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5.



 翌日、南、東、西の三つの砦からなる連合討伐隊は、陣を敷くためにカルスト山の麓に移った。


 北の砦は、対外的には「王都防衛のため」として、王城に残った。


たしかに、血文字を書いた人物は見つかっていない。真実の精霊ルチアの目に映らないということは、イフリートの分身が忍び込んで、直接血文字を書いた可能性もある。王都防衛のため……というのは、言い得て妙な言い訳だ。


だけど血文字を目にした聖騎士や魔術師たちは、なぜ北の砦が……ユーシスが作戦から外されたのか、想像するのは難しくなかった。


「見たか? 修練場の横の壁に書かれた文字を……」


「いまは消されてしまったが、噂なら聞いたぞ。その、ユーシス様が300年前の魔王の生まれ変わりだと……」


「それが真実だとして、何の問題があるんだ? クロード殿下も悪魔に殺された被害者のひとりじゃないか」


「……本当に? クロード様は生前王家に閉じ込められていたそうだ。その復讐のため、悪魔に自ら体を明け渡したなんて噂も聞くぞ」


「バカ! ユーシス様がそんなことをなさると思うか!?」


「そうじゃない。そうじゃないけど……うん……」


恐怖は伝播する。曲がり角の陰で、修練場の隅で、食堂の一角で、聖騎士や魔術師たちが不安そうに話す様が散見される。


ウィルフレドなどは、そんな聖騎士たちを見かけると「貴様ら、よほど暇と見えるな!」などと鬼の形相で突っ込んでいくようだが、正直キリがない。


 そんな中、ライラはどうしているのかといえば、ウィルフレドとは違う意味で鬼気迫っていた。


範囲結界(エリア・プロテクト)……。結界強化(ブースト・プロテクト)……。運命強化ブースト・フェイト……!」


 聖杖を手に、空に向かって延々と呪詛する(つぶやく)ライラに、共に王都の結界を強化する魔術師たちから「ひぃぃぃ」と悲鳴がもれた。


「ライラ様、朝からぶっ続けで結界魔術を唱え続けているぞ……?」


「いくら魔力が多いからって、いいかげん大丈夫なのか? 誰かお止めしたほうが……」


「じゃ、じゃあ、お前が行けよ!」


「無理だよ! あの気迫だぞ。とてもじゃないが、光の魔術を使ってると思えない黒いオーラだ……」


 周りが恐々見守る中、ライラはじとりと空を睨みながら、王都の結界を強化し続けた。そうでもしないと、もどかしさと悔しさでおかしくなりそうだった。


 そんなライラを呆れてか、すぐそばで寝っ転がるケマリが、チマチマと後ろ足を振った。


『やめときなよ、ライラー。そんな調子じゃ、結界を張り終わる頃には魔力がすっからかんになっちゃうよー』


「これくらい平気だもの。魔力回復薬(エーテル)だって、たくさん飲んでるし」


『それ、クスリで誤魔化してるだけだからね? 討伐作戦に入れてもらえなくて、不完全燃焼なのはわかるけどさあー』


「だって、ケマリは悔しくないの? これまでユーシス様が必死に戦ってきたのに、あんな血文字のせいで、ユーシス様を疑うなんて!」


ライラが憤慨すると、ケマリはますます呆れた顔をした。


『そりゃ、ボクも変なのーとは思うけどね。まったく、しょーがないなあ』


 ぴょーんと飛んできたケマリが、聖杖をキックする。途端、ライラがしっかと握っていた聖杖が煙のように消えてしまい、ライラはびっくりした。


「う、うそ! 聖杖がない!?」


『聞き分けないワーカーホリックからは没収だよ! すこし休憩しといでー』


 そういうと、ケマリはライラを置いて、どこか遠くに飛んでいってしまった。


(ああ、もう! ケマリのバカ!)


 不貞腐れて、ライラはそばのイスに座った。聖杖がなくても魔術はかけられるが、精霊の加護が薄れるため、効果が減ってしまう。それこそ、効率が悪いことこの上ない。


 むすりと頬をつくライラに、そばで同じように結界を張りなおしていたグウェン魔術師長が、意外にもたしなめるように声をかけた。


「私は、ケマリ様の言う通りだと思いますぞ。結界を張るのは重要ですが、そのせいで我々が倒れては意味がない。万が一の有事の際には、我々がこの都を守らなければならないのですから」


「守るって……。グウェンさんも、知ってますよね。北の砦だけ王城に残ることになったのは、本当はあの血文字のせいだって」


「だとしても、ですぞ」


 グウェンの手元から白銀の魔術が飛び出し、花火のように空に打ち上がる。天の結界にぶつかったそれが、蜘蛛の巣のようにきらりと輝き、同化する。


 それを見届けてから、グウェンはライラを見た。


「もともと、各砦からいくらか選出し、王都および王城の防御を担う計画はあったのです。それがたまたま、北の砦に集約されただけのこと。なにをそう、嘆く必要がありましょうか」


「……そう、ですけれど」


「私は、王都防衛を不名誉な任務とは思いません。前線であれ、後方であれ。我らは等しく、イフリートから民を守る戦士です。ユーシス様はその本質を見抜いていたから、王城に残ることを了承されたとは思いませんか?」


 グウェンに静かに問われ、ライラはハッとした。


(そっか。私、ユーシス様が討伐隊から外されたことしか、見えてなかった……)


 大事なのは、誰が戦うかでも、どう戦うかでもない。最後にイフリートを倒せれば、それが王国にとっての勝利だ。


 反省したライラは、ようやく肩の力を抜いた。


「ありがとうございます、グウェンさん。私、大事なことを忘れかけていました」


「いえいえ。なお、思うところがあるのは私も同じです。討伐隊の連中が精魂尽き果てて帰ってくるようなことがあれば、存分に回復してやりましょう。それはもう、向こう二、三年分の恩を売るために」


「はい!」


 ライラが元気に頷いたとき、背後が小さくざわめいた。つられて振り返ると、城から出てきたユーシスの姿が見えた。後ろにウォルターもいるから、血文字騒動に関する中間報告を、ゲオルグ陛下へ伝えてきた帰りのようだ。


「ユーシス様!」


 どうしたものかと魔術師たちが互いを見合う中、ライラは躊躇なくユーシスのもとに駆けつける。そのあとを、グウェンもローブを揺らして続く。二人が近づくと、ユーシスはいつもと変わらない微笑みを浮かべた。


「二人とも、ありがとう。結界の強化は順調かな」


「はい。大きな綻びもないので、あと一時間もすれば完了します」


「よかった。こちらも、陛下から許可をもらえたよ。みなに全てを語ることをね」


 目を瞬かせるライラにもう一度微笑んでから、ユーシスはグウェンを見た。


「みんなを集めてくれるかな。私の口から、すべて伝えたい。これまで隠してきた、私の正体について」


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