3.
ずっと考えていたことがある。
なぜ自分は、前世の記憶を持って転生したのだろう。なぜ再び、かつてと同等の力を持って、この世に生まれたのだろう。どうして世界は、再びライラとケマリを巡り合わせたのだろう。
その思いは、ユーシス、つまり同じく転生したクロードと再会してから、ますます強くなった。彼もまた、クロードとして生きた過去の記憶を持っていた。さらにはウィルフレドだ。彼もまた、聖騎士アランとしてイフリート討伐に参加した記憶を有していた。
体を奪われつつも。主君を取り戻そうと。人々を守ろうと。ライラたちはそれぞれの立場で、イフリートの暴力に必死に抗った。その勝負は、イフリートの封印という形で未来に引き継がれた。
そしていま再び、当時の三人が記憶を有して、同じ場所に集っている。奇しくも、イフリートが復活を目論み暗躍を始めた頃にだ。偶然というにはあまりにも出来すぎている。
まるで、世界の意志が働いているかのような。
「創世の女神……ユグラテ様のお導き、か」
ライラの言葉を引き継いで、ウィルフレドがぽつりと呟く。
ちなみにウィルフレドには、ユーシスがクロードの生まれ変わりであることを明かしてある。ユーシス自身、転生者同士、互いの情報は把握しておくべきだと判断したからだ。ウィルフレドはひっくり返りそうなくらい驚いていたが、ユーシスへの忠誠心はこれっぽっちも変わらなかった。
考え込むウィルフレドに、ライラは強く頷いた。
「ケマリはとぼけていたけど、私にはそうとしか思えない。それが、私たち三人が、前世の記憶を持って生まれてきた理由なんだって」
創世の女神、ユグラテ。
それは神話に登場する創造主であり、ケマリたち精霊を統べる上位存在とされている。されている、というのは、その姿を誰も見たことがないので真偽を確かめようがないからだ。ケマリですら、女神ユグラテの声を二三回聞いたことがあるくらいで、姿を見たことはない。いわんや人間をや、だ。
神話によると、すべての生き物は命を終えると、創世の女神のもとに帰るという。そして、彼女の采配によって、再びこの世に送られる。
それが本当なのだとしたら、イフリートに深くかかわる三人がこの場に集うのは、女神ユグラテの導き以外にあり得ない。
「今度こそイフリートを完璧に葬り去る。それが、女神さまが俺たちに与えた役割、か。期待されて悪い気はしないけど、だったら、もう少しイフリートを倒すための特効薬的なものをヒントで教えてくれてもいいのにな」
やれやれと溜息を吐いて、ウィルフレドが首を振る。まったく、彼の言う通りだ。目下のところ、自分たちには前世を越えるほどの武器はない。創世の女神なのだから、ひとつやふたつ、チートな祝福をプレゼントしてくれてもいいのではないだろうか。
そんなことを思いながら何気なく傍らの本を開いたライラは、一行目に書いてある言葉に視線を吸い寄せられた。
「これって……」
「なんだ? 女神さまからのラブレターでも挟まっていたか?」
目を丸くするライラに、ウィルフレドも身を乗り出す。二人して覗き込んだ古い書物には、神話の中にのみ登場する『女神の祝福』という魔術について考察されていた。
文献によれば、それは文字通り、創世の女神ユグラテから力を直接借り受ける魔術だという。その威力は精霊魔術を大幅に上回り、一撃で悪魔を消し飛ばせるほどであろうとのことだ。
ただし、『女神の祝福』の発動条件は不明。それどころか、神話に一度、名前が出てくる程度しか記録はなく、実在するかすらわかったものではない。
ゆえに、イフリート討伐へ応用するには、現実味に欠ける――。女神の祝福に関する記述は、そのように締めくくられていた。
最後まで読み終えたライラとウィルフレドは、なんとなく顔を見合わせた。
「これ、どう思う?」
「どうだろう……。マリ坊が女神とツーカーの仲とかなら期待が持てたかもしれないけど、ちょっと難しいんじゃないか」
「だよねえ」
女神ユグラテは高位精霊であるケマリですら会ったことが無いような存在なのだ。その女神が、人間の魔術師如きにほいほい力を貸してくれるとも思えない。たとえライラたちがユグラテの導きによって転生したのだとしても、それはそれ、これはこれ、な気がする。
それに、ここにも書いてあるじゃないか。『女神の祝福』という魔術は、実在するかどうかも怪しい、と。そんなイチかバチかの幻の魔術に頼る暇があったら、もっと現実的に、イフリート討伐の糸口を探るべきだ。
ウィルフレドも同じ結論に達したのか、勢いよく立ち上がった。
「決めた。俺も、何か手がかりがないか、調べ物を手伝うわ」
「いいの? 訓練に戻らなくても」
「今日の午後は休憩にしてあるんだ。部下たちも街に出てるし、俺が書物庫に籠っていても、何も支障はないぜ」
ニッと笑って、ウィルフレドが親指を立てる。その頼もしい姿に、ライラも自然と笑顔になった。
「そしたら、お言葉に甘えちゃおうかな」
「どっちのほうから見ていけばいい? 手分けしたほうが効率いいだろ」
「そしたら、右側の棚をお願い。そっちの本は、私もまだ開いたことがないから」
「了解!」
息もぴったりに、ライラとウィルフレドは調べ物を再開した。前世からの付き合い、それも共に死線を潜り抜けたもの同士だからこその、抜群の安定感である。
――そんな二人を、書物庫の入り口の影からユーシスが覗いていたことなど、ライラたちは全く気付きもしなかった。




