11.
「……………………………………はい?」
いま、好き、と言われたような。
単語を理解した途端、ぶわりとライラの顔が熱くなった。え? 嘘。好きってなに? 大混乱にライラが陥った時、ユーシスがばっと勢いよく離れて手を振った。
「いや、その、溺愛演技なら、そういうべきかなって」
「あ、ああ! 溺愛演技の練習ですね」
思いっきり動揺してしまったことを恥じて、ライラは俯いた。まだ心臓がバクバクいっている。鼓動が早すぎて、胸が痛いくらいだ。
(びっくりした……ユーシス様、本当に演技派なんだもの)
その昔、旅の一座が村に来てくれたときに、憑依体質という言葉を聞いたことがある。演者が役に入り込みすぎるあまりに、舞台を降りても役の心情が抜けなくなってしまうのだそうだ。ユーシスも、もしかしたら同じ性質なのかもしれない。
呼吸を整えつつ、ライラはそういえばとユーシスを見た。
「そういえば、契約婚約はどうしましょうか。ケマリと契約していることも知れてしまったので、婚約者という肩書がなくても私がイフリート討伐に加わることを咎めるひとはいないと思うのですが」
これからイフリート討伐は北の砦の問題だけじゃなくなるだろうし、ユーシスも溺愛演技を続けるのは大変になるだろう。ライラはそんな親切心もあって提案したのだが、ユーシスは迷うように目を泳がせた。
「そうかもね。けど、うん。もし、ライラさんが嫌でなければ……」
「はい?」
妙に歯切れの悪いユーシスに、ライラは首を傾げる。だけど、ライラがその続きを聞くことはなかった。ものすごい土煙を立てて、こちらに突進してくる影があったからだ。
「ユーーーーーーシスさまあああああああああああああああーーーー!!」
「ひぃ!?」
妙に既視感のある光景に、ライラは悲鳴をあげる。イノシシの如く突進してきた相手は、ぎょっとするライラとユーシスの前に飛び込むと、すべるようにして跪いた。
「ユーシス様!! 不肖、ウィルフレド、本隊に帰還いたしましたあああああ!!」
「ウィルフレド! そうか。リハビリを終えて戻って来たんだな」
相手が忠犬、ではなくウィルフレドだと気づいたユーシスが、嬉しそうに膝をつく。ウィルフレドは胸に手を当てて、くっと悔しそうに表情をゆがめた。
「このたびは第一部隊を任される身でありがなら不甲斐ない姿を晒し、あまつさえ怪我を理由に本体を離脱したことを深くお詫び申し上げます。此度の有事において、私の体なぞ、ユーシス様を守るための肉壁としてお捧げするのが道理でありましたのに……」
「そこまで求めてないから大丈夫。本当にすっかり元気になったんだな。いつもの調子すぎて、すっかり安心したよ」
「はい!! 拾っていただいたこの命、今後ともユーシス様に全身全霊お捧げいたす所存です!!!!」
ぶんぶんと見えない尻尾を振って、ウィルフレドが力強く断言する。ユーシスが言う通り、瘴気の毒の後遺症もなく、元気100%、うるささ200%で帰ってきたようだ。
ライラが安心半分、呆れ半分で見ていると、ふと、ウィルフレドがライラを見た。
「ライラ・マイヤー様……あなたにも心からの御礼と、そして深い謝罪を。これまでの数々の非礼、どうかお許しください」
「へ??」
いつも敵対心丸出しだったウィルフレドにそんなことを言われると思わなくて、ライラは目を白黒させる。ウィルフレドは立ち上がり、目を伏せた。
「あなたがユーシス様にふさわしいか、この俺が確かめる……。随分と思いあがったことを申し上げましたが、私が生きてこの場にいられるのは、間違いなくライラ様のおかげです。本当に、申し訳ございませんでした」
「い、いえ。私が現れたの唐突すぎたから、驚いてしまったんですよね。面白かっただけで気にしていないので頭を上げてください」
「なんとご寛大な……。やはりあなたは、ユーシス様のお相手としてふさわしい」
評価が180度変わりすぎでは? 動揺するライラに、なおもウィルフレドは熱っぽく告げる。
「訂正をさせてください。あなたは、お相手にふさわしいどころじゃない。ユーシス様の伴侶は、ライラ様以外あり得ない。その気高き心根はまさしく聖女。私は騎士として、ユーシス様の伴侶たるあなたのことも、生涯をかけて守り抜くとお約束いたします!」
(聖騎士の誓い~~~~~~!?)
再び跪いて固く宣言したウィルフレドに、ライラは心の中で悲鳴をあげた。胸の腕章に手を当てたウィルフレドの姿勢は、聖騎士がちぎれぬ誓いを立てるときの正式なもの。整った顔をきりりとさせるウィルフレドは大真面目で、とてもじゃないが、今更「実は私たち、契約婚約で……」などと打ち明けられる空気じゃない。
(ユーシス様は……ダメ。笑いのツボに入って、使い物にならなくなってる。私から本当のことを話したら、ウィルフレドさんをめちゃくちゃ怒らせちゃうかもしれないし……一体どうすれば)
そのとき頭の上からのんびりとした声が落ちてきた。
『あーあ。せっかく僕が、めずらしく空気を読んで姿を消してたのに。ウィルのせいでラブラブじれじれな空気が飛んでっちゃったよ~』
「ラブラブ!?」
「じれじれ!?」
ライラとユーシスが別々にひょうきんな声を上げる中、ウィルフレドが目を丸くした。
「え、ウソだろ、まさか」
そうか、とライラは納得した。ライラが傷を癒したとき、ウィルフレドは生死を彷徨う状態だった。意識が戻ったときにはライラは森にユーシスたちと出ていたし、そのあとウィルフレドは砦を出てリハビリに行っていた。
加えて、ライラが光の精霊ケマリと契約しているということは北の砦で有名になりすぎて、今更誰もウィルフレドに教えなかった――。色んな偶然が重なって、ウィルフレドは初めてケマリのことを知ったようだ。
そりゃ、いきなり目の前に伝説の精霊が現れたらびっくりするよね。ライラはそのように頷いたのだが、次の瞬間、ウィルフレドの言葉に耳を疑った。
「お前…………マリ坊か?」




