3.
驚くウィルフレドに、ライラは辺りをきょろきょろと見渡す。そして、小さな姿を見つけて指差した。
「ほら、あの子。あれ、変装したケマリだわ」
「「「ケマリ様が????」」」
北の砦のメンバーも、つられてそちらを見る。その先では、パーティ用のドレスを着た背の低い女の子が、大皿を片手にビュッフェの並ぶテーブルを走り回っている。
「うっわーーー! 鶏肉の皮がパリッパリでめちゃくちゃジューシー! こっちはグラタン! こっちは豚のトマト煮! はぅぅぅ~~! 人間って、ほんっと天才だよね! 食べ物の旨味を最大限に引き出す手腕にはほれぼれしちゃうよ!」
「……なんで人間に?」
ものすごい勢いで料理を食べて周囲に唖然とされる小さな姿に、ウィルフレドが呆れたように呟く。それに、ライラも肩を竦めて同意した。
「精霊の姿だと、大精霊ってわかっちゃうからね。料理を食べている場合じゃないくらい囲まれちゃうから、邪魔されないように人間に変身するんだって」
「だからって苦手な変身魔術を使うなんて……。どんだけ食い意地が張ってるんだ」
その時、呆れるライラとウィルフレド、そしてぽかんとする北の砦のメンバーに気付いたケマリが、勢いよくライラに手を振った。
「ライラー! これ、もう食べた? すっごく美味しいよ!」
「へ? いいよ。私、そんなにお腹空いてないし」
「そんなこと言わずにさあ。こんなご馳走、滅多に食べられないよ!」
「だからいいのに……、って、きゃあ!」
「エル……ライラ様!?」
気が付くと、ライラはケマリに手を掴まれてビュッフェが並ぶ机の近くにいた。
(ケマリが瞬間移動の魔術を使ったのね!)
こんなことのために瞬間移動なんて高度な魔術を使うなんて。そう頭が痛くなりかけるが、ケマリにぐいぐいと手を引っ張られる。
「あのね、あっちにかぼちゃのスープとか、焼き立てのパンとかもあってね! ライラ、絶対に好きだと思うんだ。あ! それとね、あっちにはケーキがあってね!」
(ウィルフレドさんたちと離れちゃう……)
ライラは焦ったが、あとの祭りだった。立食式なパーティだけに辺りは常にひとが動き回っており、あっという間にウィルフレドたちの姿を見失ってしまう。
それどころか、しばらくライラを連れ回して「これ食べて、あれ食べて」と皿をつきだしてきたケマリだが(ちなみに料理はどれも美味しかった)、「え!? ピサが焼きあがった!? わーい、行かなきゃ!」と叫んでどっかに飛んで行ってしまった。
(これは私、迷子というものでは?)
取り残されたライラは、会場の中心で所在無さげに立ちすくんだ。なにせ前世でも、イフリートを封印したあとは早々にマイヤー村に引っ込んでしまったのだ。こういう場での正しい振舞い方なんて、ライラは知りようもない。
(とりあえず、北の砦の皆さんを探さなきゃ……)
俺が戻るまで、彼らと一緒にいてね。そうユーシスに言われたことを思い出し、ライラはキョロキョロと辺りを探す。北の砦の聖騎士たちは特に屈強な体つきをしているし、ウィルフレドもパッと目を惹く美丈夫だ。目立つ彼らなら、すぐに見つけられそうだ。
そう思ったのだが、一歩踏み出してすぐ、ライラは行き交うひとと軽くぶつかった。
「っ、すみません」
「こちらこそ申し訳なく……っと、あなたは聖女ライラ様ではありませんか?」
ぶつかった男性は、ライラを見るとぱっと顔を輝かせた。それを聞きつけた近くの誰かも、声を弾ませて近寄ってくる。
「本当ですわ! 北の砦を救い、ユーシス殿下と婚約されたという、あの!」
「あ、あの、私は」
「お会いできて、光栄です! 私、ナントカ伯爵家のダレカと申し……」
「光の大精霊ケマリ様と契約されているのですよね」
「ケマリ様もこの場にいらっしゃるのですか?」
(ひとりずつ答えられない!)
あっという間に周囲を囲まれたライラは、戸惑ってしまった。次々に質問が飛んできて、もはや収集がつかない。
しかし、これだけ騒ぎになったら、逆にウィルフレドたちに見つけてもらいやすくなるんじゃなかろうか。現実逃避のようにそう期待し始めた頃――ライラの肩に、そっと手が置かれた。




