表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/85

10.


「ごめんね。みんな、ライラさんがウィルを救ってから、すっかり君のファンなんだ」


 中庭からライラを連れ出したユーシスは、そう言って眉尻を下げた。ライラが魔術師たちに囲まれて困っているのを遠目に見て、急いで救出に駆けつけてくれたらしい。


 やれやれと溜息を吐くユーシスに、ライラは首を振って苦笑した。


「気にしないでください。それより、助けに来てくださりありがとうございます」


「あれくらいで助けただなんて。よほど多くのものを、俺は君からもらっているのに」


 身を乗り出したユーシスに、ライラは一瞬ドキリとした。――そういえば、ユーシスは王城への報告をまとめたり、ダグラスの処分やその後の事後処理で忙しくしていたから、こうして二人で話すのは久しぶりに感じる。


 僅かに頬が熱くなるのを感じて、ライラは慌てて目を逸らした。


「……それより。さっきのあれ。いくらなんでもやりすぎではありませんか?」


「あれ?」


「魔術師の皆さんの中から私を連れ出してくださったときのアレ(・・)ですよ! 皆さんが見ている前で、抱き寄せるなんて」


 頬を赤らめ、ライラはじとりとユーシスを睨む。ライラとユーシスはいまだ、表向きは婚約者ということになっている。それを利用したのだろうが、魔術師たちが道を開ける中を颯爽と近づいてきたユーシスは、いきなり皆の前でライラを抱きしめたのだ。


 ライラの恨めし気な目を見て、ユーシスは「まあまあ」と苦笑した。


「おかげでみんな、気を使って離れてくれたでしょう? 手っ取り早くあの場からライラさんを連れ出すには、溺愛演技が確実かなと思って」


「確実ではありましたけど、心臓には悪いです! 北の砦の内部に潜んでいたイフリートの協力者を暴いたいま、私たちが婚約者の振りをする必要もなくなったのに」


「っ! ……そう、だね」


 ライラとしてはほんの愚痴のつもりだったが、それを聞いたユーシスは目を見開くと、なぜかしょんぼり気落ちしたように目を伏せる。ユーシスは溜息を吐いてから、聞こえないほどの小さな声音で何かをこぼした。


「……全部終わったら、伝えよう。そう思ってたんだけどな」


 なんだろう。よく聞こえなかったが、ユーシスがひどく悔しそうなことだけはわかる。下手に口もはさめずライラが困っていると、ユーシスは意を決したようにライラを見た。


「ライラさん。君に選んで欲しい。ここに残り、共にイフリートと戦うか。マイヤー村に戻り、元の生活に戻るか。――君が望むなら俺は、俺たちの契約のすべてを明らかにし、君をマイヤー村に送り届けようと思う」


「いいんですか?」


「俺がライラさんに頼んだのは、俺を呪った分身を倒すまでだ。二体目、三体目の分身は、俺たちの契約には含まれていない」


 きっぱりと、なのにどこか辛そうにユーシスは告げる。何ていったらいいかわからず戸惑うライラに、ユーシスは再び視線を落とした。


「……ライラさんの力はやはり偉大だ。俺自身、その輝きに勇気づけられた。砦の主として、王家の一員として、俺たちと一緒に戦って欲しいと思っている。だけど、このままライラさんを巻き込んだら、君は本当に『聖女エルザの再来』になる。ライラさんの意志や願いと関係なく、マイヤー村での穏やかな暮らしに、二度と戻してあげられなくなる。引くなら今しかない。森でイフリートを消し飛ばした君を見て、そう思ったんだ」


「ユーシス様……」


 胸がぽかぽかと温かくなるのを感じた。


 ユーシスは北の砦の主であると同時に、この国の王子だ。彼の立場なら――王国を一番に考えるなら、ライラの意志を尊重する必要はない。ただ一言、「力を尽くしてイフリートと戦え」と命じるだけでいい。


 なのにユーシスは、ライラに選べという。なんて不器用なのだろう。なんて馬鹿正直なのだろう。だけど、その誠実さは、優しさは、ライラの胸を打った。


 だから改めて、ライラは自分がどうしたいのかを冷静に考えた。


(私がどうしたいか……そんなの決まってる)


 聖女と呼ばれることに、戸惑いはある。自分はそんなに大した人間じゃない。聖女として崇められ、慕われ、最前線で皆を引っ張っていくほどの力も気概もない。


 だけど――だけど。


 目の前で苦しんでいるひとがいるなら助けたい。自分にできることがあるなら力を尽くしたい。そうして今度こそ――今度こそ、誰かの犠牲の上に成り立つものではなく、完全な平和の世界で、皆で喜びを分かち合いたい。


 そういう未来を、ライラが見たい。


「私、決めました。ここに残ります。残って、残り二体のイフリートの分身を倒します」


「だけど、それじゃ……」


「いいんです。――『聖女』を背負ってでも、手に入れたいものが出来たから」


「手に入れたいもの?」


 目を瞬かせたユーシスの手を、ライラは両手で包み込んだ。春の温かな日差しの下、ライラはまっすぐにユーシスを見上げて宣言する。


「勝ちましょう、ユーシス様。勝って、生き残って。そして今度こそ、平和な世界で一緒に笑いましょう」


「ライラさん……」


 ユーシスの美しい薄水色の瞳がきらりと光り、その白い頬に僅かに赤みが差した。かと思えば、彼はこつりとライラに額を合わせた。


 沈丁花の香りがふわりと風に混ざる中、ライラはどきまぎとされるがまま固まった。


「ゆ、ユーシス様……?」


「ああ、もう。ずるい、反則すぎる」


「あ、あの?」


「無自覚なのも質が悪い」


 褒められているのだろうか。それとも怒られているのだろうか。意図が読めずに戸惑うライラの耳に、掠れたユーシスの声がぽつりと届いた。



「こんなの…………ますます、好きになってしまう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