7.
ユーシスが息を呑み、水晶のような薄水色の瞳が揺れる。ウォーレンもさすがに言いすぎだと思ったのだろう。チラリとユーシスを見て、間に入るべきか迷うような顔をした。だが、ウォーレンが口を開くより先に、ライラはユーシスとサーシャの間に割って入っていた。
「取り消してください」
「……何?」
ピクリとサーシャの眉が動き、凍えるような眼差しがライラに向けられる。一瞬、ライラは腰が引けそうになるが、首を振って自分を奮い立たせて続けた。
「私はクロード様の最期を知っています。最期に至るまでも知っています。クロード様は、この方は、ずっと小さな体の中で戦っていました。たったひとり、誰にも助けてもらえない苦しみの中で、精一杯あがいていたんです。だから取り消してください。この方は、そんな言葉で傷つけられていい人じゃない」
「エルザ……」
ユーシスが目を瞠る。その隣でライラは強くまっすぐ、サーシャを見つめる。
ライラは覚えている。戦闘中にイフリートが見せた、苛立たしげな表情も。不自然に攻撃を避けなかったり、逆に間一髪のところでエルザや仲間たちから逸れた攻撃も。――そして、それでもなお、最期のときにクロードが流した涙も。
クロードを、イフリートに負けた王族だと非難する声があるのは知っている。前世には大勢いたし、大分見方が変わった今だって、その声がゼロになったわけじゃない。だからすべての声を覆すことはできない。
だけど、せめてライラが手の届く範囲なら。その目で、その耳で、クロードの苦しみと贖いと幽鬼を見てきたライラだから、反論したい。小さな王子の孤独な戦いを、この声で届けたい。
それがたとえ、独りよがりな正義だとしても。
案の定、サーシャはますます不快そうに目を細めた。
「頑張ったら偉いのか? 傷ついたら許されるのか? その手、その身で、数多の命を葬った。その罪が、そんなことで消えるとでも?」
「償うべき人がいるとしたら、イフリートと、被害が拡大するまでイフリートを倒せなかった私たち討伐隊です。クロード様じゃない」
「ヌシのそれは、ただの理想じゃ。親兄弟を殺された者が、それで納得するか。事実、そうではないと、歴史が証明している。ゆえに、わらわも……!」
そこで、サーシャははっと我に返ったように口をつぐんだ。何かを誤魔化すように目を逸らした少女に、ライラは首を傾げた。一体彼女は、何を言おうとしたんだろう。
だけどサーシャが再び口を開くより先に、ユーシスが静かに切り出した。
「サーシャが言うことも、もっともだと私も思う」
心配するライラに、ユーシスは薄水色の瞳を向けて、柔らかく微笑んだ。それから、不穏な空気を漂わせるサーシャを改めて見据えた。
「だからこそ、イフリートに負けるわけにはいかない。私は必ず、奴の企みを阻止する。そして、この手にかけたより多くの民に、安寧の世を届ける。それが再び王族の身に生まれた、私の責務だから」
「そうすることが、いかに恥知らずだろうと?」
「恥知らずなのは承知の上だよ」
軽やかに微笑む瞳に、揺らぎはない。薄水色の瞳は、まっすぐに未来を見据えている。
サーシャは苦々しげに表情を歪めたが、やがてつまらなそうに目を逸らした。
「……興がそがれた。部屋に帰る」
「いいのですか、マイ・ロード。三砦の主のどなたも、まだ共闘のお申し出をいただいていませんが……」
「だからといって、いつまでも木偶人形のように待っていられるか。聖女エルザ殿に、ケマリ様。ヌシらへの門戸は、わらわは常に開いておる。手を組む相手を変えたくなった暁には、いつでも訪ねてくるがいい」
そう言うと、サーシャはウォーレンを引き連れて、昏い廊下の奥へと消えていった。




