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元・聖女と魔王の契約戦線~契約婚のはずが溺愛されてます?  作者: 枢 呂紅
8.楽しいハプニングもあるかもです?
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8.


 その夜、ライラは困っていた。


『むにゃむにゃ……ぼく、もう食べれないよう……』


 ベッドの上では、お腹をまん丸に膨らませたケマリが、幸せそうに眠っている。ケマリの寝言以外に音はなく、王城のすべてが眠りについてしまったような錯覚を覚える。


 だからこそライラは、頭を悩ませていた。


(あのあと、ユーシス様となにも話せなかった……)


 西の砦との協力のことや、サーシャの願い、ウォーレンの思惑など、ユーシスと話したいことは山ほどある。なのに、ウィルフレドたちと合流したあと。ウィルフレドを宥めたり、北の砦のメンバーで飲んだり食べたり、なんのかんのしているうちにパーティは終わってしまった。


 そのせいでライラは、ユーシスの部屋へと通じる例の扉の前で、ノックをしようとしてはやめて、を繰り返している。


(この扉があれば、いつでもお互いに相談できる! そう思ったけど、こんな時間に訪ねるのは、いくらなんでも非常識よね……)


 当たり前だが、ライラはとっくに寝間着だ。おそらくユーシスも、とっくにラフな格好に着替えているだろう。お互いに無防備な姿で、本物の婚約者でもない自分が部屋を訪ねるのは、いくらなんでもやりすぎだ。ユーシスにも、呆れられるかもしれない。


(けど、イフリートの分身を一日でも早く倒すためには、悠長なことも言ってられないし……。どうしよう……)


 そう、ライラが天井を仰いで唸ったとき、扉の向こうから控えめな声が響いた。


「……ライラさん?」


「っ、ユーシス様!?」


 思わず持っていたクッションを取り落としそうになりながら、ライラは声を裏返して叫んだ。ライラはまだノックしていない。なのになぜ、ユーシスはライラが扉の前にいるのがわかったのだろう。


 そんな驚きを察してか、扉の向こうのユーシスが苦笑した。


「俺も聖騎士だからね。扉の向こうで、誰かが右往左往しているのはわかるよ。相手が、よく知る魔力の持ち主なら、なおさらね」


「す、すみません。私のせいで、起こしてしまったんですね」


「まだ寝る前だったから大丈夫だよ。それより、どうかした? 俺に何か用?」


 優しく穏やかな、ユーシスの声。その心地よさに誘われて、ライラは思い切って勇気を出した。


「あの……そっちの部屋、行ってもいいですか?」


 抱きしめたクッションの下で、心臓がうるさい音を奏でているのを感じる。やや沈黙があったあと、ユーシスが答えた。


「……俺の部屋に? 今から?」


「非常識なのはわかっています。だけど、どうしても今夜中に、ユーシス様と話したいことがあるんです」


 扉の向こうで、ユーシスが迷っているのがわかる。当然だ。逆だったら、きっとライラも戸惑うだろう。


 だけど、しばし間があったのち、扉が静かに開いた。顔をのぞかせたユーシスは、やはりというかラフな上下に着替えている。小首を傾げた彼の肩から、はらりと美しい銀髪が零れ落ちた。


「どうぞ。大したおもてなしはできないけれど」





 こぽこぽと、湯が沸く音がする。お湯を沸かす魔道具を使って、ユーシスが飲み物を用意してくれているのだ。ライラは代わろうとしたが、ユーシスに「ここは俺の部屋だよ?」と笑われて、ソファに押しとどめられてしまった。


(深夜に押しかけて、さらには王子殿下にお茶まで用意させてる私って一体……)


 われながら、厚かましすぎて頭が痛くなってくる。ライラがひとり反省していると、戻ってきたユーシスが、コトリと目の前にカップを置いてくれた。


「カモミールティーだよ。ライラさんの口に合えばいいけど」


「ありがとうございます……。ていうかユーシス様って、お茶も淹れられるんですね」


「俺は王族だけど、聖騎士でもあるんだよ? 野営だってするし、北の砦では基本的に身の回りのことは自分でやってる。自分の飲み物を用意するくらい、わけないさ」


 笑いながら、ユーシスはライラの隣に座った。二人掛け用のソファだから、思いのほか距離が近い。体が触れてしまわないように気をつけながら、ライラはちびちびと、温かなカップに口を付けた。


 すぐに、ふわりと漂う爽やかな香りと、ほのかな甘みに目を瞬かせた。


「美味しい……」


「少しだけ蜂蜜を落としたんだ。カモミールは気持ちを落ち着かせて、寝る前にもいいらしい。前に、ウィルフレドにそう力説されたよ」


「ウィルフレドさんが? ふふ、さすがですね」


「さすが? ああ、そうか。ウィルは前世から、料理が趣味なんだっけね」


 そんなふうに言葉を交わしていたら、だんだんとライラも落ち着きを取り戻した。ユーシスは、それを狙ってハーブティーを出してくれたのかもしれない。


(ユーシス様には敵わないなあ)


 改めて感謝をしつつ、ライラはいよいよ本題を切り出すことにした。


「話というのは、西の砦とのことです。――実は、バルコニーに出たときに、ウォーレンさんからサーシャさんのことを色々と聞きまして」


 ライラが話す間中、ユーシスは静かに耳を傾けてくれた。サーシャ・メディエールの、悪魔討伐にかける思い。西の砦の狙い。そして、ウォーレンの願い……。


 ひと通り話し終えると、ユーシスは考え込むようにゆっくりと瞬きをした。


「そっか。サーシャの従者が、そんなことを……」


「サーシャさんの願いは、イフリートの分身を自分の――メディエール家人間の手で葬ることだと、ウォーレンさんは話していました。だから、王位継承のことで、ユーシス様やアルフォンス殿下と争う意思はないって」


「彼女が自分の口で、そう言ってくれれば話は早いんだけどね」


 嘆息したユーシスに、ライラは言葉が詰まった。


(そう、だよね。ウォーレンさんの言葉だけじゃ、なんの証明にもならない)


 ウォーレンが真実を話しているという保証はないし、仮に彼は真実を話しているつもりだとしても、それが真にサーシャの狙いである確証もない。すべては伝言ゲームで、それだけを判断材料にすることは出来ない。


 だけど、期待してしまった。ユーシスなら、人間同士が醜く争いあうことよりも、イフリートの分身を倒すことを優先する。ほんの少しのきっかけがあれば、いまの膠着状態を打ち破る道を、切り開いてくれるじゃないかと。


(ユーシス様だって、王位継承を争うひとりなのに……。だめだ、私。ユーシス様に理想を押し付けすぎだ)


 ぶんぶんと首を振って、ライラは自分を戒める。けれども、それを見たユーシスが、ふっと笑みを漏らした。


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