水見さんと友人たちとのそれから ②
飲み会の当日。昼過ぎに水見さんをバイト先に迎えに行き、そのままスーパーに寄って、買い物を一緒にして帰った。
集合時間は夕方ごろというアバウトさで、水見さんは二人が揃うまで一旦自分の部屋に隠れてもらい、飲み始める前に紹介しようと思っていた。あの二人にとっては、異性と話すということ自体ハードルが高いのに、さらに相手が水見さんともなると難易度は跳ね上がる。最近、水見さんの表情などが柔らかくなったと感じるが、それが自分や千冬さんたちのような見知った人以外の前だとまだ少し不安が残る。以前のような『氷の女王』の片鱗を見せるようなことになれば、市成と川村は異性に対して恐怖心を抱くことになりかねない。
しかし、上手くいけば水見さんに同年代の理解ある友人ができるかもしれない。
まあ、正直なところ水見さんと恋人になったということは、市成と川村に隠すのが面倒でそれ以前に隠す気もなかったので、さっさと公認の仲にしておきたかった。
部屋に戻るとキッチンで並んで料理を用意した。俺は邪魔にならないように洗い物や皿を出すことくらいしかできないが、相変わらず水見さんの手際の良さは見ていて気持ちのいいものだった。
しばらくすると、部屋にインターホンの音が響いた。音の違いから、部屋の前からじゃなくアパートの玄関口から鳴らされていることが分かるので、部屋に備え付けられているモニターから応答した。
「はい」
「よっす、小寺」
カメラには市成が映っている。
「市成だけか?」
「いや、川村もいる」
川村が市成の横から、「おっす」と顔を見せる。二人の顔を確認して、
「とりあえず、あがれよ」
と、言いながらオートロックを解除する。二人一緒に来るのは都合がよかった。
「二人とも一緒に来たみたい」
俺の言葉に緊張してきたのか、水見さんは顔を強張らせる。
「どうする? 急いで部屋に戻った方がいいのかな?」
「二人一緒だし、こっちにいなよ。そうだな、バスルームに隠れたら?」
「わかった」
水見さんにバスルームに入ってもらい、扉を閉める前に、
「そんなに緊張しなくていいよ。いつも通りでいいんだ」
と、笑いかける。水見さんは表情硬く「うん」と頷くのみで、大丈夫かなと少し心配になる。
それからすぐに市成と川村は部屋にやって来た。部屋のインターホンは鳴らさず、玄関の扉を開ける。
「よっす、小寺。つまみ買ってきたぞ」
「サンキュー。で、川村と一緒に来たの?」
「いや、そこのコンビニでばったり。なあ、川村」
「そうそう。今日は酒は買わなくていいって話だったけど、とりあえず一本」
市成は適当にジャーキーなど数種類買ってきていた。川村はなぜか日本酒を持っていた。
「なんで酒買ってくんだよ。今日はこっちで用意するって言ったろ?」
「そうだけど、まあいいじゃん。どうせ途中に買い出し行くんだろうし」
部屋に入ると、開口一番で市成が「お前の部屋こんなに綺麗だったっけ?」と口にし、川村は「料理まで用意してるとか、気が利いてるじゃん」とテーブルに並ぶ水見さんの料理に目を輝かせる。
そして、二人そろって、「で、酒は?」と尋ねてくる。
そんな二人にキッチンの冷蔵庫を開けて見せる。中にはチューハイを中心にビールも入るだけぎっちりと入れている。そして、無言で冷凍庫も開ける。そこにもビールが入っている。
「はあ? 何これ。どうしたんだよ」
市成が驚きの声をあげ、川村は「よく見ると箱にまだ残ってんじゃん」と目ざとく箱を見つけ中を覗き込んでいた。
「この前、海に行って、その時に余った酒を貰ったんだよ」
「いつ行ったんだよ? てか、誘えよ」
川村は不機嫌そうな声で言う。
「お盆の終わり。まあ、けっこう急だったし、俺も誘われた身だったんだよ。悪いな」
「そういうことなら、まあ、しゃーないか」
川村は文句を言いつつも、冷えたチューハイを取り出し、市成にもビールを渡す。俺には渡してくれなかったので、自分でビールを冷蔵庫から取り出した。先に座っていた市成がビールの缶のタブを開けながら、
「とりあえず、乾杯しようか?」
と、提案してくる。川村も「そうだな」と一気に飲むモードに突入する。
「その前にちょっといいか?」
場の空気を乱すと分かりつつ、乾杯を止める。市成と川村の注意がこっちに向く。
「なんだよ、小寺?」
「もう一人、呼んでるんだ」
「誰? 先に始めてたらダメなのか?」
「シラフのときにちゃんとお前らに紹介したいんだよ」
それを聞いて、二人はしぶしぶといった風に酒をテーブルに置いた。
「で、もう一人はいつ来るんだ?」
「実はもう来てるんだ」
