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8.



 ダグラスが部屋を飛び出して行ったあと。残ったライラは、ソファの向かいで難しい顔をしたまま考え込んでいるユーシスを盗み見た。


(ユーシス様、もしかして困ってる?)


 顎に手を当てたまま沈黙する端正な顔にそんなことを思う。ウィルフレドはイフリートの協力者の最有力候補のひとりだが、第一部隊の隊長の騎士だ。ウィルフレドがユーシスを大大大好きなのは言うまでもないが、ユーシスもウィルフレドに信頼を置いているように見えた。


 信頼している部下が、悪魔に手を貸し裏切っている張本人かもしれない。それはかなりユーシスにショックを与えただろう。というか、ウィルフレドが一番怪しいとユーシスたちに伝えてよかったんだろうか。確証を得てから言うべきだったのかも。


 だんだんと後悔が胸の中で膨らんで、ライラは身を縮めて項垂れた。


「すみません……。ウィルフレドさんのこと、困らせてしまいましたよね」


「え?」


 落ち込んだライラがちいさくなってそう言うと、ユーシスは綺麗な目を瞬かせた。少しもライラを責める気がない瞳に、むしろ申し訳なさが募る。だからライラは、ますます居心地わるく目を逸らした。


「グウェンさんが協力者じゃないのは間違いないんです。だけどウィルフレドさんが怪しいっていうのは、ハンスさんと比べたら可能性が高いってくらいで。それなのに私、軽率なことを言ってしまって……」


「そんなことない。ライラさんはよくやってくれている」


 きっぱりと力強い声につられて顔を上げると、ユーシスがまっすぐにこちらを見ていた。優しくて温かいのに、凛と力強く、ゆるぎない眼差し。不安なのはユーシスも同じだろうに、彼はライラを安心させるように微笑んだ。


「ウィルフレドを信じたいのは確かだけど、それは誰が犯人でも同じなんだ。誰であれ俺は、同じ砦の仲間をイフリートの協力者として断罪することになる。その覚悟はとっくにできているよ」


「けど……」


「それに、仮にウィルフレドが協力者じゃなかったとしても、それがわかった分だけ俺たちは前に進める。大丈夫。あとは俺たちが上手くやるから、ライラさんは何も心配しないで」


ユーシスの力強い声に、胸を占めていた不安が解けていく。その一方ライラの中で、もどかしさのようなものが膨らんだ。


 あとは俺たちが上手くやる。だから心配しないで。そう言ってくれるのはユーシスが優しいからだけではない。ユーシスは根本的に、ライラを自分の事情に巻き込んでしまったと思っている節がある。


 確かにイフリートに呪われたのはユーシスだ。ユーシスに前世の正体を見抜かれなければ、ライラは大好きな家族や村人たちのいるマイヤー村から一生出るつもりもなかった。だから、視方によってはユーシスの認識は間違っていない。


 だけどライラが北の砦に来たのは、ライラがそう決意したからだ。何も出来なかったクロードへの罪滅ぼし。前世イフリートに好きなようにやられたことへのリベンジマッチ。元聖女として悪魔をのさばらせるわけにはいかないという自負。


 一言では言えないが、ライラにはライラの矜持がある。だから、ユーシスの優しさに甘えて、守られているだけのお姫さまになるつもりはない。


 まして。共に戦うことを誓ったパートナーが苦しんでいるなら。


「ありがとうございます、ユーシス様。……だけど、心配をしないのは無理です」


「ライラさん?」


「だって私は、ユーシス様と一緒に戦うために北の砦に来たんですから」


 ぎゅっと胸の前で手を握り、ライラはまっすぐにユーシスを見上げる。驚いたように目を瞠る彼に、ライラは一番言いたかった言葉を告げる。


「ひとりで無理しないでくださいね。私も一緒に、あなたと戦いたいんです」


「…………っ!」


 ユーシスが息を呑み、やがて痛みを堪えるように眉間に皺を寄せて目を閉じた。かと思えば、ユーシスは俯いて深く重い溜息を吐いた。


 思ってもみなかった反応に、驚いたのはライラだ。なぜユーシスは、こんなにげっそりとしているのだろう。


そりゃあ、前世ではライラのほうが年上だったのに今世ではすっかり立場が逆転していたり、色々総合してもユーシスのほうがよほどしっかりしてたりする。だけど、こんなにも重苦しい溜息を吐かれるほど、ライラは頼りない存在なのだろうか。


ライラがオロオロしていると、不意にユーシスが絞り出すように呻いた。


「ライラさん……。いまのは殺し文句が過ぎる。俺じゃなくても、勘違いしてしまいそうだ」


「え? あ、あの。殺し文句って?」


「ほら。やっぱりわかっていない。前世からずっとそうだ。あなた(・・・)はもっと、俺の理性に感謝すべきだ……」


「前世って、お世話係をしていた頃のことですか? 私、クロード様に何か失礼なこと言っちゃってましたっけ?」


 わけがわからず、ライラは自分を指さして首を傾げる。クロードが体調を崩してしまった日以外、クロードが閉じ込められていた部屋に長居したことはなかった。だから、これといって記憶に残るようなやりとりはなかったはずだが。


