3.
ゲオルグ=レミリア・ウェザー陛下。正真正銘ユーシスとアルフォンスの父であり、レミリア国を20年以上治める国王だ。
だが、その体は数年前から病に侵されている。見えている手足は異様に細く、分厚い装束の下は、痩せ衰えていることが容易に想像つく。
(こんなにお加減が悪そうだなんて)
表情を曇らせて、ライラは国王を見た。病のことはユーシスから聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。今この瞬間、目の前で倒れてもおかしくない。次の王が指名されていない中、候補の一人であるアルフォンスが焦りを見せるのも納得だ。
声も満足に出せない状態らしく、ゲオルグ国王はイスに身を沈めたまま沈黙している。だからというか、場を取り仕切るのは、国王の到着を告げた文官――国王の側近のエダード・ウォルターだった。
「西の砦の主、サーシャ・メディエール卿はご到着が遅れていらっしゃいます。時間も限られますので、先にユーシス陛下より、北の砦での事象についてお言葉を頂戴できますでしょうか」
「承知いたしました」
頷いたユーシスが立ち上がる。そして、隣のライラを指し示した。
「既にご存知かと思いますが、此度、翡翠の洞窟に封印されているイフリートから分身が逃げ出し、北の砦を襲いました。それを、ここにいるライラ・マイヤー嬢及び、彼女の契約精霊である光の精霊ケマリ様と討伐いたしました。その経緯を、今一度ご報告します」
そうしてユーシスは順を追って語った。ユーシス自身が、分身に早贄の印を刻まれたこと。ユーシスと同様、奥方に早贄の印を刻まれたダグラスが、分身に脅されて手引きをしていたこと。
ライラが、腕のいい薬師として有名だったこと。深手を負ったユーシスを救ったことでケマリとの契約が明らかとなり、ユーシスの婚約者兼、イフリートの分身と戦うための協力者として、北の砦に招き入れたこと――。
ユーシスがクロードの、ライラがエルザの生まれ変わりであることはでは伏せられた。それを知るのは、ここにいる中では国王ゲオルグだけ。ユーシスも、自分たちの生まれ変わりについて、不必要に広めるつもりはないようだ。
かくして、多少事実と齟齬はあるものの、一通りの真実が砦の主たちに向けて共有された。
すべてを語り終えると、アルフォンス王子が拍手した。
「お見事です、兄上。そして、第二の聖女のごときライラ嬢に、光の精霊ケマリ様。よくぞ、歴史に名を残す大悪魔、イフリートの分身めを倒してくださいました」
乾いた手の音と、うわべだけの称賛の言葉。それらが、円卓のある大広間に空虚に響く。そうして場の空気を支配してから、アルフォンス王子は非難の目をユーシスに向けた。
「しかし……不満があるとすれば、私がこれほどの危機を知らなかったことです。兄上。今のお話が真実であれば、今より半年ほど前、あなたはその身に印を刻まれ、イフリートの分身が逃げ出した可能性に気付いておられた。我が国を揺るがす事態が、なぜ今日まで共有されなかったのでしょう。我らは同じ、国を守護する砦の主だというのに」
「それについては、私からご説明しましょう」
反論しかけたユーシスを穏やかに目で制し、ウォルターが口を開いた。この場において、ウォルターは王の代弁者。不服そうに黙ったアルフォンス王子に、ウォルターは微笑みながら続けた。
「コトを北の砦より広めなかったのは、ゲオルグ陛下のご意思です。当初、イフリートの分身は一体のみと考えられていました。しかも、分身はユーシス様に早贄の印を刻んだものの、その体を速やかに奪えるほどの力は備えていなかった……。
いたずらに情報を広げて王国に混乱を招くより、北の砦主体で、脅威を取り除く。そう、陛下はユーシス様に期待されたのです。事実、ライラ様とケマリ様という協力者を得て、ユーシス様は陛下のご期待に応えてくださいました」
「……ふん」
アルフォンス王子がつまらなそうに鼻を鳴らす。もとより分かった上で、文句を言いたかっただけなのだろう。不機嫌そうなアルフォンス王子に、ユーシスが後を継ぐ。
「ただ、事態が変わった。ライラさんが分身を葬ったとき、分身が明かしたんだ。自分を倒しても、危機は去らない。残り二体の分身が、復活の機を窺っていると」
「その言葉、信じるに値しましょうか。敵は大悪魔です。ライラ様に負けた腹いせに、いもしない分身の虚言を語った可能性はありませんか。あるいは、残り二体という情報こそ嘘ということも……」
『いーや。正真正銘、本当だよ!』
疑問を呈したクラウディアに応えて、ぴょこんとライラの胸のあたりが光り、中からケマリが飛び出した。どこから引っ張り出したのか、伊達メガネをかけたケマリが、偉そうにふむふむと頷いた。
『イフリートって悪魔はね、めっちゃくちゃプライドが高いんだ。そのイフリートが、プライドをズタボロにされながら、最後に吐き捨てた負け惜しみだ。僕らを混乱させたり、嘘を吐いたりするほど頭が冷えちゃいなかったよ。
それにね。第一の分身を倒してから、あちこちで瘴気が活発になってる。あれこそ、動ける分身がこの世界にまだ残っている証拠さ』
「ケマリ様が仰るなら、間違いありませんな」
頷いたクラウディアが、視線をウォルターに戻す。それに目で答えてから、ウォルターは全体に語り掛けた。
「ゆえに、ゲオルグ陛下は皆さまを招集されました。第二・第三の分身を倒すため。封印された古の悪魔を、再び世に解き放たないため。今ここで、四つの砦の力を合わせていただきたいのです」
シン……と広間に静寂が満ちる。やはりというか、それを破ったのはまたしてもアルフォンス王子だった。




