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6.


 クロード・レミリア=ウェザー王子。その名前はほとんど後世に残っていない。


 だが、こう言えば誰もがわかるはずだ。悪魔に体を奪われた悲劇の王子。自らを魔王と名乗った悪魔、イフリートの器にされた憐れな少年。


「ユーシス様が、クロード様の生まれ変わり? 本当に?」


「ああ」


 驚愕するライラに、ユーシスはあっさり頷く。彼は跪いてライラの手を取ったまま、なぜか嬉しそうに頷いた。


「俺もあなたと同じで、生まれ変わったんだ。聖女エルザの生まれ変わりの、ライラさん」


『その人が言っていることは本当だよ。ずっとどこかで嗅いだことがあるって思っていたんだけど、思い出したんだ。ユーシスの魂の匂いは、イフリートの器にされた男の子の匂いと一緒だよ!』


 ケマリのお墨付きをもらったことで、ライラは現実を受け入れざるを得なくなった。


 雨に濡れぼそった子猫のような、今にも消えてしまいそうに痩せこけた姿が瞼の裏に蘇る。


 クロードは第三王子だった。だが、その存在は秘匿され、王家が所有する森の奥にある牢獄と呼ぶべき石の塔に幽閉されていた。それは、クロード王子の体には生まれつき、悪魔による早贄の印が刻まれていたからだ。


 かつて悪魔が大陸にいた頃、早贄の印はいま以上に不吉なものとされた。早贄に選ばれた者は、悪魔に魂を喰われ、体を乗っ取られる。隣人がある日悪魔になることはとてつもない恐怖を人々の間に生み、印を刻まれた者はそれだけで村八分にされたり、最悪人の手によって命を奪われたりと虐げられた。


 クロードは第三王子のため、殺されはしなかった。だけど、ひどい栄養状態で、日の光を満足に浴びることを許されず、王子どころか、人としての扱いを受けていなかった。


 なぜライラがそんなことを知っているのか。それはライラがエルザだった頃、僅かな間だけクロードの世話係をしていたからだ。


 おそらく、貧乏で実家に大した力がないエルザなら、万が一何かあっても責任を取らずに済んで楽だ。そんな人選だったのだと思う。


 それに世話係といっても、接触を許されたのは二日に一度、ほんの数分の間だけ。王子の体に悪魔が宿る気配がないか確かめるだけだ。しかも世話役になってひと月も経たないうちに、エルザはとある理由で謹慎処分を受けてしまった。


 クロードがイフリートに体を奪われたのは、エルザの謹慎期間の真っ只中だった。次に会った時、クロードは『魔王』として王国中を暴れ周り、多くの町や村を襲っていた。


 十歳かそこらの少年だったクロードが、大悪魔に体を奪われて抗えるわけもなかった。エルザはなんとしてもクロードを救いたかった。だけど討伐隊が魔王を追い詰めたとき、クロードは魂も体もボロボロだった。


 王国中が炎に呑まれた。長引かせればより多くの血が流れ、王国は近いうちに滅ぼされてしまう。もはや選択の余地はなかった。


 完全に討伐することは敵わず、エルザはイフリートから多くの力を奪い、封印した。その過程で幼いクロード王子は、短すぎる生を終えてしまった――。


 いまだユーシスがライラを見つめる中、ライラはふらふらと椅子から降りて床に座り込む。そのままライラは、床に手をつけて額をこすりつけんばかりに深く頭を下げた。


「その節は申し訳ございませんでした……!!」


「待って、ライラさん。どうしたんだ、いきなり床に座り込んで」


「本当に、クロード様にはなんとお詫びをしたらいいか……」


「まずは顔をあげて。ちゃんと話そう」


 おろおろとするユーシスをよそに、ライラはとてもじゃないが顔をあげられなかった。


(だって私、間接的にクロード様を殺しちゃってるんだもの!)


 救国の聖女。そう呼ばれることに、ずっと違和感があった。


 クロードは何も悪くなかった。彼は幼い子供で、悪魔に体を奪われた被害者で、救い出すべき存在だった。


 だけどエルザにはそれが出来なかった。エルザの力不足で、結局クロードを救うことは出来ずに、悪魔イフリートを封印したときにクロードも命を落としてしまった。


(クロード様もさぞ、私を恨んでいるはずだわ)


 そう思ったところで、ライラははっとした。


 だからユーシスは、嘘までついてライラに接近したのでは?


 さあっと顔を青ざめさせて、ライラは勢いよく顔を上げる。


「お、お咎めは、私だけでご勘弁ください! 家族は無関係ですから!」


「え?」


「体でも命でも、私のことは好きにしていいですから!!」


 がばりと勢いよく、ライラは頭を下げる。


 しばし、部屋に沈黙が訪れた。


(どうしよう。何でもとは言ったけど、私、今夜が命日になっちゃうのかしら……!)


 痛いのも恐いのも嫌だ。だけど、前世でクロードにしてしまったことを考えたら文句は言えない。お父さん、お母さん。先立つ不孝をお許しください。


 真っ青になって、ライラはぷるぷると震える。


 けれどそのとき、頭の上で「ぷっ」とユーシスが吹き出した。


 驚いて顔を上げれば、ユーシスが顔を背けて、必死に笑いを押さえようとしている。


「ふっ、くく……! ははは……!」


「あ、あの。ユーシス様?」


「ごめん。君が、あまりに斜め上の反応をするから……」


 ひとしきり笑ってから、ユーシスはぽかんとするライラに、涙を拭いながら告げる。


「安心して。俺がここに来たのは、君に手伝って欲しいことがあるからなんだ」


「私が、ユーシス様のお手伝いを?」


「そう。ライラさんにしかできないことだよ」


 大きく頷いて、ユーシスはライラに手を差し出す。


 そして、突拍子もないことを言いだした。


「ライラさん。どうか、俺と婚約してください」




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