 ユーシスはライラに答えるかわりに、もう一度疲れたように溜息を吐く。大きな手で覆われた隙間に覗くユーシスの頬が、少しだけ赤くなっていることにライラは気づかない。しばらくしてユーシスは、気を取り直したように口を開いた。


「たしかに、ウィルフレドがイフリートの協力者の最有力候補であることには驚いているよ。彼は、俺を特別に慕ってくれていたから」


「それ、ずっと気になっていたんです。お二人の間にむかし何かあったんですか?」


 初めて北の砦に足を踏み入れたときに、「あなたがユーシス様にふさわしい相手か、俺が見極めてやる!」と啖呵を切った姿がありありと思いだされる。いくらユーシスを慕っていたって、その婚約者に直接文句を言いにくるあたり、ウィルフレドのユーシスへの執着は並々ならぬ所以がありそうだ。


 するとユーシスは苦笑を交えて肩を竦めた。


「大したことじゃないよ。ただ、俺がここに来てすぐ、森に瘴気が大発生したことがあってね。ウィルフレドを含めた数名が瘴気の渦の真ん中に取り残されたことがあったんだ」


 ユーシスによれば第一部隊の遠征中、突如瘴気が活性化して大量の魔物が発生した。ウィルフレドはまだ隊長ではなかったが、ひどく腕の立つ剣士だった。魔獣を切り伏せ魔術師隊や仲間の騎士を逃がしている間に、ウィルフレドを含めた数名が瘴気の中に取り残されてしまった。


状況は絶望的だった。何より、ウィルフレドたちに逃がされた生存者たちの目撃情報から推察するに、瘴気の渦の中心で彼らがすでに息絶えているとしか思えなかった。口に出さずとも、誰もがウィルフレドたちの救出を諦めていた。


 けれどもユーシスは、取り残された部下たちの力を信じた。だから自ら部隊を率いて瘴気を突破し、ウィルフレドたちの救出に向かった。


「――結果、ウィルたちは生きていて、俺は優秀な部下たちを失わずに済んだ。幸運だったよ。グウェンの見立てでは、あと数分でも遅ければ、結界が破れてウィルたちは瘴気の毒に完全に呑まれてしまった。それからかな。ウィルフレドが俺を慕ってくれるようになったのは」


“ユーシス様に拾っていただいたこの命。必ずや、あなたのためにお使いいたします!”


 意識が戻ってすぐに、ウィルフレドは剣を地に突き立ててそのようにユーシスに誓いを立てた。結構だよと笑って答えても、ウィルフレドは「それが自分の性分だから」と頑として譲らなかった。そのままウィルフレドは、メキメキと腕を上げていまや第一部隊の隊長となった。


「だからかな。ウィルが俺を裏切る姿が、どうにも俺には想像できない。――だけど、相手はあのイフリートだ。どんな卑劣な手を使って、協力者を操っているか知れない。奴を倒すためにも、先入観は捨てないとね」


「はい!」


 勢いよく頷きながら、ライラはふと、頭の中で首を傾げた。


(ウィルフレドさんのさっきの話。なんか、あいつ(・・・)に似てる……?)


 あれは前世。ライラが聖女エルザとして魔王討伐隊に参加していたとき。大戦により深手を負ったとある(・・・)騎士を、エルザは回復魔術で癒した。奇跡的に命を取り留めた彼は、「この命を君のために使うと誓おう!」などと言ったような、言わなかったような……。


 ケマリも、ウィルフレドの魂の匂いがかつて出会った誰かに似ていると言っていた。だから、まさか本当に? いやけど、いくらなんでもそんな偶然、あるわけない。そんなふうにライラがうんうん考え込んでいると、勢いよく扉が開いてダグラスが戻ってきた。


「わかりましたよ、お二方! ウィルフレドたち第一部隊ですが、明日の夕刻に砦に帰着予定です」


「そうか」


 どこかホッとしたようにユーシスが表情を緩める。ライラも同じ気持ちだった。このもやもやする気持ちを抱えたまま、長くは待ちたくない。明日の夕刻。ウィルフレドが戻ってきたら、彼を一度取り調べる。方針がそれで固まった。


「ウィルフレドを調べるときは、ケマリ様にも隠れて同席していただこう。ウィルフレドが協力者なら、森でイフリートの分身と接触してきたはず。ケマリ様の嗅覚なら、ウィルに残る悪魔の残り香を嗅ぎ分けられるかもしれない」


「わかりました。ケマリには私から話しておきます」


 強く頷きあって、その日の作戦会議は終了した。



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