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3.


『じれったいね、二人とも。このまま本当に結婚しちゃえばいいのに!』


「は、はい!?」


「け、ケマリ様、それは……!」


 とんでもないことを言いだしたケマリに、ライラの隣でユーシスもひどく動揺している。まったく。突拍子もない提案に、ユーシスを困らせてしまったではないか。ライラはケマリのもふもふボディを捕まえて睨んだ。


「バカなこと言わないの! 私たちはあくまでイフリートを倒すまでの協力関係として、婚約を結んだのよ。本物の恋人同士でもないのに、そんなこと言われたらユーシス様が困っちゃうでしょ。ね、ユーシス様!」


「え!? ……いや、俺は別に……むしろ、ライラさんが嫌じゃなければ……」


「へ? すみません。うしろのほう、よく聞き取れなくって」


「い、いや、なんでもない! ……そうだ。ライラさんにその気がないのに、流れで結婚するだなんて間違ってる。するなら、彼女にも俺を……」


 慌てて誤魔化したユーシスだが、再び何やら難しい顔をして、ぶつぶつと呟いている。このまま結婚しちゃえば?というケマリのとんでも発言が、それほどにまで、ユーシスに不快な思いをさせてしまったのだろうか。


(そうよね。ユーシス様にとって私は、ただの契約相手だもの)


 いずれユーシスも、別の誰か特別な相手と出会うのだろう。今度は契約などではなく、本当の愛し愛される関係としてその人と結ばれ、生涯を共に過ごして――。


そこまで考えたところで、チクリと胸が痛んだ。そのことに、ライラは驚いた。


 言うまでもなく、ライラとユーシスは恋人同士でもなんでもない。ふたりの契約は、あくまでイフリート陣営をあざむくためのもの。ユーシスが婚約者として放つ甘い言葉や仕草も、それを裏付けるための溺愛演技だ。


 そのように重々理解しているというのに、いったい自分は何を勘違いして、胸を痛めたりしたのだろう……。赤面してすぐに、ライラは理解した。


(そっか。私にとって、ユーシス様は特別(・・)なんだ)


 それが恋愛感情かと問われれば、正直よくわからない。だけど少なくともライラは、ユーシスに対して、単なる協力者以上の感情を抱いている。


 この世界で唯一、前世の記憶を分かち合えるひと。前世で唯一救えなくて、今世ではなんとしても守ろうと強く誓ったひと。イフリートという強大な敵相手に、一緒に戦いたい、そばに立ちたいと思うひと――。


 戦友。相棒。共闘者。――恋人、なんて甘い言葉では表すことはなくとも、並々ならぬ縁をユーシスとの間に感じているのは確か。おそらくだけども、この先、ユーシス以上に『特別』なひとはライラの前に現れない。けれども、そう思うのはきっと自分だけ。その事実が、チクリと胸を刺したのだ。


(……って、結局勘違いしてるのは同じじゃない。私に、ユーシス様を独占する権利なんかないのに)


 恥ずかしくなって、ライラはふとんを被って隠れてしまいたくなる。その横で、ユーシスもこほんと咳ばらいをした。


「……冗談はこれくらいにして。いま、ダグラスたちが回復した隊員たちから、発生した瘴気の正確な位置や規模を聞き取りしている。情報が揃い次第、精鋭を集めて森に出る。もちろん、俺自ら兵を率いるつもりだ」


「ユーシス様! それって……」


「間違いなく、今回の騒動はイフリートの分身の仕業だ。北の砦を預かる者として、これ以上奴の好きにさせてはおけない。俺が出れば、必ずイフリートの分身は俺を狙って姿を見せるだろう。そこを叩き、必ず終わらせてやる」


 静かな声音だが、ユーシスの薄水色の瞳の奥では、強い決意が爛々と燃えている。彼は今日という日を、イフリートの分身との最終決戦とするつもりなのだ。


 たしかに、分身が第一部隊を襲うなどという強硬手段に出てきた以上、被害をこれ以上拡大しないためにも、森に討伐隊を送るのが正解だろう。だけど、イフリートの分身の協力者が誰なのかも、なぜイフリートはウィルフレドを殺そうとしたのかもはっきりしていない。そんな状態で、ユーシス自ら森に踏み込むのは危険すぎないだろうか。


(だけど、悠長なことをいっていたら、魔獣が森から出て町を襲うかもしれないし。一体、どうしたら……?)


