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元・聖女と魔王の契約戦線~契約婚のはずが溺愛されてます?  作者: 枢 呂紅
6.新たな戦いに備えて

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6


 馬車が再び走り出した。


 ケマリは「ちょっくら僕、空を散歩してくるね!」と外に飛び出していったため、馬車の中にはライラとユーシスしかいない。


 ホッと息を吐くライラに、ユーシスが労わるように微笑んだ。


「ご苦労様。ライラさんの気持ち、きっとみんなに伝わったと思うよ」


「そうだといいのですけど……」


 まだドキドキなる胸を押さえて、ライラは微妙な顔をした。あんなに大勢の前で話すのは前世以来だ。それも、前世ではイフリートを封印したあとに王国が主催した祝勝会に何度か無理矢理引っ張り出されただけ。今みたいに、自分の意志でたくさんの人に言葉を伝えようとしたのは、正真正銘初めてだ。


 緊張のあとでそわそわと落ち着かないライラに、ユーシスは優しく目を細める。


「本当だよ。隣にいた俺も、ライラさんの言葉に励まされた。本当にライラさんには……あなたには、昔から勇気をもらってばかりだね」


 何気ない一言だったが、ライラははっとしてユーシスを見た。なんとなく、ライラにも区別がついてきた。今のはきっと、クロードとしての言葉だ。


(今更だけど、ユーシス様の中身って、クロード殿下なのよね)


 色々と激動の日々すぎて、衝撃の事実を知らされたのがもう随分と昔に感じる。それでも改めて考えると、あの弱々しくて吹けば飛んで行ってしまいそうだったクロードが、目の前のイケメンの中にいるというのは妙な気分だ。


(あの可愛かったクロード様が、こんなに立派になって……)


 思わずしげしげと眺めるライラに、ユーシスは眉尻を下げた。


「グウェンも褒めていたよ。ライラさんは、すごくガッツがあって育てがいがあるって」


「イフリートの分身を倒すっていう、明確な目標がありますからね。前世の自分に追いつけ、追い越せって感じで、うかうかしてられませんもの」


「最近は、書物庫でも色々とイフリートを倒す方法を探してくれているでしょ。大丈夫? 無理させてないかな」


「ちっとも! ……あ、けど。何度かうっかり、調べ物に夢中になりすぎて、昼ご飯を食べ損ねちゃいました」


「それ、本当に大丈夫なの? そんなに細いのに、食事まで抜いたら倒れてしまうよ」


 軽いつもりで言ったのに、ユーシスは深刻そうに眉根を寄せた。それで、ライラは慌てて手を振った。


「お昼抜きっていってもお菓子とかいっぱい溜め込んでるんで大丈夫ですよ! ちょこちょこつまんでいたら、あっという間に夕食の時間になっちゃうし。あ、それに、こないだなんかはアラ……ウィルフレドさんがサンドイッチを差し入れてくれたりもしました」


「……ウィルフレドが?」


「知ってます? ウィルフレドさんって、ああ見えて料理が趣味なんですよ。前世でも、こーんな大釜たっぷりにシチューを煮て、討伐隊の仲間に配ったりしてたっけ。野営地だから材料なんか大してないはずなのに、まるで魔法みたいに料理を作っちゃって……」


「そうなんだ」


 そこまで話して、初めてライラは、ユーシスが表情を曇らせていることに気付いた。さっきまで普通だったのに、いきなりどうしたというのだろう。


(そういえば、最近のユーシス様、あまり元気がなかったような……?)


 ライラ自身、グウェンとの訓練や書物庫での調べ物で忙しく、ここ最近ユーシスとあまり話せていなかった。だけどユーシスはユーシスで、不在にしている間の引継ぎや王都への報告資料のまとめなどで、あわただしく過ごしているようだった。


 そのせいか、時々ユーシスと一緒にいると、元気がないように感じる瞬間があった。ライラと話している最中に時折ふっと表情を翳らせたり、ぼーっと虚空を眺めていたり。疲れているのではないかと、ライラも心配していた。


 だからライラは、身を乗り出してユーシスの顔を覗き込んだ。


「ユーシス様こそ、大丈夫ですか?」


「え?」


「無理、してませんか」


 思わずそっと手を重ねると、ユーシスが切れ長の目を僅かに瞠った。


 薄水色の瞳が、驚いたようにライラを見下ろしている。その澄んだ輝きに、思わずライラは魅入られそうになった。


(ユーシス様の目、宝石みたい)


 きらきらとして、曇りがなくて。まるで水晶のようでありながら、ユーシスの誠実でまっすぐな内面をそのまま描き出したかのような瞳だ。


 あまり見つめすぎたのだろうか。ユーシスは息を呑むと、ふいと顔を逸らした。銀の髪から覗く耳が、なぜか少しだけ赤く見える。


 やっぱり、具合が悪いのだろうか。いよいよ、そうライラが心配したとき、ユーシスがぽつりと零した。


「――そうかも」


「ゆ、ユーシス様?」


「色々と考えすぎて、ちょっと疲れた」


 ぽすんと、唐突にユーシスがライラの肩に顔を埋める。ユーシスの細い銀髪が頬に触れ、爽やかなコロンの香りが鼻を掠める。突然のことに、ライラは飛び上がらんばかりに驚いた。


(な、なんで? ここには私たちしかいないのに)


 置きどころのない手を宙に掲げたまま、ライラはわたわたと周囲を見渡した。


 ユーシスがこういうふうにライラに触れるのは、周囲に溺愛演技をアピールするときだけだ。だが、馬車の中には正真正銘ユーシスと自分しかいないし、窓の外から誰かが覗いているわけでもない。


 ならばなぜ、ユーシスはこんなこと……まるで本物の恋人に触れるかのような距離を。ライラが動揺していると、ユーシスが静かに続けた。


「ダメかな」


「え?」


「溺愛演技じゃないと、こういうことをしたらいけない?」



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