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2.



 それからもライラは、ユーシスの公務の場に積極的にお呼ばれした。


 ユーシスが騎士部隊の訓練に参加する時は、ライラも見学しに行ったり。ユーシスが魔術師隊の研究を見て回るのに、なぜか同行したり。執務室で行われる文官との打ち合わせに、しれっと同席したり。


 おかげでライラは、「ユーシス殿下に寵愛されまくり、あちこち連れ回されまくりな婚約者」として、北の砦ですっかり顔が知れ渡っていた。


 そんな生活がしばらく続いたころ、ライラは私室として与えられた部屋のベッドで、グテンとうつ伏せに倒れていた。


「しんどい……、主に心がつらい……。いたたまれない……」


 時刻は夜。侍女の皆さんにドレスを脱がしてもらい、いまは楽ちんなナイトドレスだ。ケマリ以外には人の目もないため、四肢を投げ出して思う存分嘆きまくる。


 それに反して、ケマリはぼっこりお腹を上にして、ふわふわと呑気に宙に浮かんでいる。


『なにを嘆いてるのさ。捜査は順調、いまやライラが北の砦のどこを歩いてたって、誰も不思議に思わない。自由に動けて万々歳じゃん!』


「それはそうなんだけど! そうなるまでの過程がいたたまれないの!」


 半泣きになって、ライラは抗議する。


 ユーシスとの時間が増えるということは、当然、溺愛演技タイムが増えるということ。しかもいまは「婚約者が愛しすぎるユーシスが、あちこちに婚約者を連れ回している」という設定だ。そういう背景もあり、ユーシスはそれはそれは熱心に、ライラを甘やかして回る。


(ユーシス様ってば、ほんっっっとうに演技派なんだもの)


 甘々すぎる溺愛演技の数々を思い出して、ライラは赤面する。


 ライラさん。そう名前を呼ぶだけなのに、ユーシスの瞳が、声が、なんと温かいことか。契約婚約だとわかっているはずなのに、ふとした瞬間、うっかり勘違いしてしまいそう。それくらい、ユーシスは愛おしげにライラに触れる。


「最近じゃ、侍女の皆さんだけじゃなくて、騎士や魔術師の皆さんにも生暖かい目を向けられるようになったのよ!? ウィルフレドさん以外の幹部は、私とユーシス様を孫を愛でるような目を向けるようになってきたし……」


『ちなみにウィルフレドは?』


「『そんなにその娘がいいんですか!』って発狂してた。かわいそうだった」


『うわあ……』


 ケマリまでもが気の毒そうな顔をする。悲鳴を上げながら走り去っていくウィルフレドの背中は、もはや哀愁すら漂っていた。


 ウィルフレドは大袈裟にしても、ライラとしては、そうやって責められた方がまだマシだった。


 あらあら、まあまあ。そんな心の声が聞こえてきそうな、生暖かい視線。それに日々さらされるライラの身にもなってほしい。本当に溺愛されているならともかく、それが溺愛演技ならなおさらだ。


「ただの契約婚約者なのにごめんなさい……。ていうか、契約婚約だったって明かしたあと、どんな顔して皆さんに会えばいいんだろ」


『そんなの簡単だよ。ほんとにユーシスと結婚しちゃえばいいじゃん』


「バカ言わないで。ユーシス様はイフリートの協力者を見つけるために、溺愛演技を頑張ってるだけなんだし……」


 もごもごと答えながら、ライラは若干悔しくなる。ライラはこんなに翻弄されているのに、ユーシスはあくまで演技をしているだけ。前世ではライラが年上だったのに、すっかり主導権を握られている、気がする。


(前世ではまだちっちゃな子供だったのに。やっぱり、イケメンはポテンシャルが違いますね!)


