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12.


「お前、マリ坊か??」


「…………は?」


 マリ坊。懐かしい言葉の響きに、ライラは目を見開き、ケマリもぱちくりと瞬きする。驚く二人をよそに、ウィルフレドは興奮したように身を乗り出した。


「いや、マリ坊だよな! 結構前に眠りに入ったって聞いていたが、いつの間にまた俗世に出てきたのか。はは、相変わらず丸っこくて可愛いな!」


『あれれ。僕、もしかして君と会ったことがあったりする??』


「水臭いな! って、そうか。この姿では、わかりようがなかったな。けどなんと説明したらいいか……」


「――アラン?」


 ぽろりと唇から零れ落ちた名前に、ウィルフレドが虚を衝かれたようにライラを見る。


 ――そういえば、以前にも、少しだけその可能性を考えたのだ。


 義理堅く、こうと決めたら全力な性分。真面目で、熱くて、ことあるごとに「命を懸けて誓おう!」などと宣言し、事実、それを貫こうとする男気溢れる姿。ケマリが魂の匂いを覚えているくらいエルザの近くにいた人物――。


 マリ坊。ケマリをそう呼ぶのは、たったひとりしかいない。


「アランよね。あなた、討伐隊のアランの生まれ変わりでしょ」


「な、なぜそれを……。待てよ。まさかお前、エルザか!?」


「そう〜〜〜! わー! まさかアランも生まれ変わってるなんて!」


「エルザも生まれ変わって、またマリ坊と契約して? なんだよ、早く言えよ〜〜」


 エルザとアラン、もといライラとウィルフレドは、手を合わせて再会を喜びあう。


聖騎士アラン。彼はエルザと一緒にイフリートと戦った騎士で、マイヤー村にエルザが戻ってからも親交が続いた相手だ。一部ではエルザとアランは恋人同士だったと伝わるようだが、あくまで戦友にしてマブダチだ。


 ウィルフレドがアランなら、ケマリが魂の匂いを覚えていたのも頷ける。もしかしたらと思っていたが、もっと早く確かめればよかった。


「ライラ様がエルザだなんて、全然わからなかったわ。お前、生まれ変わって随分雰囲気かわったな」


「アランはあまり変わらないね。言われてみれば、前世と通じるところが色々あるし」


「バッカ。そこはますます男前になったって褒めるとこだろ。……って、思わず盛り上がってしまったが」


 ユーシスの存在を思い出したウィルフレドが、「しまった」という顔をする。それにライラはひらひらと手を振って笑った。


「大丈夫。ユーシス様は、私がエルザの生まれ変わりって知ってるから」


「そうなのか。っ、そうか。だから急に、ユーシス様と婚約をしたんだな!」


 すべてが繋がったというように、ウィルフレドがぽんと手を打った。


 ウィルフレドの言うことは正しい。ユーシスはライラがエルザの生まれ変わりと知った上で、婚約話を持ちかけてきた。足りないとすれば、これが偽装婚約であることや、ユーシス自身もクロードの生まれ変わりであることだが、そのへんは些末な違いだろう。


 だからライラは「そうなの!」と朗らかに答えようとした。――その肩を、ユーシスに強めに抱かれるまでは。


「違うよ」


「えっ」


「へ?」


 ぽかんとするライラとウィルフレドを前に、ユーシスはきっぱりと答える。そのまま彼は、圧のある笑顔を綺麗な顔いっぱいに浮かべたまま、すらすらと続けた。


「もちろん、ライラさんの力は買っている。大精霊ケマリ様と再契約した聖女の生まれ変わりだなんて国として保護しなければならないし、ライラさんの力は私の怪我を癒してくれた時に既に証明されていた。けど、婚約とそれは別だよ?」


「あの、でも。ユーシス様……?」

 

「ライラさんは素晴らしい女性だ。優しくて、芯があって、強くて。しかもこんなに可憐だ。私は純粋に、ライラさんの魅力に心奪われたから、ライラさんにプロポーズした。初めにそう言ったじゃないか」


 戸惑うライラをマルっと無視して、ユーシスはやたら滑らかに告げる。ユーシス様大好き騎士のウィルフレドさえ、「は、はあ」と目を丸くして押され気味だ。


(これは……溺愛演技、継続ということ?)


 そういえばウィルフレドが来る前、「これから契約婚約をどうするか」という質問の答えに、ユーシスは言い淀んでいた。イフリートの分身は、たしかにまだ二体残っている。ユーシスには何か考えがあって、この契約を今後の討伐に活かそうとしているのだろうか。


 だけどケマリの力を借りて一体目の分身を消し飛ばしたのだ。ライラとケマリが契約していることは、二体目三体目の分身にも伝わっていると考えていい。今更、敵の目を欺けるとも思えないけれど……。


 そんなふうにライラが首を傾げていると、ユーシスの大きな手のひらが、彼を見上げるようにライラの頬をそっと促した。


いまはまだ(・・・・・)、俺の一方通行だってわかってる。だけどいつか、君に同じ想いを抱いてもらえるよう、頑張るよ。……愛してる」


(…………へ?)


 ライラは目を見開いた。さあと風が吹き、ユーシスの月の光を閉じ込めたような銀の髪がさらりと揺れる。薄水色の瞳がきらきらと輝いて、息もできないくらいに綺麗だ。美しい面差しが微笑み、ライラを怖がらせないようにそっと近づく。


 このままじゃ、唇、触れてしまうかも。


 永遠のような一瞬の中、ライラは悟る。これ(・・)は本気だ。演技じゃない。いや、だけど、このまま本当に口付けされてしまうの……?


 そう思った矢先、ウィルフレドが声を上擦らせて叫んだ。


「し、失礼いたします!」


 びしりと敬礼したウィルフレドが脱兎のように逃げ出す。その耳は、遠目にも赤い。敬愛する上官、そして前世の戦友が手の前でいちゃつき始めて、居た堪れなくなったのだろう。


(行っちゃった……)


 邪魔してくれてホッとしたような、それはそれとして、ユーシスと二人きりにされて落ち着かないような、なんとも言えない気分にライラはもじもじする。ちなみにケマリは、少し前から姿を消している。大方、慌てるライラを影でにまにま眺めているのだろう。


 これからどうしよう。ライラが視線を彷徨わせたその時、ユーシスがぱっと両手を離した。


「なーんて、ね」


 ニコッと、ユーシスが完璧に微笑む。それで、ライラは理解した。やっぱり、さっきのはウィルフレドに向けた溺愛演技だった。


 なのに自分は、ユーシスが本気なのだと、思いあがった勘違いをして。


 そのことに思い当たった途端、ライラの顔は羞恥にカーッと熱くなった。


「ライラさん?」


「~~~っ、もう! ユーシス様なんか知りません!」


「ごめんね。ちょっと、やりすぎちゃったかな」


「自分の胸に聞いてください。失礼します!」


 ぷりぷり怒って、ライラはユーシスの手を振りほどく。冷めやらぬ頬の熱を抱えたまま、ライラは振り返ることなくズンズンと中庭を歩いた。


 それなのに、ドキドキと痛いくらいに高鳴る胸は、一向に収まってくれる気配はなくて。


(前世ではあんなに可愛かったのに! 前世ではあんなに可愛かったのに!)


 八つ当たりのように、ライラは何度も頭の中で暴れまわる。


 どうして、こんなにもユーシスの一挙一動に心を乱されるのか、この時のライラはまだ知る由もなかった。



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