5.
御前会議。言わずもがな、この国のトップ、国王陛下のもとで開催される、国の重要事項を決めるための会議だ。
今回招集された場では、北の砦を襲った第一の分身についてユーシスから報告を上げると同時に、第二・第三の分身の対策を話し合う。その性格上、御前会議にはユーシスたち北の砦の他に、残り三つの砦の主が呼ばれている。
そんな中、ライラもまた、御前会議に出席するよう通達が来ていた。当然といえば、当然だ。ライラが精霊ケマリと契約していることは、王城にも知れている。しかもライラの精霊魔術が、第一の分身を消滅させたのだ。第二第三の分身とこれから戦うにあたって、貴重な戦力と見られたのだろう。
北の砦から王都までは、途中いくつかの街を経由して、通常は馬車で3日ほどかかる。会議の行方によっては、そのまま王都に残って戦闘に備える可能性もあるため、聖騎士と魔術師、総勢100名を率いた大遠征だ。余裕をもって5日の行路が組まれ、王都からの使者が到着してから7日後の早朝、ライラたちは王都に向けて出発した。
早朝にも関わらず、沿道には多くの人が見送りに出ていた。
「聖女様! 大精霊ケマリ様!」
「聖女ライラ様、どうか私たちにも祝福を!」
「うわあ……。まさか、こんな騒ぎになってるなんて」
道のあちこちから届く声に、ライラは馬車の中で首を竦める。沿道で手を振るのは、北の砦のふもとにある街、フォーラスの住人達だ。いつの間にか住民たちにまで、『聖女ライラ』の噂が広まっていたらしい。
おそるおそる窓の外を覗くライラに、隣のユーシスが苦笑した。
「みんな、イフリートの分身のことで不安なんだ。そんな中、一体目の分身を討伐したライラさんの存在が、街のひとたちの心の支えになっているんだよ。君の成果なんだから、もっと胸を張ればいいのに」
「そんなこと言ったって! 聖女って呼ばれるのは、前世から苦手で……」
『それは、クロードを助けられなかったって負い目があったからでしょ? ユーシスの言う通りだよ。少なくとも第一の分身には大勝利なんだから、もっと堂々としなよ。ってわけで、僕はちょっくら外に出てくるよー。そーれ!』
言うが否や、ケマリはするりと窓ガラスをすり抜けて上空に飛び出す。そして、沿道で手を振るひとびとにアピールするように、もふもふボディでくるりと一回転した。
『やあやあ、われこそは光の精霊ケマリなり! お集りのみんな、お元気かな!』
「ケマリ様!」
「大精霊ケマリ様が私たちの前に!」
ケマリの登場に気付いた観衆たちが、感激して膝を突いたり、黄色い声を上げたりした。それを、ふふんと黒い鼻を鳴らして眺めたケマリは、ぷくぷくの肉球が愛らしい前足を器用に突き出した。
『みんな知っての通り、僕とライラ、そしてユーシスはちょーっとの間、王都に行ってくるよ。それはわーるい悪魔、イフリートの奴を懲らしめてやるためだからね。みんな、いい知らせを楽しみに待っていて欲しいんだ』
ぱちんとウィンクをしたケマリに、なぜか歓声が上がる。ライラは前世からの仲なので忘れそうになるが、光の精霊ケマリは、それくらい慕われている精霊なのだ。
だからだろうか。歓声の合間では、一方で、「ここに留まりください!」「王都なぞ行かず、北の砦で私たちを守り、お導きください!」といった切実な訴えも上がっていた。
そうした声を見越してのことだろう。ケマリは得意げににぱっと笑うと、四肢を思いっきり広げてみせた。
『僕たちがいないと不安だよね。わかる、わかる! だからこれは、お留守番してくれるみんなへの僕からの贈りもの! 君たちふうに言うと、祝福ってやつさ! そおれ!』
わあっ!と、今度こそ純度100%の歓声が上がる。きらきらと光のつぶてが待っているから、その言葉通り、ケマリがフォーリスの街に祝福を授けたのだろう。
いまだ興奮が冷めやらぬ人々に、ケマリはもう一度ウィンクをした。
『この街を覆う結界を、僕の魔力で強化したよ。この結界が効いている限り、魔獣や瘴気のほうが、この街からしっぽ撒いて逃げ出すさ! だから安心して、いつもと同じ生活をしていてね。じゃあね、アデュー!』
ケマリ様、万歳!とあちこちから声が上がる中、ケマリが馬車の中に戻ってきた。やり切った感に満ち満ちた契約精霊に、ライラは呆気にとられてポカンと口を開けた。
『ふふん。われながら、なかなかいい盛り上げっぷりだった。ライラもそう思うよね』
「すごかった……というか、結界を強化したのは、本当にナイスとしかいいようがないけど。ケマリ、あなた、さっきみたいなパフォーマンスするタイプだっけ」
『僕なりのアシストだよ。ライラは、聖女と呼ばれる道を選んだでしょ? だったら契約精霊の僕も、聖女さまの使い魔にふさわしい働きってものを見せないとね』
「な、なるほど」
ちょっぴり反省して、ライラは神妙に頷いた。ここのひとたちは色んな不安や期待を抱えて、朝も早くから沿道まで出てきたのだ。ケマリほど気が利いたことはできなくても、ライラも何か応えるべきじゃないか。
ぐっと手を握りしめて、ライラはユーシスを振り返った。
「少しだけ馬車を止めていただいてもいいですか?」
「馬車を? もちろんかまわないけど」
ユーシスの指示で、隊列が止まった。馬車の戸を開けてユーシスと一緒に外に出ると、フォーリスのひとたちの目が二人に注がれる。
おじいさんもいる。若い女の人もいる。妹の手を引くお兄ちゃんや、お父さんに抱っこされた赤ちゃんもいる。
そのひとりひとりに語りかけるような気持ちで、ライラははっきりと一言一句、丁寧に告げた。
「ユーシス様とケマリ、一緒に戦ってくれる聖騎士と魔術師の皆さんと一緒に、イフリートを必ずとっちめてきます。私に、私たちに、任せてください!」
きらりと朝陽が輝き、ライラの栗色の髪を淡く照らし出す。白い頬は興奮と使命に薄桃色に染まり、空と同じ色の瞳はまっすぐに未来を映している。仲間たちと寄り添うように、それでいて凛と悪魔に立ち向かおうとするライラの姿に、フォーリスの街のひとびとだけでなく、兵士や魔術師たちもしばし目を奪われた。
やがて誰が始めるでもなく、辺りは大歓声に呑まれたのだった。




