9.
「違うよ、ライラさん。俺が頭を悩ませたのは、アルフォンスをどう説得するかだ」
「へ?」
ぱちくりと瞬きするライラに、ユーシスは考え込むように長い指を顔の前で絡めた。
「さっきアルフォンスに呼ばれたときに、言われたんだ。サーシャは王家を乗っ取るつもりだ。なにがあろうと、西の砦の好きにさせることだけは、あってはならないと」
ユーシスによれば、ユーシスを呼び出したアルフォンス王子の目的は、ユーシスに釘を刺すことだったらしい。
御前会議でのサーシャの発言を、アルフォンス王子は完全に、メディエール家から現王家への宣戦布告と受け取った。だからこそ彼は、王位継承における最大の脅威であるユーシスを呼び出してまで、「サーシャと手を組むことだけは許さない」と警告した。
そのことに、ユーシスは頭を悩ませているという。
「ウォーレンが言うことが本当なら、アルフォンスもあそこまで頑なな態度は取らないだろう。だけど、サーシャ自身がそれを証明しないと、アルフォンスは耳を貸さないだろうな。というか、耳を貸したところで、それを信じるかが一番の問題なわけだけど……」
「ま、待ってください。ユーシス様は? いいんですか? ユーシス様だって、王位継承を争っているひとりなのに!」
「俺? 俺はかまわないよ。サーシャがどういうつもりであろうと、西の砦とは手を組むつもりだった。ウィルフレドたちを納得させる材料を用意してから、北の砦のみなには話そうと思っていたけどね」
なんてことのないように肩を竦めるユーシスに、ライラはぽかんと口を開ける。それを見たユーシスは、困ったように微笑んだ。
「俺たちが最優先すべきは、イフリートの企みを砕き、今度こそ完全に倒すことだ。ほかのことは、平和を取り戻したあとでどうとでもなる。おかしいな。ライラさんは、俺と同じ考えだと思っていたんだけど」
「!」
その言葉に、ライラははっと息を呑んでしまった。
(ユーシス様は、やっぱり私と同じだったんだ!)
ぶわりと胸の中を喜びが駆け巡る。そうすると、あんなに色々と悩んでいたことが、全部おかしく感じてくる。ライラがじたばたと喜びに悶えていると、ユーシスが不思議そうに瞬きした。
「どうしたの? さっきまで深刻そうな顔をしていたのに、今度はすごく嬉しそうだね」
「ふふ、すみません。なんか、あれこれ考えていたのが馬鹿みたいだなって」
「ふうん……?」
「けど、それ以上に思ったんです。ユーシス様が、私のパートナーでよかったって!」
ライラがそう言うと、ユーシスが切れ長の目を丸くした。ホッとして脱力したライラは、それに気が付かない。ちょうどカップが空になったこともあって、ライラは立ち上がった。
「夜遅くにすみませんでした。私、そろそろ戻ります。あ、けど。その前に、カップは洗ってきちゃいますね。ほかにも、ハーブティーを淹れた道具があれば……」
「待って、ライラさん」
きょろきょろと魔道具を探しながら歩きかけたライラの手を、ユーシスが掴んだ。振り返ると、ユーシスが真面目な顔でこちらを見上げていた。
「話はそれだけ? ウォーレンとは、ほかに何も話さなかったの?」
「えっと……?」
ユーシスの質問の意図がわからず、ライラは首を傾げた。たしかに軽口を叩き合ったりもしたが、それだけだ。特に重大なことは話していない。
するとユーシスは、どこか不服そうに目を細めた。
「……俺には、彼がライラさんを口説いているように見えたよ?」
「あ、ああ! あれは冗談ですよ」
笑いながら、ライラは首を振った。おそらくユーシスは、ウォーレンがライラをダンスに誘ったところだけ、目に飛び込んできたのだ。だからバルコニーに現れた時、ユーシスは慌てていた。誤解は解けたと思っていたのに、まだ疑っていたなんて。
じとりと見つめるユーシスに、ライラはあっけらかんと手を振った。
「直前に、サーシャさんをとっても大事に思ってるってことを、ウォーレンさんが話してたんです。だから、あれは茶化しというか、照れ隠しみたいなものですよ。冗談ついでに、ダンスに誘われただけです」
「本当に? 二人は、前よりもずっと親しくなったみたいだったけど」
「それは、意外に共通点があるのがわかったからといいますか……。とにかく、ウォーレンさんとは何もなかったですよ。って、契約の婚約者に言い訳されても、ユーシス様も困ってしまいますよね」
笑い話のつもりでライラは付け足したのに、ユーシスはますます不服そうな顔をした。それに気づかず、ライラは明るく続ける。
「けど、おかしなユーシス様。だって、私ですよ? 前世の私だったらあれですけど、いまの私が、大して知らないひとに口説かれるわけないじゃないですか」
「そんなことない」
思いのほか強く否定されて、ライラは瞬きする。そんなライラに、ユーシスは真摯に告げた。
「ライラさんは綺麗だ。――まっすぐで、まぶしくて、強くて。俺が進むべき道を、いつも明るく照らしてくれる。そんな君が、魅力的じゃないだなんて、絶対にありえない」




