、任せて!』


 ケマリがくるんと宙返りすると、ライラの手に聖杖が戻った。それを両手でつかんで空に向けると、聖杖の先端から銀色の魔力の塊が弾丸のように飛び出す。


 赤黒い空に打ちあがった魔力は、王都を覆う結界の天頂にぶつかると、網目が走るように王都の各方面へと流れていった。


 魔術師たちが感嘆の声を上げる中、ライラはグウェンに振り向いた。


「途中になっていた、王都の結界の強化を終わらせました。これで、魔王が退魔の剣を持っていたとしても、王都のひとたちを安全な場所に逃がす時間は稼げるはずです」


「恩に着ますぞ」


「なんのこれしき。それより、どうかご武運を」


「ライラ殿も。ユーシス様と皆を頼みます」


 ずっと前からの弟子と師匠のように、ライラとグウェンは微笑みあい、拳を軽くぶつけ合わせた。それを見届けたユーシスが、ひらりと銀の髪を翻し、皆を見渡した。


「これより我々は、グウェン率いる王都防衛と、私率いる討伐隊とに分かれる。繰り返しになるが、イフリートの分身は誰かの体を奪い、魔王に昇華した。どちらの任も、危険なものとなるだろう。それでも、付いてきてくれるか?」


「「「「おおお!」」」


『がってんさ!』


 ユーシスに答えて雄叫びがあがり、ケマリも前足を突きあげた。彼らを見渡して、ユーシスは端正な顔に笑みを浮かべる。


「頼もしいな。皆、いい目をしている」


 ただちにユーシスとグウェン、ウィルフレドの采配で、カルスト山に向かう者と、王城に残る者に分けられた。


 すべてのひとたちに、ライラが精霊魔術による加護と強化を掛ける。それで、準備が整った。


『いっくぞー! みんなの力で、イフリートをぎゃふんと言わせちゃえ!』


 ケマリの一声が合図となり、今日のために用意された転移陣に魔力が流された。強い光を放った転移陣は、ライラたちカルスト山に向かうメンバーを、眩く包み込む。




 そうしてライラたちは、荒れ狂うカルスト山近くの森の中に到着した。



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