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3.


「かつて野心がなかったとは言いません。ですが、孫が生まれてからは別です。若い者たちの嫌われ役をしているより、可愛い孫に囲まれているほうがずっといい。皆も、しかめっ面の老人などではなく、ダグラスあたりが主になったほうが喜んだでしょう」


「ダグラスさんって、あのダグラスさんですか?」


 びっくりして、ライラは目を丸くする。言われてみればダグラスも騎士側のトップで、グウェンと同じく副司令だ。だから砦の主候補だったとしてもおかしくはない。とはいえ、あれだけ頻繁に対イフリートの作戦会議をしているのに、そんな話は一度も聞かなかった。


 するとグウェンは、意外そうに首を傾げた。


「ご存知ありませんでしたか。あれの奥方は先の砦の主の孫娘で、砦の魔術師なのですよ。見ているこっちが恥ずかしくなるくらい仲睦まじい夫婦でしてね。いまは来月が臨月とかで、奥方は実家に戻られていますが」


「その先代の主っていうのが、ダグラスを次の砦の主に指名してたってこと?」


「そういうわけではないが……。実力も家柄も人望も備えていて、素質は十二分にあった。少なくとも、仮に私にお鉢が回ってきそうなことがあったら、ダグラスを推挙して逃れようなどと、私が目をつけていたほどには」


 なんでそんなことが気になるんだと。不思議そうな顔をしつつ、グウェンは律義にケマリの質問に答える。それを聞きながらライラが考え込んでいると、ひとりの魔術師が近づいてきて遠慮がちにグウェンに声を掛けた。


「グウェン魔術師長。そろそろ……」


「もうそんな時間か。申し訳ない、ライラ様。魔術師隊内の定例会がこの後ありまして、私はそちらに行かねばなりません」


「気にしないでください。忙しい時間にお付き合いいただきありがとうございました」


「とんでもない。あなたの鍬使いは実に良いものでした。よかったら、またお待ちしておりますぞ」


 グウェンはクマさん柄のエプロンを外しつつ、迎えに来た魔術師と一緒に建物の中へ戻っていく。手を振って見送りながら、ケマリがこそりとライラに呟いた。


「今更だけどさ。ダグラスがイフリートの協力者って可能性もあるよね」


「そう、なんだけど……」


 頷きつつ、ライラはいまいちピンとこなくて唸ってしまう。


 北の砦の幹部のひとりであり。分身を一定期間体内に匿っても、瘴気の毒に倒れてしまわない程度には強い魔力を持ち。もしも、北の砦の主の座を奪われたとユーシスを恨んでいるとしたら、動機までもが揃ってしまう。


 だけどダグラスがユーシスを恨んでいる、という部分が解せない。笑い上戸で、明るくて、気が良くて。副司令としては献身的にユーシスを支える姿を、ライラはこれまで見てきた。自らが砦の主になるために、悪魔にユーシスを売りわたすようなことを、ダグラスがするだろうか。


「なんか、しっくりこないのよね……」


「それは大変。悩み事なら、何かご相談に乗りましょうか」


 艶やかに響く、第三者の声。それにライラもケマリも飛び上がって驚く。


 一体、誰が。そう慌てて振り返れば、協力者候補の二人目の候補、ハンス・クレゲインが胸に手を当ててにこにこと佇んでいた。


(いつから私たちの後ろに……!?)


 ライラはともかくとして、ケマリまでその接近に気付かないなんて。予想外の来訪者の姿に、ライラは強い警戒を抱く。土いじりをしているときからグウェンと話をしているときまで、近くはおろか、薬草園の中にもハンスの姿はなかったはずだ。


 ハンス・クレゲイン。カラスのように全身黒色に包まれた、王都から派遣されてきた監査役の役人――だが、その実、経歴から能力まで、何もかもがベールに包まれた謎の人物。これまでもユーシスの婚約者とされるライラを興味深そうに見ている節はあったが、こんなふうに相手から接触を図ってきたのは初めてだ。


 濡れたように艶やかな黒髪の下で、微かに紫がかった瞳が薄い笑みを称えて、ライラをじっと見下ろしている。底の読めない怖さにうすら寒さを覚えながら、なんとか目を逸らさないようライラは踏みとどまった。


「な……にか御用でしたでしょうか」


「失礼。私としたことが、少々驚かせてしまったでしょうか」


 ハンスは愉快そうに、心の内が見えない笑みを深める。


 なぜ急に。なぜ、今晩には協力者候補のひとりから話を聞こうという日にいきなりライラたちに接触を。そんな疑問が頭をかすめたとき、ライラははっとした。


(まさか、このひとがイフリートの協力者!?)


 だって、あまりにもタイミングが良すぎる。昨晩、緊急の作戦会議をもってして、ライラたちはウィルフレドを最有力の容疑者と定めた。そして、第一部隊の帰還とともにウィルフレドを拘束し、取り調べを行うと決めている。


 その動きがなぜ漏れたのかも、それがどうハンスに不都合なのかもわからない。だが、ライラたちがしようとしていることを察して、先手を打ってライラの前に現れた。そう考えたら、このタイミングで接触してきたのにも理由がつく。


 どうやらケマリも、ライラと同じ結論に至ったようだ。


「下がりなよ。君が誰か知らないけど、僕のライラに手は出させないよ」


(ケマリ!)


 通せんぼするみたいに前を塞ぎ、ケマリがきっとハンスを睨む。


 普段はころころと可愛らしいのに、なかなかどうして、こういう時は頼りになるんだろう。ケマリに勇気づけられたライラは、こっそり無詠唱で自らに強化魔術を施した。


 どういうつもりかわからないが、大人しくやられてなんかやらない。聖女の生まれ変わりの名に懸けて、こんなやつ、こてんぱにやっつけてやる――。


 だけども、臨戦態勢を取るライラとケマリに反して、ハンスはぼそりと呟いた。


「ただ者ではない。そう思ってはいたが、なるほど、こうくるとは……」


「え?」


「あなた方ふたりに最大の敬意を!」


 がばりといきおいよく跪いたハンスに、ライラもケマリもぎょっとする。なんだ。どうした。そう固唾を呑んで見守っていると、ハンスが瞼の上から片目を撫でるような仕草をする。彼が顔を上げたとき、その目は片方だけ夜空に浮かぶ月のように黄金だった。


 綺麗。目を奪われるライラの横で、ケマリが目を丸くした。


「精霊眼!? 君、それは誰に……」


「私にもいるのですよ。契約している精霊が」


 にこりと微笑んだハンスは、ケマリ、そしてライラを順に見た。


「光の大精霊ケマリ様。そしておそらくは――聖女エルザ様。あなた方にお会いできて、心より感謝いたします」


「へ……」


 一瞬、何を言われたか頭が処理しきれず、ライラはその場で固まった。やがて、揃いも揃って正体を見抜かれたのだと理解したとき、ライラはようやく盛大な悲鳴をあげた。


「ええええええ~~~~~!?」


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