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2.


 次の日は、雲一つない快晴だった。


 ウィルフレドの隊が北の砦に戻ってくるのは夕方。それまではある意味で自由時間のようなもので、ユーシスも溜まった政務を片付けてしまうという。


 そんな中、ライラとケマリはというと、昨日訪れたのと同じ薬草園にいた。


「「どっこいせーーー!」」


 作業着姿にエプロンを撒いて、鍬を振るうのはライラだ。その横で同じく畑を耕すのは、魔術師隊のトップのグウェンである。


 なぜユーシスの婚約者のライラが作業着姿で土いじりを? なぜグウェン魔術師長と一緒に? 婚約者にそんなことをさせていいのか? グウェンは止めないのか? ていうか、二人ともなぜあんなに楽しそうなんだ?


 引き気味に見守る周囲の魔術師たちをよそに、鍬をぶん回すライラとグウェンは輝く笑顔で互いをたたえ合う。


「はっはー! 婚約者殿! なかなか良い腰が入っていますなあー!」


「グウェンさんもなかなか! とてもお年を召しているようには見えませんね!」


「まだまだー! 若いもんには負けてられませんからなあー!」


「「どっこいせーーー!」」


「いや。意気投合しすぎでしょ」


 呆れたようにケマリ(が変身した侍女)が呟く。それすら耳に入らず、青空の下でライラとグウェンは元気よく鍬を畑に振り下ろす。


 小一時間そんなことが続き、すっかり新しい畑が出来上がったころ。首に回したタオルで爽やかな汗を拭いながら、グウェンは晴々とした笑顔をライラに見せた。


「いやはや、助かりました。婚約者殿の魔力は、実に質が良くてらっしゃる。良質な魔力を取り込めて、畑全体がツヤツヤと喜んでいるようですぞ」


 浄化魔術を掛けながら耕した畑で育てた薬草は、通常の薬草よりも品質の良いものになる。これは、魔術薬の調合に携わる者にとっては常識だ。手放しに喜ぶグウェンに、ライラは両手を振って謙遜した。


「マイヤー村ではみんなで畑を耕していたので、こういうのには慣れていて。むしろ、いきなり飛び込みで参加してしまってすみません」


「何を仰いますやら! これだけの面積を耕しても、体力も魔力も尽きないタフさが素晴らしい。あなたがユーシス様の婚約者でなければ、今すぐにでも魔術師隊の一員としてスカウトしたいくらいですぞ」


 体力はもちろん、聖女だった頃の魔力をそのまま引き継いでいるライラは、この程度浄化魔法をかけ続けた程度じゃへこたれない。とはいえ、魔術師でも何でもないライラがけろりとしているのは、少し不自然だっただろうか。


(ひさしぶりの畑いじりが楽しすぎて、ちょっと張り切りすぎちゃった)


 笑って誤魔化しつつ、ライラはこっそり反省する。


第一部隊が戻ってくるまで、なんとなく落ち着かないな。そんなことを思いながらケマリと歩いていたら、一人で薬草園を耕すグウェンの姿が見えた。その姿を見ていたらどうしても体を動かしたくなって、ライラも飛び込みで畑を耕すのに参加させてもらったのだ。

 

 けれどもありがたいことに、グウェンはライラの莫大な魔力量を不審に思いはしなかったようだ。それどころか、畑に顎を突いてしみじみと溜息を吐いた。


「いや、本当に。聖女エルザを排出したマイヤー家のご令嬢で。魔術薬といい、回復魔術といい、回復系の魔術の才能を持っていて。あなたのような若者が魔術師隊に加わってくれれば、私も安心して引退できるというものですがなあ」


「え? なに。おじいちゃん、引退して引っ込みたいの?」


 きょとんと首を傾げたのはケマリが変身した侍女だ。さっきまでライラたちを放っておいて薬草たちに話しかけて回ってきたが、一応はこちらの会話にも耳を傾けていたらしい。


 およそ侍女らしくないケマリの態度を嫌がるでもなく、むしろホッと肩の荷を下ろしたような気軽さでグウェンはケマリを見た。


「そりゃあそうだ。私もいい年だし、砦の副官なんぞしていたら可愛い孫とも滅多に会えない。この薬草園を託せる相手が見つかったなら、所領に戻って孫と愛犬に囲まれながら土いじりをして余生を過ごしたい。私は常々、そう思っているよ」


「……グウェンさんは、ユーシス様が来るまでは次の砦の主候補だったと聞きましたよ? グウェンさんがいなかったら、みんな困ってしまうのでは?」


 グウェンがイフリートの協力者である線は消えたが、一応、ライラはそれとなく話を振ってみる。北の砦の主の座をユーシスに奪われたことを、グウェンが恨んでいるかもしれない。グウェンが協力者候補に挙がったのは、そんな事情もあったはずだ。


 するとグウェンは鼻で笑い飛ばした。


「はっはー! そんな古い話、誰に聞きましたかな! 大方、私が王家の縁者であるとか、砦に一番長くいるとかで、私が砦の主の座を狙っていたなどと誰かがあなたに吹き込んだのでしょう」


「あ、いえ……」


 そうです、とも言えず、ライラは困ってしまう。だがグウェンは慣れっこのようで、気分を害することもなく肩を竦めた。


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