6.
二人の境遇は少しだけ似ている。
サーシャの家は、150年前の先祖が犯した罪の責任を、いまだに背負わされている。一方でユーシスは、300年前に悪魔に体を奪われたせいで多くのひとを傷つけてしまった贖罪とリベンジを、今世で果たそうとしている。
だけど、ユーシスがクロードの生まれ変わりだということは、表だっては知られていない。だからサーシャからは、ユーシスが前世のことを隠して、涼しい顔でいまを生きているように感じたのだろう。
「幼いですよね。すべてを見通す目を持っている、我が主らしくもない。それだけ今回の件に、我が主は感情的になっているのです」
苦笑をしてから、ウォーレンは真面目な表情に戻った。
「サーシャ・メディエール卿の望みはひとつだけ。メディエール家の復権です。メディエール家は150年前、その名を落としました。その元凶ともいうべき悪魔を、自らの手で叩きのめす。それこそが、我が愛しが悲願です」
「悲願……」
「大陸から悪魔が姿を消したいま、悪魔をぶちのめす好機などありません。けれども好機が、メディエールの中でも随一の魔術師と謳われる我が主の代で巡ってきた。その興奮が、無茶な要求をほかの三砦の主に付きつけさせた。――王位なんざ、彼女は見ていない。北の砦の陣営と西の砦が争う理由など、存在しないのです」
夜の闇の中、紫の瞳がまっすぐにライラを見つめている。その瞳は、普段のようなふざけた色はない。ややあって、ライラは首を傾げた。
「どうして、その話を私にしたんですか?」
北の砦の方針は、主であるユーシスが決める。説得なら、ユーシスにすべきだ。
するとウォーレンは、暗がりの中で僅かに笑みを見せた。
「私とあなたは似ていると思ったから。誰よりも主を思い、願いを知り、だからこそ他の三砦と協力できない現状を憂いている」
一瞬目を瞬かせてから、そうかもしれないとライラは思い直した。
もう二度と、イフリートの好きにはさせない。その思いは、ライラの中で日増しに大きくなっている。
だけど一番初め――マイヤー村を出て、北の砦に向かうことを決めたのは、純粋にユーシスの、クロードの力になりたいと思ったからだ。
その思いもまた、決して薄れることはない。
「ライラ様。あなたの言葉なら、ユーシス様の心に届くはずです。――お願いです。四砦が争う必要なんかない。少なくとも、北の砦と西の砦は、手を取り合うことができる。そう、お伝えいただけませんか」
「サーシャさんも、それを望んでいるんですか?」
サーシャ・メディエールがほかの砦に求めたのは、西の砦の援護だけだ。協力といっても、対等なものではない。それだと、たとえユーシスが納得しても、ウィルフレドたち北の砦メンバーは納得できない。
それに、ウォーレンは胸に手を当ててにやりと笑った。
「そこは、私の力の見せどころ。意地になって駄々をこねるわがまま娘を宥めるのは、実のところ大得意です」
御前会議や、そのあとで会ったサーシャの様子からは、彼女の意見を覆すのはなかなか難しいように思える。だというのに、不思議とウォーレンに任せておけば大丈夫だという直感があった。
(ウォーレンさんはサーシャさんに、信頼されているのね)
かなり気難しそうに見えたサーシャだが、ウォーレンには貴重な精霊の力を分け与え、北の砦にもじきじきに送り込んでいる。その信頼は、信用しても良い気がした。
「わかりました。私から、ユーシス様にお話してみます。だけど、決めるのはユーシス様です。あまり期待しすぎないでください」
「十分です。お気遣い、痛み入ります」
にこっと微笑んだウォーレンに、ライラも笑みを返した。
しかし、このウォーレンという男、本当に何者なのだろうか。サーシャの側近なのだからそれなりの出自であってもおかしくないが、彼はファミリーネームは明かしていない。単に隠しているだけなのか、それとも?
「ウォーレンさんって、何者なんですか?」
「おや。そこに話を戻してしまいます? いけませんねえ。契約とはいえ、婚約者がいるご令嬢が、他の男に興味なぞ抱いては」
「契約婚約のことも知ってるんですね……」
「ええ、まあ。主の目があれば、ちょちょいと」
ふーんと頷きかけて、ライラは慌てて首を振った。いけない、いけない。ウォーレンと話していると、すぐに会話の主導権を握られてしまう。
それにおかしそうにくすくす笑ってから、ウォーレンは肩を竦めた。
「なに。本当に、大した者じゃないんですよ。私の親はろくでなしで、私はそうそうに家を捨てた。野垂れ死にそうになって、血迷ってメディエール家の屋敷に盗みに入った私は、あっけなく捕まってお嬢様に付き人を命じられた。その程度です」
「ぬ、盗み?」
「はい。ファミリーネームを言わなかったのは、隠していたからではなく、ないからです。親父は、今頃どこぞの酒場で賭けに溺れてるか、とっくに死んでるんじゃないでしょうかねえ」
言葉遣いが荒れたとき、ウォーレンから、サーシャの側近としての澄ました仮面が少しだけ剥がれた気がした。そのまま彼は、そっと胸に手を当てて続ける。
「お嬢様は気難しくて、プライドが高くて、そこそこ苦労させられましてねえ。ですが、私が生きてるのは、あの方のおかげ。だから私は、我が愛しの主に、身も心も捧げてやろうなどと思ってるんですよ」
大切に、愛おしげに。その声は、どこまでも優しい。
かと思えば、ウォーレンはいつもの調子に戻った。
「というわけで、お気持ちはお受け取りいたしかねます。心苦しいのですが、聖女様」
「告白してないのに振られるっておかしくないですか?」
「これもあれも、私のメディエール家仕込みの教養がなせる技でして……。とはいえ。こんなにも美しい女性を前に、心が震えるのもまた心情。どうでしょう。哀れな男と、一曲お付き合いいただけませんか?」
「会話のスピードについていけないんですが?」
呆れながらも、まあいいかとライラは苦笑した。肩にかけられた上衣が落ちないよう押さえつつ、差し出された手を取ろうとする。
けれども指先が触れる直前、ウォーレンはぱっと手を引いた。




