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4.


「ええ!?」


 びっくりして、ライラも次の試合のために出てきた騎士を見る。すると、そこには見慣れた銀髪を後ろで一本に結び、模擬刀を手に佇むユーシスがいた。


「この模擬戦、砦の主クラスも出るの!?」


「ん? ああ。急な開催だから、砦の主は特別試合だけだがな。ほら、見てみろ。ユーシス様の相手も、アルフォンス王子だろ?」


「え? あ、ほんとだ!」


 模擬刀を手にギラギラとユーシスを睨むアルフォンス王子に、ますますライラは目を丸くする。もう一組の試合も、よく見れば東の砦の主のクラウディアと、どこかの砦の聖騎士だ。おそらくサーシャは聖騎士ではなく魔術師なので、そういう組み合わせになったのだろう。


 そういえば、実践でユーシスの剣技を見るのは初めてだ。なんとなくライラが緊張したとき、隣でウィルフレドがすぅと息を吸い込んだ。


「ユーシス様ああああああああああああ!!!! ファイトでありますうううううう!!!!」


「ひっ!?」


 あまりの大声に、ライラは普通にびっくりした。


(そうだった。ウィルフレドさんは、ユーシス様の激重ファンだった!)


 北の砦以外の聖騎士も、度肝を抜かれたようにおっかなびっくりウィルフレドを盗み見る。そんな中、呼ばれたユーシスは、慣れた様子で薄水色の瞳をこちらに向ける。


 その目が、一瞬自分に向けられた気がして、ライラはドキリとした。


(どうしよう。ユーシス様の目、ちゃんと見れない)


 そそくさと視線を彷徨わせ、ライラはもじもじした。


 あの夜――ユーシスの部屋で、深夜に二人きりで話した後。避けている……というほどでもないが、ライラはユーシスとまともに目を合わせることができていない。


 理由はふたつ。ひとつは、勘違い婚約者として黒歴史を刻んでしまったことがいたたまれなかったから。けれどももうひとつは、あの夜のことを思い出すと頬に熱が昇ってしまうからだ。


(ユーシス様はきっと私を叱るため、あんなことをしたのに。抱き寄せられたときのことを思い出してドキドキしてしまうなんて、本当にどうしようもない!)


 強引にライラを抱き寄せた腕も、真剣な眼差しも。瞼の裏に浮かぶだけで、胸の鼓動が早くなる。


 これ以上、黒歴史を積み上げない。偽婚約者は偽婚約者らしく、どんな溺愛演技もクールに受け流す。……そう固く誓ったばかりなのに、この体たらく。こんなことでは、またすぐに新たな黒歴史を積み上げてしまう。


(落ち着くのよ、ライラ。ユーシス様と私は契約婚約。私とユーシス様は契約婚約。ユーシス様の溺愛は全部演技で、私たちの間には何もないんだから)


 胸に手を当てて、ライラは心の中で繰り返す。けれども隣のウィルフレドが、空気を読まずにライラの肩を掴んだ。


「ライラ様!! お前も、ユーシス様を応援しないか!!!!」


「わ、私!? い、いや。部外者の私が声を上げても、皆さんの邪魔になるし……」


「何を言う! お前は、ユーシス様の婚約者だろう!?」


(そういう設定なだけだってば!)


 決して口には出せない反論を、ライラは心の中で叫ぶ。できれば穏便に済ませたいが、すでにウィルフレドのせいでさっきよりも注目を集めてしまっている。生暖かい視線が向けられる中、ライラは「ええい、ままよ!」と手を振り上げることにした。


「っ、ユーシス様―! がんばってくださいー!」


「お、ライラ様も!」


「よし、俺たちもユーシス様を応援だ!」


 ライラに続いて、北の砦の面々もやんやと声をあげる。もちろん、一番声が大きいのはウィルフレドだ。


 盛り上がる北の砦のメンバーに、ユーシスがふっと笑みを漏らしたように見えた。


「はじめ!」


 審判役の聖騎士の一声で、模擬戦が始まる。先に飛び出したのはアルフォンス王子だ。魔力で底上げしているのか、地面にヒビが入るほど踏み込むと、解き放たれた矢のような鋭さで、空気を裂いてユーシスに斬りかかる。


 肌を震わすような金物と金物がぶつかる鈍い音が響き渡り、ライラは「きゃっ……!」と悲鳴を漏らして目を瞑る。けれども隣で、ウィルフレドが鼻で笑った。


「目を逸らすな、バカ。我らがユーシス様が、これしき受け止められないわけないだろう!」


(え?)


 そろりと瞼を開いたライラに、ぶわりと強い風がぶつかった。


 剣をぶつけて競り合う二人の王子は、ものすごい気迫だ。踏み込んでいるのは、アルフォンス王子だ。闘志を目に燃え上がらせ、嗜虐的な笑みを浮かべて力で押し切ろうとしている。


 しかし受け止めるユーシスは一歩も揺らがない。ギリギリと剣が火花を散らす向こうで、ひとの立ち入らない神秘の泉を思わせる澄んだ瞳で、冷静にアルフォンスを見据える。


 その眼差しが勘に触ったらしい。アルフォンス王子は額に青筋を立て、イライラと声を荒立てた。


「余裕ですね。その顔、いつまで涼しくしていられるか見ものだな!」


 一瞬の膠着のあと、二人は離れる。けれどもすぐに、鋭い剣戟が始まった。


 激しく攻めるのはアルフォンス王子だ。さすが南の砦の主なだけあって、一撃一撃が重く、鋭い。傍目には、ユーシスが押されているように見える。ライラは緊張に喉がひりつく心地がした。


(お願い……!)


