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夜更けの夢  作者: 理春
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再会


おかしな夢の中に閉じ込められた俺は、現実と完全にリンクしている証拠を探すことにした。

自分が知りえない自分のことを、誰かが知っていればそれはリンクしていると言えるし、過去にあった出来事と相手が同じ記憶を持っていたら、この夢の中はかなりリアリティがあると思う。

人間が睡眠時に見る夢は、記憶の整理のために見ると聞く。

それが故、はちゃめちゃな設定や展開、世界観に振り回される傾向にある。

だが今俺が見ている夢であろう世界は、当時の屋敷内や自室、私物、関わっている人物も現実とそぐわない。

もちろん自分の記憶をベースとしているなら、夢に反映されても当たり前の範疇だが、ここからは自分で夢ではない証拠を見つけられればいい。

それはそれで現実に戻る術まで探すことになるが・・・。

何より目標とすることは、白夜とコンタクトを取り、データの有無を確認すること。

そして可能なのであれば、小百合を死の運命から脱却させる方法を見つけること、だ。

本当にタイムスリップでもしてしまっている状況なら、後者はどんなことが起こるのかまったくわからないし、かなりハイリスクな行為だ。

それにこの状況に時間制限があるものなら、はっきり言って不可能・・・。

だが前者だけでも達成出来れば、それは小百合が殺害された動機に関与しているのではないか、と考えていた。

34歳の自分では、今更蒸し返して調べても何も確証は得られない。

だが事件が起こる前なら、動機はつかめるかもしれない。

そのために、今の状況は俺の脳内の出来事ではないと証明したいところだ。


「つってもな~~・・・。」


白衣に着替えて廊下を歩き始めたはいいが、問題点も不明点も多すぎてうまくやれる自信はなかった。

とりあえずは昔の小百合に会って、現実と結びついている証拠が出ればいいが・・・。

あれこれ尋ねるなら、俺の状況を理解してもらう必要もあるかもしれない。


「俺は未来から来たんだ!とか・・・受け入れられたとしたら、もう途端に夢な気がしてくるわなぁ。」


それに10代の頃の記憶自体曖昧で、どういう質問が適切かもわからない。


「何か・・・物的証拠でもあれば・・・。」


そうこう思案を巡らせていると、小百合の部屋の前まで来ていた。

いつもの侍女たちが俺に気付くと、部屋に出入りし確認を済ませ、入室を促した。

さほど広大ではない島咲家の廊下でいい案が浮かぶわけもなく、ノープランの状態で10数年ぶりに妻と再会することになった。


静かに襖を開けると、懐かしい部屋の中、懐かしい匂いと彼女はそこにいた。

起こりうる全ては、夢の中。だがまるでそれを感じさせないのは、晴れた陽気が縁側から入ってきているからだろうか。

そこから風を運ぶ緑と日光は、部屋の中を暗く感じさせる程だ。

だがそれでも、笑顔で迎える小百合に勝る明るさではなかった。


「更夜、お疲れ様。」


小百合は着物の衽を少し持ち上げて駆け寄った。その嬉しそうな声を聴いて、自分がどれほど、彼女の声を忘れていたのかが知れた。

何とも言えない、苦い痛みを感じながら、顔が引きつらないように必死に平静を装った。


「ああ・・・。今日は顔色がいいな。」


そう言って、頬に触れそうになった手を慌てて引っ込める。

小百合は少し真顔になったが、すぐに庭を指さしてこう言った。


「見て、この間話していた花の種がね、やっと芽を出したの。」


花・・・。

その時昔の記憶がわずかに蘇りそうになった。

確かに小百合は、自分の小さな庭で植木鉢に何かを植えていた時期があったような気がする。

彼女は俺の手を縁側まで引っ張っていった。

縁側に二人でしゃがみ、のぞき込む。

ああ、そうだ。確かにこんな植木鉢だった。

でもなんだ・・・何か違和感もある。


小百合が花の話をしているが、あまり耳には入ってこなかった。

同じ光景を思い出そうとすればするほど、今目の前に広がる情報以上が出てこない。


「更夜?どうしたの?」


正直もうまどろっこしいとさえ感じた。


「・・・小百合、今ここが俺の夢の中だと言ったらどう思う?」


小百合はぽかんと口を開けて、目を白黒させた。