 一周回って腹が立ってきて、ライラは頬を膨らませる。あれだけ女性の扱いに慣れているのだ。ユーシスとして生まれた今世では、さぞや女性たちにモテにモテまくっているのだろう。


 そんなふうにライラがむくれていたら、ケマリが小首を傾げた。


『ライラの心的ダメージは別にしてさ。結構たくさん、三人の協力者候補と話せたよね。ライラはどのひとがあやしいと思う?』


「そこなのよね」


 むくりとベッドの上に起き上がって、ライラは考え込んだ。


 ケマリの言う通り、この期間、三人の協力者候補とはそこそこ接触することができた。そのかいあって、人物の人となりや周囲の評価などはそこそこ掴めてきた。


 グウェン・デフリート。彼は見た目通り、かなり厳格で、自他共に厳しい人物だ。他の幹部が若い中、唯一初老に差し掛かっている。優れた魔術師かつ、王家の縁戚としても影響力はたっぷりだが、その性格のためか若い魔術師からは敬遠されている。


 ウィルフレド・シュナウザー。彼については、放っておいてもいちいち向こうから絡みに来るので、情報集めが楽だ。新規にわかったことといえば、性格に難ありと思いきや、あれで隊の仲間の面倒見はよく、剣の腕も立つらしい。さすがは第一部隊の隊長といったところか。


 そして――ハンス・クレゲイン。


「……あの人が一番、厄介なのよね」


 ライラが顔を顰めたのも無理はない。


 へらへらと人当たりはいいが、素直でわかりやすいウィルフレドと違って、何を考えているかが読めなく、掴みどころがない。中央からの監査役という立場も合間ってか、特別に親しい間柄の人物もなく、第三者から情報を引き出すこともできない。


 怪しさだけでいったら、ハンスがピカイチだ。だけども、イフリートの協力者かというと、決め手に欠ける。


 それにライラは、前にケマリが言っていたことが気になっていた。


「ケマリ、まだ思い出せない? ウィルフレドさんの魂の匂いが、誰と同じものなのか」


『うーん。ダメかな。僕、こう見えてライラたちよりずーーーっと長生きしてるもの。そもそも僕が覚えてるってだけで、ライラたちとは無関係なひとかもしれないよ』


「そうよねー」


 あっけらかんと答えるケマリに、ライラは嘆息する。


 ウィルフレドが前世の関係者だったのではと、ライラは疑っている。だけど、ケマリがエルザと契約したのとは別の時期に関わりがあった人間という可能性ももちろんある。誰か思い出せなくても、せめていつ、どこで会った人間か思い出してくれれば絞り込みもできようが、それすらできないとなるとお手上げだ。


「大丈夫。ケマリには最初から期待してなかったから」


『あー、ひどい! 僕、これでもすっごい大精霊なのにっ』


「そんなこと言ったって。こっちに来てからケマリ、私の部屋で悠々自適に寝てるだけじゃない」


『むむ、心外! しばらくは部屋に隠れててって言ったのはライラなのに。それに僕は、プリティなボディをじっくり整えつつ、ライラの部屋を守るっていう重要なミッションをこなしているもん』


「それって、私の留守の間、たっぷりお昼寝してるってことでしょ?」


『そうとも言えるし、それだけじゃないとも言えるね』


「なにそれ」


 えっへんと威張るケマリに、ライラは呆れた。


 部屋に戻ると、天蓋付きの大きなベッドのうえで、お腹をみせて寝てるケマリの姿に何度も遭遇している。退屈しているというより、図らずも手に入れたふかふかのベッドを十分堪能し尽くしているに違いない。


(いつまでも手をこまねいていたら、あっという間に一年なんか経っちゃうし……。ケマリにも、イフリートの分身を探す方法を考えてもらおうかな)


 ライラがそんなことを思ったとき、ケマリが鼻をぴくりとやって、窓の方を向いた。


『あれ? こんな時間に、ユーシスがいる』


「え? ユーシス様?」


『窓の外。ほら、外を歩いてるでしょ?』


 言われて窓の外を確かめたら、ケマリの言う通りだった。暗くて若干見えにくいが、背高のユーシスのシルエットがひとりで回廊を歩いている。あの方向は確か、騎士修練場へ向かう道なはずだ。


『こんな夜遅くにどうしたんだろうねー? って、あれ、ライラ?』


「なにかイフリートの手がかりを掴んだのかも。私、様子を見てくる!」


『え!? 僕も行こうか?』


「大丈夫! 何かあったらすぐに呼ぶね!」


 なんだか気になったライラは、そうケマリに言うと、寝巻きのまま皆の寝静まる夜の砦に駆け出した。




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