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4.



 物資が集まり、装備も整った。当日の陣形も固まり、各砦の隊長クラスまで集めたシミュレーションが何度も組まれ、それに付随した模擬戦も行われた。


 そして明日、カルスト山麓に陣形を敷くとなった朝、事件が起きた。


“ユーシス・レミリア=ウェザーは魔王クロードの生まれ変わり”


 騎士修練場近くの石壁に、赤黒い血の文字で、そう書き殴られているのが発見されたのだ。





「どういうことかご説明願いましょうか、兄上!」


 バシリと激しく円卓に手をつき、アルフォンス王子が凄んだ。各砦の主、王の代理のウォルター、ライラとウォーレンが集う円卓は、これ以上ないほどに重苦しい空気で満ちている。


 表情固く、考え込むユーシスに代わり、サーシャが砂糖菓子のような声に似合わない低い声音で諌めた。


「落ち着け。ヌシは、あんな落書きを信じたのか? 真偽のほども定かではない、くだらぬ妄言を」


「落書きだというなら、あれを誰が書いた? 得意の精霊眼で答えてみろよ、真実の精霊の力を借りた魔女よ!」


 吐き捨てるアルフォンス王子に、ウォーレンがぴくりと口の端を引き攣らせる。静かな怒りをたたえる従者を片手で制してから、サーシャは答えづらそうに告げた。


「……わからぬ。我が精霊眼をしても、あの血文字を書いた者の姿は見えなかった」


「は! つまりあの文字を書いた者は、精霊から気配を遮断する術を持っているということだ。たかだが悪戯で、そんな手の込んだ真似をするものか!」


「だから冷静になれと言ってる! ルチアの眼をかいくぐるなど、できるのは悪魔ぐらいじゃ。我らが同盟を分断するため、イフリートの奴が手を回したとしか思えぬ!」


 サーシャとアルフォンスが言い争う中、それまで沈黙を貫いていたクラウディアが顔を上げた。


「――あの文字を書いた者の狙いが、どこにあれ、です。私はまず、血文字に書かれた真偽を問いたい。軍の士気にかかわる問題です。お答えいただけますか」


 問われたユーシスは、ゆっくりと瞬きした。息を呑むライラの視線の先で、ユーシスははっきり頷いた。


「事実だ。私、ユーシス・レミリア=ウェザーは、300年前にイフリートに体を奪われた王子、クロードの生まれ変わりだ」


 アルフォンス王子が目を見開き、クラウディアが腕を組んだまま呻いた。空気が凍り付くのを察してか、王の代理人、ウォルターが慌てて立ち上がった。


「それについては、私からもお話しすべきことがあります! ユーシス様がクロード殿下の生まれ変わりであることは、陛下も承知されています!」


「……なんだって?」


「第一の分身がユーシス様の体に早贄の印を刻んだとき、ユーシス様は生まれ変わりのことについても、陛下に報告されました。すべて承知の上で、陛下はユーシス様に分身の排除をお任せされたのです。その責務を見事果たしたユーシス様を、今更排除する理由が我々にはありません!」


 ウォルターは必死に訴えるが、アルフォンス王子にはあまり響いていないようだ。というより、ライラにはなぜか、アルフォンス王子が少なからず傷ついているように見えた。


 ぎりと奥歯を噛みしめたアルフォンス王子は、絞り出すように呟いた。


「……なるほど。私だけ蚊帳の外というわけか。いつもと同じに、ね」


「違う! 君に話さなかったのは、王国に混乱を広めたくなかったからで……」


「つまり、その程度なのですよ。あなたが腹違いの弟に向ける、信頼というのは」


 悔しげに吐き捨てたアルフォンス王子は、次の瞬間、冷たい第二王子の表情に戻った。


「陛下のご意向はわかった。だが、大勢の部下の命を預かる者として、元魔王と共闘することはできない。南の砦は、本作戦からの北の砦を外すことを要求する」


「バカを言うな、アルフォンス! 作戦は明日じゃ。いまさら、北の砦を外すなど……」


「お言葉ですが、メディエール卿。東の砦も、南の砦に賛同させていただく」


「クラウディア! ヌシまで何を!」


「ユーシス様がクロード様の生まれ変わりということは、万が一イフリートに体を奪われたら、300年前と同様に魔王へと至る危険があるということです。そのようなリスクを孕む方と、肩を並べて戦うことはできない。なにより、部下たちが動揺する。メディエール卿も、少し考えればお分かりになるはずです」


「それは……」


 クラウディアに静かに問われ、サーシャは視線を彷徨わせる。言葉を無くすサーシャを見て、ライラはぎゅっと胸が痛んだ。


(どうしよう。このままじゃ、ユーシス様が……)


 イフリートを警戒するあまり、ユーシスを作戦から外すなど間違っている。それこそ、血文字を書いた犯人の狙い通りだ。


だけど、クラウディアの言うこともわかる。最悪のタイミングに、最悪の形で、ユーシスの秘密が暴かれてしまった。味方に疑念を抱いたまま、大悪魔と戦うのは危険すぎる。皆の不安を解消する時間がない以上、ユーシスを作戦から外すのが正解だ。


(けど。だけど。ユーシス様が誰より、イフリートを倒したいと願っているのに!)


 我慢できなくて、ライラは口を開こうとした。だけどその前に、ユーシスが静かに首肯した。


「皆の不安はもっともだ。私は明日の作戦から外れる。信用できないというなら、私だけではなく、北の砦の部下たちも」


「ユーシス、じゃが……」


「作戦の総指揮者はサーシャ、君だ。その目があれば、陣形を組みなおすこともできるよね。あとはよろしく頼んだよ」


 ふわりと微笑むと、ユーシスは立ち上がった。いまこの瞬間、ユーシスは既に部外者になってしまった。出口へと進んでいく彼を、誰も止めようとはしない。


 少し迷ってから、ライラはその背中を追いかけた。驚いて目を瞠るユーシスの代わりに、アルフォンス王子がライラに声を掛ける。


「お待ちを、聖女様。あなたまでこの部屋を出ていく必要は……」


「私はユーシス様の婚約者です」


 アルフォンス王子を遮って、ライラは円卓に座る人々を順に見据えた。


「ユーシス様と肩を並べられないということは、その婚約者と戦うこともできませんね」


 三砦の主の誰も、その問いに答えられない。沈黙する彼らをもう一度睨んでから、ライラはユーシスを見上げた。


「行きましょう、ユーシス様」


「……そうだね」


 困ったように微笑んでから、ユーシスはライラを伴って広間をあとにした。



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