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2.


(今朝は少し、張り切りすぎちゃったかも)


 腕をぐるぐると回して疲れた体をほぐしつつ、ライラは苦笑交じりに図書庫を歩いた。


 今朝の訓練では魔力を充填できる魔石がなくなってしまい、最終的に、すぐ近くにある騎士修練場で朝練をしていた騎士たちに武器を持ってきてもらって、剣やら盾やらを直接強化させてもらったりした。


 これがかなり好評で、気が付いたらライラの周りには、聖女による武器強化を希望する騎士たちで長打の列が出来ていた。騒ぎに気付いたアランが飛んできて「タダで聖女様に(たか)るな、バカ者たち!」と列を切ってくれたから助かったが、あれがなければ、ライラは今も武器強化を行っていただろう。


 だけど、おかげで成長は実感できた。昨日より今日。今日より明日。着実に、ライラは大量の魔力を扱えるようになっている。この調子で行けば、王都に行く頃には前世と同等の実力になんとか追いつけそうだ。


(問題は……こっちのほうね)


 最後にもう一度腕を回してから、ライラは傍らの本棚を見上げた。


 北の砦の書庫には、代々の砦の主による手記から、魔獣討伐の記録、魔術師部隊の研究の記録まで、ありとあらゆる書物が詰め込まれている。その中でライラが目を付けたのは、魔術師たちの記録だ。


 300年前、エルザと討伐隊はイフリートを聖杖の下に封印し、翡翠の洞窟ごと幾重にも結界を張り巡らせて内からも外からも完全に閉じ込めた。


 だが、それはあくまで一時的な処理だ。イフリートを完全に倒す決め手に欠けたから、封印し、時間稼ぎをした。その時間稼ぎが、300年続いてしまっただけだ。


 以来、一流の魔術師部隊が集う四つの砦――ここ北の砦のほか、南、東、西にある――では、イフリートを完全に滅ぼすための研究が脈々と続けられている。


 残念ながら、この300年で画期的な方法は見つかっていない。だからこそイフリートは相変わらず翡翠の洞窟に封印されている。とはいえ研究の記録の中に、なにか対イフリートの分身に望むヒントが隠されているかもしれない。そう、ライラは予想したのだ。


 本当はケマリにも一緒に手記を見ながら考えて欲しかったのだが、ケマリはケマリで、瘴気の濃いエリアを飛び回って、魔獣の発生を食い止めてくれている。ライラは、本棚から一冊を選び取ると、一人静かに読み込むことにした。


(……イフリートの戦闘の記録の分析や、伝承の真偽の検証。そこから推察される弱点に、討伐のための新たなアプローチ、さらに検証……。代々の魔術師たちの苦労のあとが視えるようだわ)


 椅子に座り、乾いた紙をめくる。鼻先を掠めるややかび臭い香りが、意外にも心地よい。他に誰もいない図書庫の中で、ライラはひたすら細かい記述に目を走らせ続けた。


 どれくらい時間がたったのだろう。辺りは静かで、窓の外から流れてきた心地よい風が、時折頬を撫でるくらいしか刺激がない。集中していたため、ライラは目の前に誰かが立っていることすら気が付かなかった。


「お疲れ」


 目の前にことりとマグカップを置かれて、ライラは文字通り飛び上がった。誰だろう。ライラが書物庫で、ひとりで調べものをしていることを知っている人物……。


 もしかしてユーシスが?


 どきりとして顔を上げたライラは、次の瞬間、肩の力を抜いた。


「お前な。露骨に俺を見て、『なんだお前か』って顔したな」


「そんなことないですー。身構えて損したって思っただけですー」


「同じだろ、バカ」


 呆れたよう肩を竦めつつ座ったのは、実は前世からの旧知の仲だと判明した、第一部隊の隊長ウィルフレドだった。


 ウィルフレドの正体は、前世でエルザと一緒にイフリート討伐隊に参加していた聖騎士、アランだ。アランはエルザが田舎に戻ってからも交流が続いた貴重な一人で、戦友といえば、まず真っ先にアランの顔が浮かぶほどの仲だった。


 そんなアランは、今世ではユーシスに絶対的な忠誠を誓う聖騎士ウィルフレドとして、ライラの前に現れた。


初めこそウィルフレドは、突如ユーシスの婚約者として北の砦にやってきたライラを、かなり警戒していた。だけど今となっては、互いの正体もわかって、すっかり打ち解けている。ライラが一人でいる時などは、まるで前世に戻ったように、気軽に声をかけてくるようになった。


