5.
大規模魔術が発動した痕跡として、広場の地面にはまだうっすらと細かい文字と模様で刻まれた転移陣が光を放っている。その上に横たわるのは、怪我を負った人、人、人。彼らは皆、森に遠征に出ていた第一騎士隊と第一魔術師隊からなる遠征メンバーだ。
聖騎士も魔術師も関係ない。ある者は血だらけで、ある者はやけどを負っている。既にライラと同様に駆けつけてきた砦に残っていた他の部隊の魔術師たちが、倒れた人たちの間を駆けまわって治療を施して回っている。
そのうちのひとり、すぐ近くでやけどをした聖騎士の治療にあたっていたグウェンが、ライラの到着に気付いてこちらを見た。
「ライラ様! ユーシス様より、あなたが優れた治癒魔術の使い手と伺っています。あなたさえよろしければ……」
「もちろん手伝うわ」
一も二もなく頷いて、ライラも他の魔術師と共に治癒魔術を施して回った。怪我のダメージが大きければ大きいほど、それなりの魔力と時間が必要になる。だから完治は出来ないにしても、命に別条がないくらいの応急処置が出来れば、まずはいい。
「あなたはユーシス様の婚約者の……なぜ……?」
「心配しないで。私、回復系の魔術は得意なんです」
足が変な方向に折れて曲がってしまった騎士に、ライラはそう微笑む。時々こうして、自分を治療しているのがライラであることに気付いて、驚く者がいる。だからライラは、少しでも相手の不安を取り除けるように力強く微笑み治療にあたる。徐々に回復が進むと、怪我人たちはホッとして、感謝の言葉をつぶやきながら意識を手放す。その繰り返しだ。
(だけど、怪我人が多すぎる……!)
額に滲む汗を拭って、ライラは辺りを見渡した。みんな懸命に治療にあたっているが、なにせ大怪我をしている人間が多すぎる。ポーションやエーテルも次々に広場に運び込まれているが、この調子だと治療にあたっている魔術師からも魔力切れで倒れる者が出てしまいそうだ。
そんな危機感をライラが抱いたとき、すぐ近くで聞きなれた声が懸命にだれかを呼ぶのが聞こえた。
「……ィル! ウィルフレド! 戻ってこい!」
「ユーシス様!」
声の主がユーシスであることに気付いたライラは、ちょうど一人応急措置を終えたところでユーシスのもとに駆け寄る。ユーシスの隣にはダグラス、そして険しい表情をしたグウェンもいて、三人揃って倒れ伏す誰かに必死に呼びかけている。
ライラが近づくと、ユーシスは救いを求めるような顔でライラを見上げた。
「ライラさん……、ウィルフレドが……」
「見せてください!」
割り込むようにして、ライラは素早く三人の間にしゃがみこむ。けれども怪我人の姿を目にした途端、さすがのライラも言葉を失った。
(ひどい……)
「第一騎士隊の副隊長によれば、突如、間近に瘴気溜まりが広がったそうです」
苦々しく口を開いたのはダグラスだ。その目は、瘴気の毒に全身を犯され、あちこち黒く変色するウィルフレドにぴたりと向けられている。
「まるで爆発のように広がったそれからは、瞬く間に魔獣が飛び出してきたと……。ウィルフレドがいたのはその爆心地と見られ、撤退をするときになんとか救出したものの、すでに意識はなかったと……」
「なんてことだ! 瘴気の毒にやられすぎて、回復魔術を掛けてもすぐに内側から毒に蝕まれていくようだ……!」
苛立ちをあらわに、グウェンが地面を叩く。魔術師隊トップであるグウェンが既に何度か回復魔術を掛けたようだ。
彼ほどの実力がある魔術師なら、当然、施した魔術は最大回復。にもかかわらず、ウィルフレドの体の変色は止まらない。むしろスピードを上げるように、ますます毒が全身に回っていく。
このままでは、彼は。ウィルフレドは。
「ユーシス様、ごめんなさい」
ぽつりと呟いたライラを、三人が不思議そうに見る。