 ライラが腕を組んで悩んだそのとき、ユーシスが鋭く扉を振り返って睨んだ。


「誰だ!」


 鋭く言い放つと同時に、ユーシスが剣を引き抜く。そこから魔力波が放たれ、木製の扉を吹き飛ばす。その後ろで「ぐぇ!」とカエルが潰されたような悲鳴が聞こえた。


「お前は!」


 確認しにいったユーシスが、ひしゃげた扉をどけて目を丸くする。扉と壁の間に挟まれていたのは、中央から派遣された若き文官、ハンス・クレゲイン(仮)だった。


 そういえば、騒動が起きたから有耶無耶になってしまったが、あの時はハンスをユーシスのもとへ連れていこうとしていたんだっけ。そのように思い至るライラの視線の先では、猫を捕まえたかのようにハンスの首根っこを掴み、ユーシスが目を吊り上げた。


「扉の外で立ち聞きとはいい趣味をしているな、クレゲイン」


「立ち聞きとはとんでもない! いえ、まあ。職業柄、ちょっぴりうまい具合に情報収集なんかも出来たら御の字だなと、ほんのすこーし思ったのは否めませんが……」


「何をしに来た! ……まあ、いい。お前には、以前から話を聞きたいと思っていたんだ」


「おっと。その様子ですと、まだライラ様から私のことをお聞きでないようですね! 私は怪しい者ではないのですよ。ね! 助けてください、ライラ様!」


「は?」


 素早くユーシスの腕から抜け出して、ハンスがライラの後ろに隠れる。まさか、ハンスが易々と拘束を抜け出すとは思わなかったのだろう。ぎょっとしつつ、ユーシスはますます警戒の目をハンスに向ける。これ以上話がややこしくならないように、ライラは慌ててユーシスに報告した。


「大丈夫です、ユーシス様。このひと、自分がハンス・クレゲインじゃないって認めましたよ」


「な! ますます怪しいじゃないか!」


「わーい、言葉足らず! じゃ、なくて! 肝心なのはこっち! 正体は明かせませんが、私がこういう目を持っているってことですよ!」


 かちゃりと今にも剣を抜きそうなユーシスに尻込みしつつ、ハンスはさっと左目を撫でる。すると先ほどと同じように、普段は紫色の瞳が左目だけ金色に変わった。それを見たユーシスは、すぐに顔色を変えた。


「精霊眼! そうか、君は……」


「すみません。そこまででストップです、ユーシス様。あくまで私はハンス・クレゲインとして北の砦に留まり、報告を上げるよう命じられておりますゆえ」


 さっと左目をもとの紫色に戻して、ハンスが頼み込む。ユーシスは口をつぐんだが、何やら苦々しげにハンスを睨んだ。


「……なるほど。たしかに君はハンス・クレゲインではないが、不審人物でもないな」


「ご理解いただけなによりです。いや、すみません。ややこしい真似をいたしまして」


(ユーシス様がこんな顔をするなんて……。一体このひと、何者なのかしら?)


 この目を見せれば、ユーシスならすぐに自分の正体を見破るはず。ハンスの言葉は正しかったようだが、ユーシスの反応を見る限り、あまり好ましい相手でもなかったらしい。


 そのようにライラが首を傾げていると、ユーシスは剣から手を離して肩を竦めた。


「朗報だ、ライラさん。彼はイフリートの協力者じゃない。業腹だけど、俺が保証する」


「よかった。私とケマリも同意見だったんです。この人が精霊と契約しているなら、イフリートの分身が協力者に選ぶわけがないっ……て……」


 そうだ。怪しさマックスだが、ハンス(仮)はイフリートの協力者では決してない。加えて表向き文官であるハンスは、魔術師隊のトップであるグウェンと違って、討伐隊のメンバーに選出されることもないだろう。


 これらの条件とケマリの力を借りれば、イフリートの裏をかけるかもしれない。


「ユーシス様! 私、ひとつ、試したいことがあるんです!」


 ハンス(仮)を睨むユーシスと、「で、イフリートの分身とは?」と聞きたそうにうずうずとしているハンス。そんな二人に向けて、ライラは声を潜めて作戦の内容を語った。


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