 無意識に手を握り合わせたそのとき、攻め急いだアルフォンス王子の体がほんのわずかだけバランスを崩す。


 途端、ユーシスの薄水色の瞳に、青い閃光が走ったような気がした。


「いける!!!!」


 仁王立ちでウィルフレドが叫ぶ。その視線の先、フィールドの真ん中で、銀糸のような髪を揺らしてユーシスが重心をずらす。次の瞬間、ユーシスは一気に攻撃に転じた。


「く……!」


 正確に、無慈悲に。目にも止まらぬ速さで、ユーシスの剣がアルフォンス王子を追い詰める。ガキン!と一際大きな音色が響いたとき、アルフォンス王子の剣が弾き飛ばされ、大きく弧を描いて遠い地面に突き刺さった。


 尻もちをつくアルフォンス王子の肩に軽く模擬刀を当ててながら、ユーシスは反対の手で、頬を伝う汗を拭った。


「余裕ではなかったよ。ただ、油断しなかっただけだ」


 勝者を告げる審判役の声が響き、わあ!と歓声があがった。


「すばらしい! さすが、ユーシス殿下だ!」


「アルフォンス様も見事だが、ユーシス様のあの剣戟、鮮やかとしかいいようがないな!」


 手を叩いて喜ぶ北の砦の面々や、拳をつきあげて雄叫びをあげるウィルフレドだけではなく、他の砦の聖騎士からも称賛の声が上がる。


 ライラも、体の奥底からぶわりと興奮が吹き出し、全身を駆け巡るのを感じた。


(すごい。まだ、胸がドキドキしてる……!)


「どうだ! 我らがユーシス様は強いだろう! 格好いいだろう!!!!」


「う、うん……」


 隣のウィルフレドに得意げにまくしたてられ、ライラは頷くことしかできなかった。

 

 そんな中、ユーシスはアルフォンス王子を置き去りに、観客席へ足を運ぶ。それから、手すりの向こうでまだ胸をドキドキさせるライラに、模擬刀を収めて微笑んだ。


「ライラさん、手を伸ばして」


「こうですか?」


 ライラが素直に従うと、ユーシスが手の甲に口付けた。唇を離したユーシスは、ライラと北の砦の聖騎士たちを見て、凛と声を上げた。


「我が勝利は、親愛なる戦友たちと、最愛の聖女に贈る。――もう目を離さないでね。俺のお姫さま」


 最後の言葉は、身を乗り出したライラの耳にだけ、直接ささやかれた。


 手を離された途端、ライラは耳を押さえて、ぱっとユーシスから離れる。「うおおおおお!」とウィルフレドを筆頭に北の砦のメンバーが盛り上がるなか、ライラはぱくぱくと陸に打ち上げられた魚のように口を開け閉めした。


「ユーシス様、今のは……?」


「おしおきだよ。俺とは目を合わせてくれないくせに、どんどんファンを増やしてしまう婚約者へのね」


 悪戯っぽく笑ったユーシスは、改めて会場の歓声に手を振って答えてから、颯爽と修練場をあとにした。


(今のも溺愛演技……よね? けど、だったらどうして、私にしか聞こえないように言ったの?)


 顔を真っ赤にして、ライラは困惑した。溺愛演技なら、皆に聴こえなければ意味がないのに。


 まさか、ユーシスは本気で? 一瞬よぎってしまった考えを、ライラは慌てて頭から締め出す。そんなわけない。ユーシスと自分は、あくまで契約婚約なのだから。


 ではなぜ、ユーシスはライラにだけ最後の一言を……? 思考が堂々めぐりしそうになって、ライラは手すりに突っ伏した。耳まで赤くして呻くライラに、隣のウィルフレドが嬉しそうに笑った。


「はは! そうだろう、そうだろう! 我らがユーシス様の格好良さは、腰が砕けるほどだろうな!」


「そうじゃなくて! ……ううん。ある意味、そのせいなのかな。男心難しい……」


「ははは、自信を持て! ユーシス様の寵愛は本物だ! 恐れ多くも、ユーシス様の愛をたっぷり受け取るんだな!」


 まさに、その寵愛が本物である(・・・・・)わけがない(・・・・・)ので、混乱しているのだが。


 正直に言えないライラは、ひたすら腕に顔を埋めて呻いたのだった。





 ――それとほぼ同じ頃。


 そうそうに騎士修練場を抜け出し、逃げるように木立の影に隠れたアルフォンス王子は、歯を食いしばりながら何度も拳を石の壁に打ち付けていた。


「クソ……クソ…………クソ!!」


 拳が切れて、血が石の壁に飛び散る。ダラダラと鮮血を流す右手を、癒すことなく握りしめると、アルフォンス王子はギリリと奥歯を噛み締めた。


「兄上……。これで私に勝ったとお思いなら、大間違いですよ…………!」


 憎しみのこもったその呟きは、新たな模擬戦の開幕に湧く修練場の聖騎士たちの耳には、まったく届かなかった。


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