2.
ライラの言葉に、サーシャが頷いた。
「そうだ。奴の狙いは、まさしく聖杖の破壊。魔術師が束になってようやく動かせるあの聖杖も、退魔の剣で切れば脆く崩れ去るだろう」
それが一瞬で伝わったからこそ、退魔の剣の名が出た途端、円卓に重苦しい空気が流れたのだ。王子であるアルフォンスはもちろん、武人として王家の近くにいたクラウディアも剣のことを知っていた。
いまだ不服そうな表情を浮かべつつも、アルフォンス王子は意外にも真面目に意見を述べた。
「退魔の剣は、カルスト山のどこにあるかわからないばかりか、探しようもない。分身は、どうやって剣を手に入れるつもりだ」
『うんうん。あの山の周りは、ぼくもお散歩したことあるけど、そんなすごい剣があるなんてわかんなかったよ?』
「それこそ、右目が掴んだ『真実』の肝だ」
そう言って掲げたサーシャの手の下に、ぶわりと立体映像が浮かび上がる。ライラにはよくわからなかったが、それはカルスト山周辺を模したものだった。
カルスト山の立体映像を見下ろしながら、サーシャは淡々と続ける。
「第二第三の分身の狙いは、カルスト山そのものの破壊。山ひとつ砕くことで、退魔の剣を力づくて奪うつもりだ」
「はあ!? 本体ならいざ知らず、相手は分身だぞ。イフリートが大悪魔でも、そこまでの力が出せるのか?」
「可能だ。ある方法を使えばな」
サーシャの指先から魔力が流れ、カルスト山を模した立体映像に血管のようなものが張り巡らされる。カルスト山の地下に流れる魔力――魔脈と呼ばれるものだと、サーシャは説明した。
「カルスト山はこの魔脈の影響で、魔石が豊富に採れる。退魔の剣が埋められてからは、山に入れるのは国王直下の採掘部隊だけだがな。魔脈は、カルスト山全体を覆うように張り巡らされている。分身は、この魔脈に干渉するつもりだ」
「魔脈が通るのは、地中深くと聞きます。山を壊すほどの災害を起こすなら、魔脈に直に干渉する必要があるのでは?」
「それができる箇所がある。ここ、だ」
クラウディアに頷き、サーシャがにやりと笑う。それに呼応するように、カルスト山の西側の麓が一ヶ所、燃え上がるように瞬く。そこには、草木ひとつない岩肌の平地と、切り立つ崖があった。
「ここを見ろ。崖の一部、自然の壁のようなこの箇所に、魔脈が地表近くまで張り巡らされている。この壁を砕き、露出した魔脈から、大陸中の瘴気を通じて集めた力を一気に流し込む。流し込まれた魔力は魔脈と反応して膨張し、山ひとつを軽く破壊するだろう」
映像の中の魔脈が輝き、ぱきりと音を立てて、カルスト山が割れた。ばらばらと岩が脆く砕け散っていく奥で、アルフォンス王子が机を叩いて立ち上がった。
「ばかな! 大陸の瘴気は、イフリートが復活するための力を集めているはずだ。そんなことをしたら聖杖を壊したって、奴の復活は不完全なものとなるぞ」
「ああ。残り二体の分身も、聖杖を破壊すると同時に力尽きるだろうな」
「……それでも、封印を破壊し、本体さえ復活すればどうとでもなる。イフリートも、いよいよなりふり構わなくなってきたということだね」
ユーシスが重々しく続けると、クラウディアが唸って天井を仰いだ。
そんな中、サーシャは右目に精霊の力を宿し、皆を見渡した。
「案ずるな。奴がカルスト山を破壊するのに足る魔力を集めるまで、あと二月かかる。その前に、二体の分身を叩く」
「分身の居場所は? それも、その右目で視えたんだよね」
「ああ。奴らはすでに、カルスト山に潜んでいる。僅かだが、ルチアがカルスト山に連中の痕跡を検知した。奴らめ、隠れるのだけは上手いからな。探すのは骨が折れたぞ」
にやりと笑ったサーシャに、ライラは小さな不安を覚えた。
300年前、イフリートはまさに神出鬼没で、先回りをすることは不可能だった。最後の手段ともとれる作戦を前に、潜伏場所を人間に知られるようなミスを犯すだろうか。
ライラが難しい顔をしていると、それに気づいたユーシスがそっと促した。
「ライラさん? 気づいたことがあったら言って。君の意見を、皆も求めてる」
「……はい」
薄水色の瞳に励まされ、ライラは深呼吸する。それから、腕を組んで待つサーシャに問いかけた。
「その痕跡が、罠である可能性はありませんか?」
「と、いうと?」
「300年前、イフリートはクロード様の体を奪う前も、奪ってからも、行方を追うことはできませんでした。なりふり構っていられなくなったからといって、簡単に痕跡を残すでしょうか」
言ってから「そう本か何かで読んだのですが……」とライラは誤魔化した。それを汲んでくれたのか、ケマリも元気よく前足をあげた。
『はいはーい! ぼくもライラと同意見! あいつのこざかしさを舐めちゃいけないよ。カルスト山に痕跡を残したのは、ぼくたちを誘い出すためじゃないかな』
「無論、可能性はある。ゆえにわらわは、四砦が集うタイミングを待ったのだ」
あたりをぐるりと見渡して、サーシャは微笑む。
「奴らも馬鹿ではない。当然、我らを出し抜く術を考えているだろう。――だが、第一の分身がユーシスの体を奪うのに失敗し、ライラ殿とケマリ様が傍らを厳重に固めているいま、退魔の剣が連中の最後の頼みの綱であるのは間違いない。ゆえに、我らがとるべき道はシンプルだ。瘴気が力を蓄えきる前に分身を見つけ出し、完膚なきまでにぶちのめす。そのための同盟だ。そのための共同作戦だ。奴がこざかしい策を弄するなら、こちらは力で押し切るまでよ」
小さな拳を掲げ、少女は気高く佇む。その目に闘志を燃やして、サーシャは笑った。
「安心せよ。勝機は我らにある。我ら四砦の主が、力を合わせる限りな」




