7.
先程とは逆で、ユーシスの薄水色の綺麗な瞳が、真剣にライラを見上げている。目を逸らすことを許してはくれない眼差しに、ライラはドキリとしつつ考え込んだ。
(それは、どういう……?)
これは溺愛演技とは関係ない。今のは、ある意味そういう宣言だ。
だけど演技でないのなら、ユーシスはなぜこんなことをしたのだろう。たまたまそばにいたライラに甘えたくなるくらい、疲れ果てていたのだろうか。それとも、前世では短い間とはいえお世話係だったライラ相手だから、つい弱音をこぼしたくなったとか……?
(だ、だめ。ユーシス様の顔が近すぎて、全然頭が回らない!)
キラキラと眩しいご尊顔に、ライラは顔にじわじわと熱が集まる。まったくユーシスは、自分の顔面の威力に気づいていないのだろうか。もし誰かれ構わず、こんなふうに婦人に思わせぶりな態度をとる癖があるんだとしたら、小一時間お説教をしたいくらいだ。
だけど、ユーシスが不誠実なひとじゃないことは、ライラにもわかる。
(……きっと、お疲れなのよね)
そうだ。そうに違いない。それでつい、ぽろりと隙を見せてしまったのだ。そう強引に結論付けて、ライラは緊張しつつ答えた。
「だめです」
――ライラからは見えなかったが、ユーシスが唇を噛み締めた。わずかな間の後、ユーシスは静かにライラから離れようとする。けれども頭を上げる前に、ライラが先を続けた。
「ユーシス様はあまり自覚してないようですが、ユーシス様はすごく素敵な方なんです! ユーシス様のような方に頼られたら、ユーシス様にその気がなくても、相手の方は勘違いしてしまいます」
「え?」
「ですから、無作為にこういうことをしてはいけません。……ま、まあ、その点、私は心得ていますからね。私の前では、安心して弱音を吐き出して大丈夫ですよ」
顔を赤くしたままツンとライラが答えると、ユーシスは綺麗な顔をぽかんと呆けさせた。
「ライラさんは、俺にこういうことされても嫌じゃないってこと?」
「ユーシス様は、前世の大事な主ですから。それに、私は勝手に、ユーシス様を一緒に戦う相棒だって思ってます。大切な相棒に頼ってもらえて、私は嬉しいですよ」
「相棒……」
ユーシスは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに複雑そうな表情を浮かべた。なんだろう。本当に、今日のユーシスはなにかが変だ。ライラがそう首を傾げたとき、ユーシスはじとりとライラを見上げながら尋ねた。
「じゃあ、ウィルフレドにも肩を貸してあげられる?」
「なんでウィルフレドさん?」
「ウィルフレドは、聖騎士アランの生まれ変わりでしょ。そしてアランは、聖女エルザの良き仲間で相棒だった」
「しませんよ! アランにこんなこと!」
食い気味に答えてから、ライラははたと不思議に思った。
確かに変だ。なぜアランにはできなくて、ユーシスには肩を貸せるのだろう。どうしてユーシスには、もっと本音を見せて欲しいとすら思うのだろう。
(ユーシス様の中身が、クロード様だから?)
前世でクロードは幼い少年だった。だからユーシスのことも、どこか弟のように思っているのだろうか。
一瞬そのように考えて、ライラはすぐに首を振った。ユーシスを弟のように思うだなんてとんでもない。もしそうだとしたら、溺愛演技のたびにあんなにドキドキするわけがない。でも、だとすると、本格的にアランと何が違うのかが疑問だ。
ライラは腕を組んで、真剣に考え込む。――その横顔を眺めるユーシスは、ここしばらく胸の中を騒がせていたものが凪いでいくのを感じた。
(ほんと、まいったな)
あれこれ首を傾げるライラを見上げて、ユーシスは顔の半分を覆う。
ライラが答えたのは簡単なことだ。同じ相棒でも、アランはだめで、ユーシスにだけこの距離を許してくれる。そんなシンプルなことだけに、たまらなく嬉しくなってしまう。
やっぱり、好きだ。こんな小さなことで、浮かれるほどに。
我慢できずにユーシスがぎゅっと腕を回すと、それまで考え込んでいたライラが途端に慌て出した。
「ゆ、ユーシス様?」
「いいんでしょ。俺がライラさんにこういうことしても」
「いいですけど、限度があります! この距離は、あまりに近すぎます……」
「よくわからないや。疲れてるとだめだね」
「ユーシス様、適当なこと言ってません……?」
「まさか。そんなことないよ」
文句を言いつつ、ライラは結局許してくれる。顔を真っ赤にして目を泳がせながらも静かに身を預けてくれる姿に、ユーシスは胸がいっぱいになった。
「……はあ、早く結婚したい」
「何か言いました? 馬車の音でよく聞こえなくて」
「ううん。独り言」
こうしてライラたちを乗せた馬車は途中いくつかの街を経由しながら、ついに王都に到着した。