「更夜・・・今日は疲れてるの?」


「違う、さっき寝て起きたばかりだ。疲れているわけないだろう。混乱はしてるが・・・。」


そう言葉を返す俺に、小百合は困った様子でおろおろとした。

俺が構わず滅茶苦茶なことを言い出せば、夢の世界はさっきみたいに突然終わりを迎えるかもしれない。

もしくは何か刃物などあれば、自分を刺してしまうなどして、痛みで目が覚めるかもしれない。

そうだ、やれることは色々あるだろう。

目の前に広がるもう現実では起こりえない幸せな光景を、見続けることは俺に出来そうになかった。

精神的ダメージを食らい続ける。まるで毒のように・・・。


「夢かは・・・わからないけど・・・。」


小百合はそう言って、ゆっくりと俺の頬に両手を添えた。


「夢の中なんだ、って更夜が言うなら、私は今貴方に何してもいいのかなぁ、ってちょっと思っちゃった。」


「・・・?どういうことだ?」


俺が眉を寄せると、小百合はぱっと手を離した。


「ううん、何でもない。」


訳が分からず今度は俺がぽかんと見つめ返した。


「更夜が夢だ、っていうなら・・・私の夢を見てくれてるの、なんか嬉しいなぁ。」


小百合はそう呟きながら、縁側に腰かけた。

小さくそこに座る妻は、ニコリと俺に笑顔を向けてから少し恥ずかしそうに視線を逸らした。

小百合が亡くなってから歳月が経っているからか、俺が彼女らしい行動を忘れているからなのか

言動が少しよそよそしく感じた。

正直なところ・・・よく耳にする「夢の中でもいいから会いたい」などと、俺は思ったことはなかった。

俺はただ、ずっと、どうして小百合が死ななければならなかったのかわからなかったし、納得出来たことは一度もなかった。

そして同時に、それを深く知るのが怖かった。

けれども、夢の中で何となく手掛かりを掴みそうになっている今、本当の意味で妻の死に向き合わなければいけないのかもしれない。

夢の中で俺に笑顔を向ける小百合が、その覚悟を持てと言っているような気がした。


白夜に会いに行かなければ・・・。


ここが夢の中でないなら、あいつはある程度の真実はわかっているはず。

夢の中ならば、心の底では感づいていた事実が、はっきりと俺に向き合えと示してくるかもしれない。

いずれにしても、カギを握っているのは白夜だと何となく思った。


「更夜、診察しないの?」


そう言って小百合は立ち上がり部屋へと入った。

その時おかしなことに気が付いた。

日がもう傾きかけていて、先ほどまでの朝日は夕日に変わろうとしている。

行かなければ・・・


「小百合・・・。」


俺は庭に降りて、背を向けたまま声をかけた。


「確かめなければいけないことがあるんだ。もう行かなきゃならない・・・。」


「・・・そう。」


このまま庭から近道するべく踏み出そうとしたとき、か細い声が投げかけてきた。


「小夜香は・・・元気?」


その時まで現実感があった空間が、急に時間が止まったかのように静かになった。

その声は、さっきまでの無邪気な少女ではなく、母である彼女の声だった。

俺は途端に溢れそうになってくる涙をこらえて、振り返った

妻はまた静かに歩み寄って、さっきの屈託ない笑顔ではなく、柔らかく微笑んで見せた。


「・・・・ああ、元気だ・・・。大丈夫・・・。」


声を震わせながらそう答えると、小百合は俺の手を両手で優しく包んだ。

温かいその手が、夢の中だというのに、確かに妻を感じさせてくれた。


「小百合・・・」


柔らかな手に涙をパタパタと落としても、小百合は握り返すだけで何も言わなかった。

抱きしめてしまいたかった。だけど、そうしてしまえば目が覚めてしまう気がした。

泣き崩れて動けなくなるような気さえした。


するとそのまま辺りが暗くなっていき、音も光もなく妻の姿は消えていった。

残されたのは、元通りになった草木から聞こえる虫の声。

植木鉢から覗く小さな芽。

小百合が座っていたはずの縁側と、その先には、もう布団も何もかも置かれていない和室だった。

混乱していた俺に、あっさりと夢の中である現象が起きて、むしろ頭がすっきりしていた。

感傷に浸る間もなく、俺は庭から玄関に戻り、無駄に重い本家の扉を開けた。


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