3.
その日の夜は、晩餐会が催された。
遠路はるばる足を運んだ四砦の聖騎士や魔術師たちをねぎらうため。そして、こういうときでもないと集うことはない、四砦の長の交流を兼ねて。
そんな中、ユーシスの表向きの婚約者であり、大精霊ケマリの契約者であるライラもまた、晩餐会に出席をすることになった。
「見て。あの方がイフリートの分身を消し飛ばしたという……」
「光の精霊ケマリ様と契約しているんだとか」
「エルザ様以来の第二の聖女と呼ばれているらしいぞ」
「ユーシス殿下とも婚約したと聞いたわ」
(すっごく注目を浴びている気がする)
ひとりひとりが何を言っているのかはわからないが、あちこちからチラチラと視線が飛んでくるのだけはわかる。好意的な視線か、珍獣を見るかのような興味本位か。その種類までは、ライラにはわからない。
「ねえ。私、どこかおかしいかしら」
こそりと、ライラは隣の人物――聖騎士アランの生まれ変わりで、現生ではユーシスファンクラブ筆頭のウィルフレドに囁いた。
契約婚約とはいえ、ライラはユーシスの婚約者だ。本当なら、隣にいるのはユーシスのはずだった。
しかし、ユーシスは誰かに声を掛けられて、この場を外している。それで、急遽ウィルフレドに白羽の矢がたった。
ライラに見上げられたウィルフレドは、不思議そうに眉根を寄せた。
「おかしいって、どこが?」
「だって、さっきからものすごく見られているのよ! やっぱり、田舎臭さが抜けないのかしら。それとも、芋臭さが……?」
心配になって、ライラは自身を見下ろす。
今晩身に纏うのは、いつにももれず、ユーシスが用意してくれたドレスだ。薄水色の生地に白い花のレースを合わせた、細身のシルエットのもの。普段はおろしている栗色の髪も、ゆるやかに編まれて肩に垂らしてある。
鏡の中のライラは、自分で言うのもなんだが、すごく綺麗だった。とてもじゃないが、すっかり没落した田舎貴族の娘で、実家では弟と芋ほりにいそしんでいたようには見えない。だけど現に、妙な注目は浴びてしまっている……。
そう不安になってライラは尋ねたのだが、ウィルフレドではなく、彼の奥にいた北の砦の聖騎士たちが勢いよく否定した。
「とんでもない! ライラ様はすごくお綺麗ですよ!」
「大方、話題の聖女さまがどんな方か、興味を引いているのでしょう」
「俺たちも鼻が高いですよ。俺たちの主は、こんな素敵な方の心を射止めたんだぞって」
「そ、そうかしら」
「「「そうですとも!」」」
力説する聖騎士たちに、ライラは曖昧に笑う。みんな、第一の分身との死闘を通じて、すっかりライラを仲間の一員として受け入れてくれている。それはすごく嬉しいのだが、少し判定が甘々すぎやしないだろうか。
ちなみに、周囲のひとびとがライラに注目するだけで声をかけてこないのは、ウィルフレドのほかにも北の砦の屈強な聖騎士たちが周囲を固めて威圧しているからなのだが、本人たちは気づいていない。
ウィルフレドも、こほんと咳払いして、少し照れたように答えた。
「いや。それはない。……正直その、綺麗でびっくりした」
「ほんとに? 隠しきれない芋くささとか、ただよってない?」
「ないよ。お前、どんだけ実家で芋掘ってたんだよ」
「そりゃあ、もう。山になるくらいたっぷり? 私、芋ほりすっごく上手なのよ!」
途端に目をキラキラさせて自慢してくるライラに、ウィルフレドは苦笑した。
今宵の晩餐会は、気を張らない立食式。ウィルフレドたち北の砦の騎士たちは、サクッとビュッフェを楽しんでから、早々に城下に降りて飲みなおすつもりで、この場に立ち入った。そこで、ユーシスに留守を頼まれた。
“アルフォンスに二人で話したいことがあると呼ばれてしまって……。悪いけど、私が席を外す間、ライラさんのそばにいて欲しいんだ。彼女は何かと、注目されているだろうから”
慌てたように告げるユーシスからは、本当にライラを大事にしているのだということが伝わった。
ウィルフレドにとってもライラは前世からの友人で、今世では敬愛する上官の婚約者だ。彼女が不安にならないよう守ることは、願ってもないことだ。
(エルザに……俺のユーシス様の大事な方に指一本でも触れてみろ。その不貞な指先、この場で叩き斬ってくれる!)
ゴゴゴゴゴと、ウィルフレドの周りで殺気がゆらりと揺れる。それで、勇気を出してライラに話しかけてみようとした何名かの紳士が、びくりと肩を揺らして退散する。
かくして、ライラ及び北の砦のメンバーの周りは、注目こそされども、誰一人として近づこうとはしなかった。
「ところで、マリ坊……じゃなくて、ケマリ様はどうしたんだ? あの方はパーティとかご馳走とかに目がない性格だよな」
「ああ。ケマリなら、人に変身してその辺を走り回っているわ」
「は?」