 とはいえ、ウィルフレドは騎士修練場にて、来る第二第三の分身との戦闘に備えて部下たちと訓練を行っていたはずだ。どうしてその彼が、書物庫などにいるのだろう。そう、目をぱちくりさせるライラに、ウィルフレドは苦笑した。


「訓練はどうしたんだって顔してるな。お前、いまは何時か、さてはさっぱりわかってないだろ」


「何時って……もう少しでお昼になるくらいじゃないの?」


「ぶっぶー。正解は、ちょうど三時になるところだ」


「え、嘘! お昼食べ損ねた!」


 びっくりして壁の時計を見ると、ウィルフレドの言う通りだった。調べ物に夢中で、そんなに時間がたっているとはちっとも思わなかった。


(食堂のごはん、何か食べたかったな)


 ライラはしょんぼりと肩を落とす。北の砦には、聖騎士や魔術師たちのための大食堂がある。遠征や研究の都合で決まった時間に来られないものもいるため、朝・昼・晩の時間以外にも、頼めば食べ物を出してくれる。


 とはいえライラの場合、勝手に調べ物に熱中したあげく、お昼を食べ損ねたにすぎない。だというのに、厨房係の手を煩わせるのは忍びなくて、頼む気にはなれない。


 これは、夕食時まで我慢しかするしかなさそうだな。そのようにライラが落ち込んでいると、ウィルフレドがなにやら紙の包みを取り出した。


「そんなことだろうと思ったよ。ほれ。これでも食べて、元気だしな」


「何これ……サンドイッチ!?」


 目の前で包みを広げられ、ライラは思わず目を輝かせた。ひとつは、見るからに瑞々しい野菜とベーコンが挟まれたもの。もうひとつは、色とりどりのフルーツが白いふわふわのクリームと一緒に挟まれたフルーツサンドイッチ。やや不格好ながら美味しそうなそれらが、クシャりとくたびれた茶紙から顔をのぞかせる。


 目をキラキラさせるライラに、ウィルフレドは頬をかきながら仏頂面を浮かべた。


「エルザのことだ。調べ物に夢中になって、昼飯のひとつやふたつ忘れてもおかしくないと思ったんだ。今朝は俺の部下たちが無茶をさせたからな。その詫びで、厨房を借りて作ってきた」


「ウソ! アラ……ウィルフレドが作ってくれたの?」


「二人の時はアランでいいよ。俺も、エルザって呼んだほうが調子でるし。――お前は知らないかもだけど、ここの厨房、忙しくない時間なら借りられるんだよ。食材は持ち込みか、使った分を給料から差し引きだけどな」


 だったら、せめて材料費を払わせてもらえれば。そう思ったが、ウィルフレドは「いいから、いいから」と首を振るばかり。お言葉に甘えて、ライラはありがたくご馳走になることにした。


「っ、おいしい!」


「だろ。ちなみにソースは、料理長に教わったのをアレンジした俺特製だぜ」


「さっすが。アラン、転生しても料理好きなんだね」


「まあな。エルザの、没頭したら時間を忘れる癖が抜けないのと一緒だよ」


 頬杖をついて得意げに笑うウィルフレドに、ライラはくすくすと笑った。こうしていると、本当に前世に戻ったみたいだ。次の作戦のことでエルザの頭がいっぱいになっていると、アランがよくこうして、食べ物を持ってきてくれた。昔から面倒見がいいのだ、彼は。


ライラはあっという前にベーコンレタスサンドを平らげ、続いていそいそとフルーツサンドに手を伸ばす。ぱくりと食いつくと、優しい甘いクリームにじゅわりと果物の甘酸っぱさが広がって最高だ。


ライラがうっとりと目を細めていると、ウィルフレドがちらりと、傍らの書物に視線を向けた。


「それで……何か、イフリートを倒すヒントは見つかりそうか?」


「ぜんぜん。もちろん、イフリートのことはものすごく研究されているし、私も初めて知ったことがたくさんあった。だけど、第二第三の分身は倒せたとしても、本体を倒せるくらいの強烈な発見かというと、そこまでじゃないかな」


「本体、か。やっぱり、そっちを考えちまうよな」


 頭の後ろに手をやって、ウィルフレドは天井を見上げた。


「まずは二体目と三体目の分身を倒す。それが、目下の目標だ。――けど、それだけじゃ不十分だ。たったそれだけのために、|こんなに役者は揃わない《・・・・・・・・・・・》」


「私もそう思う」


 頷いて、ライラはフルーツサンドの最後の一口を大きくかぶりつく。そして、ウィルフレドをまっすぐに見た。


「翡翠の洞窟に封印した、イフリートの本体を今度こそ完全に消滅させる。それが、私とアラン、……そしてクロード様を転生させた、女神さまの本当の目的だと思う」



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