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6.



「すごーい! めずらしい薬草がこんなにたくさーん!」


 ちょうど薬草園の手入れをしていた若い魔術師たちが、何事かと目を丸くする。それをものともせず、ケマリは薬草園の真ん中でくるくると回る。


 ケマリのように踊り出したりはしなくても、ライラも見事に育った薬草たちにすっかり興奮していた。


「こっちはドラゴンの巣がある谷に育つドラゴンリーフで、こっちは満月の夜に精霊の涙を三滴与えないと花をつけないフェアリーフラワー……。こっちなんか賢者の石から芽吹くストーンズグレース! どうやったらこんなに見事に育てて……!」


「ねー。まさか人里で彼らに会えるなんて。ふふ。僕が誰かはわかるよね? みんな元気に育ってえらいねえ」


 しゃがみ込んだケマリが、嬉しそうに薬草たちに語りかける。……まさかとは思うが、実は薬草ともおしゃべりできるとでも言い出すのだろうか。そんなことをライラが思ったとき、若い魔術師たちの向こうから渋い声が響いた。


「どなたが飛び込んできたかと思えば、婚約者殿ではありませんか。我らが薬草園に、どのような御用向きでしたかな」


「グウェンさん!」


 ぽかんとする若い魔術師たちの後ろから現れたのは、魔術師隊のトップのグウェンだった。そうか。ここは魔術師隊が育てている薬草園か。当たり前の事実に、今更のように納得する。ライラはいきなり乱入してしまったことを詫びようとして、瞬きをした。


(クマさんのエプロン……)


 グウェンはエプロン姿だった。それだけならいいのだが、胸のとこに可愛いクマさんのアップリケがデカデカとあしらわれている。シルバーグレーのイケオジが着るにはあまりにプリティなデザインに、ライラが目を点にしていると、グウェンは自分の服装に気付いたのかこほんと咳払いをした。


「これはその、薬草の手入れをするときにローブが汚れないようにと、孫がプレゼントしてくれたエプロンでして」


「お孫さん?」


「先月6歳になった女の子です」


 照れつつも律儀に答えるグウェンが意外で、ライラは驚いた。


(なんだ。このひと、可愛いところもあるのね!)


 周囲の評判が「とにかく厳しい」とか「頑固で苦手」とかだったので身構えていたが、案外話しやすいではないか。ここぞとばかりに、ライラは声を弾ませた。


「まあ! 私の妹たちも6歳なんです。双子のやんちゃ盛りで」


「それはそれは。ライラ様に似て、きっとすごく可愛いのでしょうね」


 ライラの狙い通り、グウェンは普段よりずっと柔らかい表情になった。クマさんのエプロンを躊躇なく身につけるくらいだ。きっと、その孫娘をひどく溺愛しているのだろう。


 この調子なら、普段より色々と話を聞き出せるかもしれない。グウェンの空気が和らいだところで、ライラは改めて話を広げてみることにした。


「断りなく薬草園に立ち入ってしまい申し訳ありません。実家のあったマイヤー村でも薬草園があったので、懐かしくて思わず飛び込んできてしまいました」


「マイヤー調合所ですね。よく存じておりますよ。北の砦では魔術薬の調合研究を行うと同時に、大量に使用する回復薬(ポーション)魔力回復薬(エーテル)はよそから仕入れています。仕入先の中でも、マイヤー調合所の薬は質がいいと評判ですからね」


「そう言っていただけて嬉しいです。村のみんなも喜びます。ですが、さすが砦の薬草園は素晴らしいですね。どの薬草もいきいきと光の魔力が行き渡っていますし、こんなところでドラゴンリーフにお目にかかれるとは思いませんでした!」


「さすが、お詳しいですね。聖女エルザを排出した家のご令嬢だけあって、やはり薬術に精通していらっしゃるようだ」


「いえいえ。それほどでも」


 感心して目を瞠るグウェンに、ライラはにこにこと微笑む。実際のところ、前世は宮仕えの魔術師であったことや、前世から今世にかけて薬草栽培やら魔術薬調合に関わる機会が多かったことで、その辺りの知識はたっぷりあるのだ。


(この調子で薬草の話で場を和ませつつ、何か手がかりを引き出せないものかしら)


 そんなふうにライラが考えを巡らせたとき、ケマリが「あ!」と叫んだ。


「見て! ライラ、じゃなくて、ライラ様! ここ、月涙草まである!」


 そう言ってケマリが指さしたのは、紫の蕾を付けた膝丈くらいの植物だ。


 グウェンは初めてケマリの顔をちゃんと見たらしく、一瞬不思議そうな顔をした。


「ん……? こんな侍女がいましたかな……?」


「い、いましたよ! 私が砦に来た時から。それより、この月涙草、ちょうどもうすぐで花が咲きそうなんですね!」


 慌てて誤魔化しつつライラが話を戻すと、グウェンも月涙草を見て嬉しそうに頷いた。


「ご存知でしょうが、月涙草は非常に育てるのに手間がかかる薬草です。ですが、満月の夜に咲く花から採取できる蜜が、我々の研究にどうしても欠かせなく。一年前から育て初め、このたびようやく蕾をつけるところまでこぎつけたのです」


「次の満月というと……二日後ですか。それは楽しみですね」


「それはもう。月涙草だけは他の誰にも任せるわけにいかず、この一年、私が育ててきました。そのせいもあって、すっかり愛着が湧いてしまったというのもありまして」


「待ってください。じゃあ、月涙草はグウェンさんおひとりで育てたんですか?」


 聞き捨てならない言葉が飛び出して、ライラは思わず身を乗り出した。少しだけ驚いた顔で、グウェンは頷いた。


「え、ええ。水やりひとつとっても、神経を使う薬草ですから。部下たちにも決して触らないようにと厳命しておりました」


「そう、ですか……」


 よく見れば、月涙草の周りには柵が設けられていて、他の薬草とは明確に区画分けされている。念のため他の魔術師たちにも裏を取る必要があるとはいえ、グウェンが言っていることは本当なのだろう。


(じゃあ、グウェンさんは!)


「すみません! お邪魔しました!」


「え? あ、ああ。はい」


 勢いよく頭を下げたライラに、グウェンは気圧されたように目を丸くする。また今度、ゆっくり薬草園を見せてください。そんな約束だけして、ライラは早足で薬草園を後にする。それを追いかけて、ケマリが唇を尖らせた。


「どうしたのさ。僕、もっとあそこで色々見たかったのに!」


「それどころじゃないのよ。私、わかっちゃったの」


「わかったって、何がさ?」


 幾分か薬草園から離れて、ライラたちは噴水広場にたどり着く。ちょうど周囲に誰もいないことを確かめたライラは、くるりと振り返ってケマリに告げた。


「さっきの会話でわかったわ。グウェンさんは、イフリートの協力者じゃない!」




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