1.
新連載を始めます。よろしくお願いします!
救国の英雄の未来は安泰だ。
聖女エルザはかつて、そう言われた。
数多の瘴気を祓い、傷ついた人々と土地を癒し、魔王を打ち滅ぼして平和を取り戻した。その英雄的行動は未来永劫語り継がれるべきであり、少なくとも余生において、聖女エルザは何不自由ない安泰の日々が約束されてしかるべきだ。
事実エルザには何不自由ない暮らしが用意された。一生遊んで暮らせるほどの金銀財宝。王城より下げ渡された古城と呼べるほどのお屋敷に、一流の侍女や執事と料理人。国はずれの弱小田舎貴族に過ぎなかった生家には、これまでの三倍ほどの土地が新たに与えられた。
加えて王国は、第一線を退いて田舎に帰るエルザの功績を未来永劫忘れないためとして、彼女が所属した魔術院の正面に聖エルザの像を作った。そうして、国を救った聖女として、子々孫々までその功績を語り継ぐことを約束した。
だからエルザも思った。これで我が家も安泰だ。裏山を耕して芋を育てたり、収穫した芋をふかして「今夜はごちそうだ!」などと喜んだりするのは、自分の代で終わりだろうと。
だけど現実はかくも残酷だ。
「どっこいせーーーー!」
今日も今日とて、青空の下で畑に鍬を振り下ろしながら、ライラは身に染みて理解する。
救国の英雄の子孫だって没落する。
世界を救ってから300年の月日が流れているなら、なおさらだ。
ライラには前世の記憶がある。
エルザ・マイヤー。それがライラの前世だ。
エルザは、ライラが生まれるより300年も前にレミリア王国で活躍した魔術師だ。彼女は、レミリア王国を恐怖のどん底に突き落とした悪魔――人間の男の体を乗っ取り、自らを『魔王』と名乗った悪魔・イフリートを封印したことで、救国の聖女と呼ばれた――。
まあ、今は昔の話だ。
今のライラは、田舎の弱小領主の小娘に逆戻り。何の因果か、前世の記憶を持ったまま同じマイヤー家の長女として生まれはしたが、家はとっくに没落しており、かつての栄華は見る影もない。聖女の末裔とチヤホヤされることなど当然ないし、そもそも社交界なんてものと関われるようなお金もなければドレスもない。
(別に、この方が気楽だからいいんだけどね!)
土から掘り出した大量の芋の山をバックに、ライラはうんと伸びをした。
堅苦しいのは前世から苦手だ。エルザとして生きていた前世も、たまたま魔術の師匠にコネがあったから、高い給金をもらえる働き口として魔術院を紹介してもらっただけ。そうでなければ王都に行く機会などなく、田舎で畑いじりをして無難に生涯を終えたに違いない。
顔についた泥を袖で拭い、革袋に入れてあった冷たい水を飲む。そうやってライラが一息ついたところで、がらがらと荷車を引きながら金髪碧眼の少年が坂道を上ってきた。
「姉さーん! おまたせー!」
「ルイ!」
手を振る美少年に、ライラは笑顔を向けた。ルイはみっつ下の弟だ。だけど顔の造りは「本当におんなじ人間?」と疑いたくなってしまうほど、天使のように整っている。髪色だって高貴な金髪で、瞳も住んだ青空の色。目はくりっと大きくとも、ごく普通の顔に平々凡々な栗色の髪が乗っかったライラとは、まとうオーラがまるで違う。
農作業服といい首に巻いたタオルといい、つくづくせっかくの美少年がもったいない。世が世なら、うんと着飾って社交界に颯爽とデビューし、令嬢たちの視線をかっさらってしまっていたに違いない。
そんなことを考えるライラをよそに、ルイはライラの後ろに積まれた芋の山を見て目を丸くした。
「もうこんなに掘ったの!? 僕が台車を持ってくるまで待っててって言ったのに!」
「これくらい、あっという間に掘れちゃうんだもの。言ったでしょ? 私、芋ほりだけは誰にも負けない自信があるの」
「確かに姉さんは、昔からやたらと芋を見つける天才だけど……。ちょっと手、見せて」
ライラが手を引っ込める間もなく、すばやくルイがライラの両手を掴む。鍬を振り回したせいでところどころ赤くなった土まみれの両手を見ると、ルイは目を吊り上げた。
「ほら! 無理してる!」
「無理なんかしてないわ。少し夢中になりすぎちゃっただけで」
「せっかく綺麗な手をしているのに、怪我をしたらもったいないよ。もっと僕を頼って。姉さん一人が、頑張る必要はないんだよ」
「う……」
澄んだ空色の瞳で見つめられ、ライラは言葉に詰まった。自分よりよほど可愛い顔をした弟にそんなふうに諭されてしまえば、何も反論する気がなくなってしまう。
我慢できなくなって、ライラは弟に抱き着いて頬ずりした。
「今日もルイが可愛い! 天使! 愛してる!」
「ちょっと、姉さん!」
「心配してくれるとこも優しい! 天使! お嫁に出したくなくなっちゃう!」
「男の僕がお嫁に行くっておかしくない? ていうか、姉さんのほうがよっぽど可愛いと思うけど」
「そんなお世辞が言えるとこも可愛い! 愛してる!」
ますます頬ずりするとルイは呆れた顔をした。
確かにライラも悪くない容姿をしている。健康的な生活のおかげか金髪は艶々と波打っているし、目もくりっと大きく、愛嬌がある。一般的に可愛い部類だろう。
だけど前世のエルザは他の追随を許さない美人顔だったし、ライラにはルイのようなキラキラした華やかさはない。綺麗、とか、容姿が優れている、といった表現は、ああいうずば抜けた容姿を持つ者に対して使うべきだ。
(可愛い弟がいて、水も空気も美味しい田舎暮らしも満喫出来て。もう一回マイヤー家に生まれて最高ね!)
じーんと感動するライラだが、ルイはべりっとライラを自分から引き離した。
「僕ももう子供じゃないんだよ? ベタベタくっつくのはやめてって言ってるでしょ」
「いやよ! ルイは私の弟だもの。大きくなったって、可愛いのは変わらないわ」
「だから、可愛いのは姉さんの方で……。ああ、もう。せっかく芋が大量に採れたんだもの。日が暮れる前に家に帰ろう!」
照れたのか頬を赤くして、ぷいとそっぽを向いてルイは言い放った。
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