5.
「失礼――――」
(この手、ユーシス様?)
軽く肩を引かれ、とくりと胸が鳴る。
もしかして、ユーシスが帰ってきたのだろうか。それで、ライラを助けに来てくれた……。一瞬、そんなことを期待してしまったライラは、とん、と肩がぶつかった相手を見上げてきょとんと目を丸くした。
「ウォーレンさん……?」
ライラの肩を引き寄せた男――西の砦の主の側近ウォーレンは、驚くライラの視線を受け止めて、悪戯っぽくウィンクをした。それから、集まっていた人々に向けて柔和な笑みを浮かべる。
「申し訳ございません。聖女ライラ様は、我が麗しの主、サーシャ・メディエール卿と重大なお話がございます。この場から聖女様をお連れするご無礼、どうかお許しを」
「メディエール卿……そ、そうか、西の砦の……」
「それは仕方ありませんな」
サーシャの名が出た途端、なぜか集まっていた人々がしどろもどろになる。砦の主クラスにもなると、幼い少女であっても恐れられるものなのだろうか。
ライラが不思議に思っていると、ウォーレンは気まずげな人々に向けて、ひらりと手を振った。
「ちなみに、ケマリ様ならあちらにいらっしゃいます」
「え、どこに!?」
「デザートコーナーのあたりですねえ。焼きたてピザをこんもり載せた皿を両手で持ちながら、いまは新しいシュークリームが出てくるのをいまかいまかと待ち侘びていらっしゃいます」
ウォーレンがいい笑顔で言い放つと、人々は「なぬ、一言ご挨拶せねば!」「わたくしも!」と、我先にデザートコーナーのほうへ足を向けた。
鮮やかな誘導に感動して、ライラはウォーレンに頭を下げた。
「ありがとうございます。私が困っていたから、助けてくださったんですよね」
「なに。私にはこれがありますから。ご馳走にがっつくケマリ様と、それに振り回されるライラ様が視えていたのですよ」
微笑んだウォーレンが、左目を指差す。その目は、紫色の右目とは異なり、金色に光っている。真実の精霊ルチアの力を借りて、ケマリの変装を見破ったらしい。
もう一度ぺこりと頭を下げてから、ライラはウォーレンの後ろを見た。
「それで、サーシャさんのお話というのは?」
「ああ! あんなのは方便ですよ。我が主の名を聞いて、なおも食いつく人はいませんからねえ。なかなかどうして、我が愛しの主はとても可憐で、心も清らかなお方だというのに。なぜか、皆様に誤解されるのです」
頬に手を当ててしみじみと頷くウォーレンに、ライラは半分呆れ、半分感心した。そういえばウォーレンは、ハンスの名をかたっていた時から、つかみどころのない人物だった。よくもこう、口からすらすらと言葉が出てくるものだ。
そんなことを思っていたら、ウォーレンは形の良いフェイスラインに手を添えて、ウームと考え込んだ。
「とはいえ、ここで私がライラ様をおひとりにしたら、貴女はすぐにもとの木阿弥。途端に、興味津々な人々に囲まれてしまうでしょう。ここは、いかんとすべしや……」
「大丈夫ですよ。少し探せば、北の砦の皆さんが近くにいるはずです」
ライラは遠慮して首を振ったのだが、ウォーレンは聞こえなかったようにポンと手を打った。
「そうだ。バルコニーに出てしまいましょう。あちらはよいです。この時期は寒くも熱くもなく、快適です。なによりここよりは暗くて、顔がよく見えません。あちらにいれば、いたずらに参列者に囲まれることもないでしょう」
「あ、でも、ユーシス様が戻ってくるかもで……」
「ささっ、参りましょう。私がエスコートいたします」
自身の腕にライラの手を掴ませ、ウォーレンはにっこりと微笑むとさっさと歩きだす。本当に、なんというかマイペースだ。
(……ま、いっか)
少し悩んだが、ライラはウォーレンに任せることにした。
ちなみに遠くのほうで「ひぃぃ! どうして僕の正体がわかったのさ!」などという悲鳴が聞こえたが、ライラは気にせず会場をあとにした。




