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こじらせクールな水見さんとの日々は静かで甘い  作者: たれねこ
水見さんはご飯に誘いたい
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水見さんはご飯に誘いたい ③

 初めて水見さんの手料理を食べた日、水見さんといくつかのルールを取り決めた。と言っても、主にこちらから提案し、水見さんが受け入れるという形だった。

 それはお互いに気を遣わないためのもので、例えば、水見さんの料理の材料費やかかった手間などに対する代価を払わない代わりに、こちらは飲み物やちょっとしたお菓子など水見さんと楽しむために買ったものの代金は請求しない。他にも、今後もし一緒に外食をすることがあったら基本的にこちらが多く払うなどだ。

 水見さんからの要望は一つで、


「私からは小寺くんと一緒にご飯を食べる機会を増やしたい」


 というもので、一瞬耳を疑ったがが目の前の水見さんは冗談でも美人局つつもたせでもなく本心からの言葉だという。


「それで水見さんはどれくらいの頻度で一緒にご飯を食べたいわけ? 多くて週一回くらい?」


 水見さんに尋ねてみると、小さく首を横に振った後、「できるだけ多くがいい」と真顔で返されたので、どうリアクションしていいか分からず、首の後ろをさすりながら予想外のわがままに困ってしまう。


「水見さん的にはどれくらいがいいの? 週何回ぐらい?」

「七回」

「それって毎日じゃん!」


 驚きのあまりつい声が大きくなってしまう。しかし、水見さんはそのことに気を留めている様子もなく、


「小寺くんは嫌?」


 と、首を傾げながら尋ねてくる。水見さんはずるい。そんな風に聞かれたら、嫌だときっぱり拒否できる男はきっといないだろう。悩む必要もなくお願いしたっていいはずだ。なんたって、これは水見さんの側からの提案なのだから。


「やっぱり嫌……だよね」

「そうじゃない。嫌なわけないじゃん。でも、仮にそれで俺がオーケー出したら水見さんの負担すごいことにならない?」

「大丈夫。私、料理得意だから」

「そうじゃなくってさ……」

「でも、これは私がしたいことだから」


 そう言われては返す言葉もない。


「わ、わかったよ。でも、毎日は無理だ」

「どうして?」

「バイトで帰りが夜遅くなること多いし、友達とご飯を食べに行くことも多いからね」

「そっか……」


 水見さんは視線と肩を落とす。その姿を見て、胸が締め付けられる。水見さんのいつもの分かりずらい表情でもがっかりしているのは分かる。表情の変化は些細なものだが、きっと曇っているのだろう。だから、そのまま放っておくこともできないし、また水見さんの笑顔を見たくて、


「だからさ――それ以外の日でよかったら、一緒にご飯を食べよう?」


 と、口にする。きっとこれは水見さんとの契約だ。水見さんは顔を上げ、珍しく視線を合わせてくる。


「本当に……いいの?」


 そうぽつりとこぼす。水見さんの瞳はこちらを捉えて離さない。だから、真っ直ぐに見つめ返しながら、「いいよ」と答えた。


「私、本当に言われれば毎日でも作ってあげるよ?」

「もしそうなったら毎日、おいしい水見さんの料理が食べられるんだから嬉しい限りだよ」

「本当に? 迷惑じゃない?」

「迷惑じゃないよ」

「たまにはお昼も一緒に食べたいって言ったら?」

「試験終われば夏休みだし、そういう機会も増えるかもね」

「夏休み終わっても言うかもよ?」

「それはそれでいいんじゃないかな?」

「でも、私といるところ誰かに見られたら、小寺くんに迷惑かけるかもしれないよ?」

「ははは。それは言いすぎじゃない? どんな迷惑かかるって言うんだよ」

「変に注目されるとか、陰口言われるとか」

「ないない。あっても気にしないし、そういうことで直接文句言ってきて、噛み付いてくるような奴は市成と川村くらいだろうし、問題ないさ」


 水見さんからの怒涛の質問攻めに、不思議と戸惑うことなく本心で返していく。ただ水見さんがこんなにも前のめりで喋る姿には少し驚いた。

 そして、少しの沈黙の後、水見さんがゆっくりと口を開く。


「本当に小寺くんは小寺くんだね」


 水見さんは目尻まで緩ませた最高の笑顔を向けてくる。この笑顔のためなら何でもできるような気さえしてくる。そして、今この笑顔は誰でもない自分にだけ向けられたもので、それだけのことで嬉しさがこみ上げてくる。

 だから、自然につられてこちらも口角が上がり笑ってしまう。


「それって、褒めてないよね?」


 そう言って笑うと、水見さんも肩を小さく揺らしながら、


「そんなことないよ。私は小寺くんに感謝しているんだ。ありがとう」


 と、瞳を僅かに震わせながら口にする。何に対しての感謝か分からないがその言葉をそっと受け取り、こちらも感謝の言葉を返した。

 水見さんとの間にまた一つルールができた。

 それは、毎日ご飯を一緒に食べられるかを連絡することで、それではまるで一緒に暮らす恋人や夫婦みたいに思えた。

 そして、水見さんとの時間を作りたいがために外食の回数を減らそうか考えてしまっている自分は、浮かれている勘違い野郎か虫のいい人間なのだろう。

 だけど、目の前で嬉しそうに笑顔を浮かべる『氷の女王』の異名の欠片もない水見さんの姿に、どちらでもいいやと思ってしまう。

 そして、ふと疑問に思った。

 本当の水見秋穂という女性はどのような人なのだろうかと。

 きっと目の前の水見さんの姿を誰かに話しても信じてはもらえないだろう。信じてもらえないなら、それはそれでこの水見さんを独占できているということで、秘密の共有をしているみたいでドキドキしてしまいそうだ。


 そんな水見さんとの秘密の関係はまだ始まったばかりだ――。

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