1.
御前会議が終わった後、ライラたちは王城にいる間に使用する部屋に案内された。
『わーい! おっきなベッドだー! やっふー!』
部屋に入ってすぐ、霊体化を解除したケマリがさっそく天蓋付きベッドに飛び込む。北の砦で用意してもらった部屋も素朴ながらいい部屋だったが、さすがは王城だ。ベッドもふかふかで、ケマリの小さな体がぽよんぽよんと跳ねている。
なんのかんの王都までの移動、そのあとの御前会議と、ライラもなんのかんの疲労を感じている。少しお行儀は悪いが、ケマリにならってベッドの上にぽふんと倒れ込んだ。
「はー……っ。このまま寝ちゃいそうだわ」
『ライラ、国王が出て来てから緊張してたもんね。顔が引きつっているから面白かったー』
「しょうがないでしょ! 生まれ変わってから、国王陛下に謁見する機会なんてなかったんだし……」
頬を膨らませて、ライラはケマリを睨む。
だけど緊張したのは、それだけが理由じゃない。
(第二第三の分身の討伐のこと、しばらくは揉めそうだったな……)
溜息を吐いて、ライラは天蓋の裏を眺めた。
“我が契約精霊・ルチアの力で、わらわは第二・第三の分身の潜伏場所を突き止めた。我が軍門に下れ、三砦の主たち。我が手足となり、共に戦う栄誉を与えてやる!”
西の砦の主、サーシャ・メディエールがそのように宣言したあと。御前会議は混迷を極め、今日は解散となってしまった。
理由は、サーシャが残りの三つの砦の主に提示した条件。サーシャは第二・第三の分身の情報を提供する代わりに、作戦全体の指揮はサーシャが行うと主張した。
これに南の砦の主、アルフォンス王子が猛烈に反発した。分身の討伐は、王位継承闘争の代理戦争に変貌しつつある。第二・第三の分身を討つことで、ユーシスからの遅れを取り戻そう目論むアルフォンスにとって、サーシャの条件は許しがたいものだった。
いまは王国ないしは大陸中の危機だ。人間同士で内輪もめをしている間に、イフリートの分身が本体の封印を解いてしまったら、目も当てられない。
くだらないことで争っている場合じゃないと、声を大にして叫びたい。だけど、王位継承闘争に関しては完全に部外者であるライラには、どうすることもできなかった。
「ねえ、ケマリ。サーシャさんが第二・第三の分身の居場所を突き止めたって話、本当なのかな」
『うーん。ルチアは真実の精霊だからね。あり得ない話じゃないと思うよ』
「けど、精霊ルチアの力って、ウォーレンさんが使っていたアレでしょう? ケマリの変身を見破ったり、隠密行動のために逆に自分の正体を隠していたのよね」
『それもあの子の力だけど、ルチアの神髄は超超超超超すごい予測演算だよ! 目の前の事象や契約者の記憶、その時点で観測しうるすべてから、限りなく正しい真実を導き出す。その精度がものすごいから、真実を見通す精霊、って言われてるんだもの』
ちなみに本人が言っていたように、ルチアの契約者はあくまでサーシャで、ウォーレンは力を又借りしているに過ぎない。だから、超予測を使えるのはサーシャだけだろうと、ケマリは推測する。
言われてみれば、ウォーレンが、ライラがエルザの生まれ変わりだと気づいたのは偶然だし、彼はユーシスがクロードの生まれ変わりであることも知らなかった。
『とはいえ、分身を探すのはルチアの力でも相当大変なはずだよ。イフリートはあれで用心深くて、痕跡を消すのがうまいからね。あいつが魔王を名乗って暴れまわるまでは、どこにいるのかわからなかったでしょ』
「確かに……。あとで知ったけど、クロード様に早贄の印を刻んだ悪魔を探して、討伐隊が極秘で探し回っていたのよね。なのに一向に見つけられなくて、結局クロード様の体を奪われてしまったのだわ」
『そうそう。だから、奴の分身がこんなにあっさり見つかるって、ちょっと不思議な気もするな。もしも何かの罠だったら笑えないよねー』
「やめてよ、縁起でもない。けど、そっか。だからサーシャさんは、他の砦と組もうとしてるのね……」
西の砦だって、北の砦と同じく兵力は十分ある。潜伏場所までわかっているのであれば、西の砦単独でさっさと討伐して、手柄を立ててしまえばいい。
それをしないのは、サーシャ自身、掴んだ真実が罠である可能性を疑っているから。それで彼女は、出来るだけ厚く兵力を集めようとしている。
(ユーシス様は、どうするつもりなんだろう)
ユーシスも、王位継承闘争に身を置く一人だ。アルフォンス王子ほどでないにせよ、同じく次期王の候補であるサーシャに作戦の全体指揮を譲るのは抵抗があるはずだ。それに、ユーシスがサーシャの指揮下に入ったら、ユーシスがサーシャに王位継承権を譲ったようにも見えてしまうだろう。
(ああ、もう! イフリートの分身を倒して、本体の復活を阻止するっていう一大事なのに、どうしてこう話が複雑になっちゃうの)
頭が痛くなってきてライラが枕に顔を埋めたとき、ケマリがつんつんとライラの腕をつついた。
『ねえねえ、ライラ。ところでさ、あの扉なに?』
「へ? 扉??」
言われて枕をどけたライラは、ケマリが示す方向に顔を向けた。すると、たしかに部屋の反対側に、入ってきたのとは別にもうひとつ扉がある。
(案内してくれた人は、特に何も言ってなかったよね?)
ライラはベッドを抜け出してドアノブに触れてみる。鍵はかかっていなく、軽く握ればそれは簡単に動いた。クローゼットか何かだろうか。そんなことを考えながら、ライラは軽い気持ちで扉を押した。
次の瞬間、ぽかんと呆けた。
背中が、ある。
肩幅は広く、鍛え上げられている。ちょうど着替えの最中だったらしく、動きに合わせて美しい筋肉がしなやかに隆起する。
のは、いい。
(全然、よくない!)
ライラは「ひゅっ……!」と声にならない悲鳴を上げる。それに気づいた背中の持ち主(?)――半裸のユーシスが、振り返ってぎょっとしたように肩を揺らした。
「ら、ライラさん!?」
「失礼しましたーーーー!」
バタンと勢いよく扉を閉じて、ライラはその場に座り込んだ。ベッドからケマリが『なになに、どうしたのー?』と呑気に聞いてくるが、それに答えることもできない。
(な、なんで!? ここ、私の部屋で? けど、扉の向こうでユーシス様が着替えて……? どういうこと……?)
しゃがみ込んだままライラが混乱していると、閉ざしたばかりの扉が控えめにノックされ、ライラは「ひゃう!」とその場で飛び上がった。
おそるおそる扉を開けると、先ほどとは違ってしっかりと上半身に麻のシャツを着たユーシスが、どことなく気まずそうに立っていた。




