1.
翌日、ユーシス率いる北の砦が、サーシャ率いる西の砦との共闘を受け入れた。それを待っていたように、夕方にはクラウディア率いる東の砦が、陣営への参加を表明。
さらに翌日、三砦の主が集う初の会合が開かれ、その場で西の砦のサーシャより、共闘における方針の転換が説明。作戦は、先に彼女が口にした西の砦を主体としたものではなく、三砦の兵力を均等に組み合わせた布陣に変更される。
なお、各陣営を動かす権限はそれぞれの砦の主にゆだねられるものの、当作戦における総指揮は、西の砦の主であるサーシャがとることとなった。
共闘における体制が固まったところで、改めてユーシス、サーシャ、クラウディア、そしてライラとケマリを交えた首脳会議が開催されることとなる。
記念すべき一回目が開催されることとなったのは、ライラたちが王城に到着して5日後の昼間。場所は御前会議を行ったのと同じ広間で、体調の優れない王に変わり、側近のエダード・ウォルターが同席している。
円卓にはすでに、全員が座っている。窓から差し込む日の光は、ちょうどいいくらいに温かい。
さて。そろそろ初めても良い頃合いだろうか。誰が言い出すでもなく、そんな空気が円卓を満たしたころ、ようやくバタンと勢いよく扉が跳ね開けられた。
「ふん! 馬鹿め! ひどい茶番だ!」
悪態をつきながら鼻息荒く飛び込んできたのは、いうまでもない。作戦に加わるべき最後の砦の主、南の砦のアルフォンス王子だ。どかりと音を立てて、足を組んで座った王子を、それまで目を瞑っていたサーシャがちろりと睨んだ。
「遅いぞ。ヌシだけ2分も遅刻だ」
「うるさい。この私が、飛び入りで参加してやるんだ。ありがたく思え」
「どうせ自分以外の陣営がまとまったから、慌てて参加を決めただけじゃろうに……」
「ああ、そうだ、悪いか! 他の砦が貴様の話に乗りでもしなければ、メディエールの血の下に集うなど、誰が好んでするものか!」
吐き捨てたアルフォンス王子は、忌々しげにユーシスに視線を映した。
「選択を誤りましたねぇ、兄上。我が国の未来を真に憂いるならば、魔女の提案に耳を貸すべきではなかったのに」
「そうかな。真実の精霊の力を借りられるサーシャなら、常に新しい条件を読み込んで、勝利の方程式を導き出してくれる。残り二体の分身を倒す戦いにおいて、サーシャ以上にふさわしい指揮者はいないと思うよ」
「……ふん」
ユーシスが涼しい顔で微笑むと、アルフォンス王子はふて腐れたようにそっぽを向いた。誰よりも王位に執着するアルフォンス王子は、他の砦が同盟を組んだら、後れを取らないように今作戦に参加を表明せざるを得ない。ユーシスの詠みは見事に当たったようだ。
(さすが。ユーシス様のほうが、アルフォンス王子より一枚上手ね)
初日の印象が最悪だったこともあり、ライラは内心で「ざまあみろ!」と舌を出す。その横で、空中にぷかぷか浮かぶケマリが大きな欠伸をした。
『ふあぁ。ぼく、待ちくたびれちゃったよ。これでみんなそろったんでしょ。さっさと始めちゃわない?』
「それがよろしいかと。メディエール卿、お願いできますか」
「ふふん。わらわに任せよ」
ウォルターに促され、サーシャが気分良く立ち上がる。今日も今日とて漆黒のドレスを見に纏う小さな主は、白い手を掲げ、にやりと笑って宣言した。
「これより、脱走した大悪魔イフリートの分身二体の討伐に向けた作戦会議を始める。――四砦の主たちよ。仲良く力を合わせて、悪魔退治と行こうじゃないか」
「許す。ルチア、姿を見せよ」
サーシャが呼びかけると、彼女の肩のあたりがポワッと淡く光る。そして、頭の上に四つ葉のクローバーのような触覚(?)を乗せた、小さな精霊が姿を現した。
子どもの両手ですっぽり隠せてしまいそうなその精霊は、サーシャの肩に隠れようと、もじもじしている。その妖精に、ケマリがぶんぶんと前足を振った。
『やっほー、ルチア! 会うのは何百年ぶりだね! 相変わらずちっちゃくてかわいいね、元気?』
『キュイ!』
高い鳴き声のようなものを発して、ルチアがサーシャの肩に隠れてしまう。サーシャの後ろにひっそりと控えていたウォーレンが、それを見てにまにまと笑った。
「んふふ。行けませんねえ、ケマリ様。ルチア様は大層なシャイガールでいらっしゃいます。そう前のめりで手を振られたら、くるりと逃げ出してしまいますよ」
『ええ? なんでさ! 人間と契約した精霊同士、仲良くしようよ。ねー、ルチア!』
『キュ、キュウ……』
ケマリはますます前のめりになるが、それに反比例するように、ルチアはますます小さな頭をひっこめる。仕方なく、ライラは「ケマリ、おすわり!」とケマリを呼び戻した。
こほんと咳をして、サーシャが話を再開した。
「では、本題だが。――残り二体の分身の次なる目的。それはカルスト山に眠る魔剣、退魔の剣の確保であると、我が右目が教えてくれた」
サーシャの言葉に、ライラとケマリ、そしてあらかじめ事情を知っていたと思われるウォーレン以外の全員が反応した。
どことなく嫌な空気が流れる中、ライラはそろりと手を挙げる。
「あの……退魔の剣というのは、一体?」
「王家に伝わる秘宝のひとつだよ。いまはカルスト山のどこかに、埋められているけどね」
答えてくれたユーシスによると、退魔の剣は、魔力を吸収する魔石を鍛えてつくられた剣だという。それゆえ、すべての魔術を無効化し、さらには斬った相手から魔力を吸い取るという性質を持つ。
その昔、まだ大陸に悪魔が溢れていた頃。名のある鍛治職人がその剣を作った。対悪魔用の武器として投入されたが、性質上、味方の魔術をも打ち消してしまった。
時の王は危惧した。もし剣が悪魔の手に渡るようなことがあれば、純粋な力では勝ち目のない人間にとって大きな痛手となる。王の命により剣は破棄されることとなったが、剣は頑丈で、熱でも溶けなかった。
そのため、退魔の剣は長らく王家の宝仏殿の最奥に厳重に保管されていた。だがエルザがイフリートを倒し、大陸から悪魔が姿を消したあと、剣は魔石が発掘されたカルスト山へと運ばれ、埋められた。
詳細な場所の記録は、どこにも残っていない。
「記録を残さなかったのは、無論わざとだ。魔力の痕跡から場所が発覚しないように、剣を埋めるのは魔力を持たぬ者を集めて行わせ、すべてがおわったあとは忘却魔術をかけるほどの徹底ぶりだったらしい」
「おまけに退魔の剣は、触れた魔術を無効化する。そのせいで、どんなに優れた探索魔術の使い手でも、剣が眠る場所を探り当てることはできない。完全に、失われた秘宝なんだ」
『その剣を見つけて、イフリートは何をするつもりなのかな?』
サーシャ、ついでユーシスの言葉に、ケマリがこてんと首を傾げる。だが、ライラはここまでの説明でなんとなく察しがついた。
「退魔の剣で、翡翠の洞窟の結界を破り、イフリートの本体を封印するエルザの聖杖を破壊する。それが、残りの分身の狙いですよね」




