4.
――翌早朝。
まだ朝霧も開けていない頃合いに、ユーシスをトップとして編成された討伐隊は、正門前の大広場に武装して集まっていた。
人数は全部で40名ほど。その中には、聖騎士側のトップであるダグラス、魔術師側のトップであるグウェンも含まれている。まさに北の砦の精鋭中の精鋭たち。そんな彼らに向けて、ユーシスはすっと深呼吸をしてから声を張り上げた。
「此度の討伐は、激しいものとなる」
ヒヤリとした空気が、ぴりりと張りつめる。一流の騎士、一流の魔術師たちをもってしても、緊張感がすごい。――ほんの一部、最後列のひとりだけ、早朝すぎてちょっぴり眠そうな顔をしている。だけど、これから始まる険しい戦いに気を引き締めているのは同じだ。
「昨日、皆に話したように、此度の騒動を起こしたのは300年前に我が国を恐怖で染め上げた大悪魔・イフリートの分身だ。不確定要素も多いためこれまで公表を控えていたが、奴の狙いは私だ。そのために、多くの者の身を危険に晒してしまったことを、今一度詫びさせてほしい」
そう言って、ユーシスは美しい銀髪を揺らし、しばし皆に向けて頭を下げる。けれども次に顔をあげたとき、彼の瞳は強い決意に爛々と燃えていた。
「だが、奴の自由にさせるのは昨日で終いだ。君は、私は、私たちは、必ずや悪しき魔を打ち滅ぼす。数百年前の亡霊を倒し、新しき世の英雄に君たちがなるんだ!」
ユーシスに答えるように、うおぉお!と雄叫びが上がる。やるぞ! やってやる! 気合十分な仲間たちに、ユーシスは優しく微笑む。それから、傍らに佇む少女を指し示した。
「安心して欲しい。天の女神は私たちの味方だ。その証拠に、光の精霊ケマリ様が、私たちと共にいてくださる!」
「範囲強化、範囲加護!」
前に進み出たライラが両手を翳して口にした途端、討伐隊のひとりひとりを眩い光が包みこむ。聖女様だ。聖女ライラの祝福だ! そんな歓喜の声があちこちから上がる中、ライラは明るい瞳で皆を見渡し――なぜか、ウィンクと共に力強くブイサインをした。
「大丈夫! 私、そして、光の大精霊ケマリが皆さんについてますよ! だから大船に乗ったつもりで、張り切っていきまっしょい!」
おおおお!と歓声が上がる。ユーシス、そして後列に並ぶ若干一名がむせて咳き込んだが、「聖女様!」「ケマリ様万歳!」と歓声を上げる面々は特に気にしない。とはいえ、以前からライラを知るダグラスは、不思議そうにユーシスに囁いた。
「ライラ様、今朝は随分とテンション高くていらっしゃいますね」
「あ、ああ。きっと、皆の不安を少しでも減らそうとしてくれているんだろうね」
やや目を泳がせながら、ユーシスがダグラスに囁き返す。
とにかく、ユーシス、そして同行するライラに勇気づけられた討伐隊は、イフリートの分身が潜むと思われる地点を目指して、森への進軍を始めた。
ウィルフレドたち第一部隊は、突如間近に出現した瘴気溜まりにより、甚大な被害を被った。だが、なすすべもなく退却をしたわけではない。彼らは人里を守る戦士の矜持として、瘴気を街に近づけないための結界を張ってから、砦への強制転移を行った。
その結界の壁に、一向は到着した。
「これはひどい……」
ダグラスが顔をしかめる。それもそのはず。かろうじて結界内に封じ込められてはいるが、今にも結界を破って吹き出してきそうなほどに濃厚な瘴気が、薄い結界の膜の向こうで蠢いている。同時に、瘴気から生まれた魔獣たちが膜を破ろうと牙やら爪やらを突き立てていた。
「正直、みなかったことにして帰ってしまいたいようなおぞましさですね」
「だけど、イフリートの分身が隠れているのは、この瘴気の最奥だ」
苦笑いするダグラスに、ユーシスが厳しい表情で答える。振り返った彼は、ライラ、そしてグウェンを見た。
「まずはこの壁を突破したい。グウェン、ライラさん。頼めるかな」
「「はい!」」
同時に頷いて、ライラ、そしてグウェン率いる魔術師隊が全面に出る。結界の壁を前にずらりと一列に横並びしたとことで、隣のグウェンがにやりと笑ってライラを見た。
「まさか、こうして共に戦える日が来るとは。頼りにしてますぞ、ライラ様」
「ぼ……私もです、グウェンさん。いっちょ、ぶちかましてやりましょう」
同じくにやりと笑って、ライラも答える。それから、ライラたちは声を合わせて叫んだ。
「「「「「最大・範囲浄化!!」」」」
光が魔術師たちの手から飛び出して、広範囲にわたって結界向こうの瘴気を吹き飛ばす。近くにいた魔獣は、その威力で砂になって消えたほどだ。瘴気の壁は厚く、まだまだ全然、イフリートの分身が潜む中心には届かない。だけどこれで、少しは進軍できるほどの余裕が生まれた。
再び瘴気が奥から漂ってあたりを覆いつくす前にと、ユーシスが号令をかける。
「進め! 聖騎士隊は、魔術師隊を援護! 魔獣を近づけさせるな! 魔術師隊は、できうる限り瘴気を浄化して道を拓け!」
「「承知!!」」
ユーシスの指令の通り、一向は瘴気の中心を目指して進軍を続けた。聖騎士隊が襲い来る魔獣を退け、魔術師部隊が瘴気の壁を祓う。そうして出来た道を、討伐隊はひたすら進む。
ある程度進んだところで、進行方向の右側部からクマのフォルムに似た魔獣が討伐隊に突っ込んできた。
「ユーシス様、お下がりを!」
「ダグラス!」
素早く前に出たダグラスが、鋭い牙を剣を構える。身体強化、そしてライラの祝福のおかげだろう。魔獣はとんでもない巨大だが、ダグラスはその猛攻を剣で受け止めた。
両脚を開いて踏ん張りながら、ダグラスは足を止めた討伐隊に肩越しに叫んだ。
「こいつは私が引き受けます! ユーシス様は前へ進んでください! すぐに追いかけますから!」
「わかった」
ちょうど魔術師隊が範囲浄化をかけた直後だったこともあり、ユーシスは苦渋の決断で頷いた。一人二人ならともかく、これだけの人数で進軍するなら、足を止めている間に再び瘴気が道を塞いでしまう。魔術師隊の魔力を温存するためにも、彼らに魔術の無駄撃ちはさせたくない。
ユーシスは隊を振り返ると、最後列にいた聖騎士ひとりと魔術師ひとりに声をかけた。
「カイル、ベイン。君たちは残り、ダグラスの援護を。他の者は私に続け! 先を急ぐぞ!」
「は!」
居場所は定期的にあげる照明弾で知らせる。そう約束をして、ユーシス率いる本隊は瘴気の奥を目指した。