二人はその言葉に反応して、ばっと部屋の中を見回し、川村はベランダにまで視線をやる。それを見つつ、ゆっくりと後ずさりする。バスルームの扉を開けながら、「出てきて」と水見さんを呼び込む。
水見さんは硬い表情をしているが二人から見れば、いつも遠目に見る『氷の女王』が目の前に現れたに過ぎない。そして、二人は口と目を大きく開けてぽかんとしている。それもそうだ。逆の立場なら俺も同じリアクションを取っている。
それから、先に正気に戻った市成が、
「どうして、水見さんが……ここに?」
と、尋ねてくる。川村も無言で何度も頷いて、市成の質問に自分の疑問を重ねているようだった。水見さんはというと俺の後ろに隠れるように立ち、シャツの裾ををつまんで黙り込んでいる。最近の水見さんに見慣れてきていたので、今の水見さんは久しぶりに見る気がする。
「こちら、恋人の水見秋穂さん」
市成と川村は一瞬動きを止め、次の瞬間、「はあああああああ!!!!!?」と驚きの声をあげる。
「いやいや、冗談だろ?」
「まじで」
「いつから?」
「付き合いだしたのはお盆の終わりくらいから」
「じゃあ、さっき海に行った相手って言うのは?」
「うん。水見さんと、水見さんのお姉さんとその彼氏さん」
再度二人はフリーズする。理解が追い付いていないのが見て取れた。
「それでなんでこのタイミングで?」
「お前らに最初に紹介したかったんだよ。友達として」
「それで?」
「それだけ」
「自慢か?」
「自慢したら悪いか? すっげえ美人だろ?」
「それはそうだけど」
矢継ぎ早の川村の質問に答え切る。
「それで大学とかで俺らと一緒に水見さんも加わるかもってこと?」
「そうなれば俺はいいなと思ってるけど」
市成は観念したように息を吐いた。
「わかったよ。とりあえずはおめでとう。水見さんの前で悪いけど、俺はてっきり、彼女って紹介されるなら、試験後の居酒屋で飲んでるときに見せたお前と歩いてた写真の人だと思ってた」
「いや、その人だけど?」
「あれ? お隣さんだって言ってなかったか?」
「だから、そのお隣さんが水見さん」
「まじで? 水見さん、ここの隣に住んでるの?」
市成は俺の後ろの水見さんに視線を向ける。同じように体を捻って水見さんを見ると、水見さんは俺の顔をチラリと見た後、市成に向けて静かに頷いて見せた。それを見て市成が「まじかよ」と驚きを隠すことなく笑いだした。
川村はまだ表情を強張らせていて、
「まあ、小寺と水見さんが付き合いだしたのは分かった。それでそろそろお前らも座ったら? いつまでも立ってられたら、なんか落ち着かないって」
と、口にするので、俺と水見さんは並ぶように座る。それを確認して、川村が、
「それで水見さん。ちょっと聞きたいことが」
と、真面目な声で尋ね、水見さんは「なに?」と抑揚のない声で尋ね返す。
「小寺なんかのどこに惚れたの?」
川村はいつになくシリアスに尋ねる。「ちょっ、お前!」と間に入ろうとするも、市成に後ろから羽交い絞めにされる。市成も「俺も聞きたい。よかったら教えてよ」と、暴れる俺を押さえながら催促する。
水見さんはその一連のやり取りを見て、目を何度かぱちくりとさせ、口の端を薄っすら上げる。
「一番は優しいところかな。小寺くんはありのままの私を受け入れてくれて、ずっと隣を一緒に歩いていきたいって思えるそんな人だったから――」
水見さんは静かにはっきりと口にする。言い終えるころには、自然と笑顔になっていて、そこにいる誰もが見とれ、言葉を奪われる。その中で水見さんは楽しそうな目で俺の目を見つめてくるので、もう大丈夫だなと確信が持てた。
「お前、どんだけ愛されてるんだよ? ふざけんなよ」
市成は羽交い絞めからスリーパーに移行し、首を腕で軽く締めてくる。川村も「そうだそうだ。市成、そのままもっとやっちゃえよ」と止めずに笑う。水見さんまでも肩を揺らしながら笑いだす。
それから、改めて飲み会を開始する。水見さんの料理に舌鼓を打ちながら、次から次へと空き缶の山を作る。
市成と川村にとって今日の酒の一番の肴は俺と水見さんの話のようで、根掘り葉掘り詮索され、酒が入り、口が軽くなった水見さんが答えれる範囲で全て答えていた。そして、水見さんと話すことに慣れた二人も俺の絡むおもしろエピソードで対抗しだし、俺だけが何を言われるのかとドギマギして、どんなに飲んでも酔えなかった。
途中、精神的に持たないと感じて、こっそりベランダに避難した。市成と川村は相当酔いが回っていたので、きっとすぐには気付かない。しかし、水見さんだけはすぐに気付いて追いかけてきた。
「小寺くん」
「どうかした?」
「今日はありがとう。二人ともいい人だね」
「そうだね、本当にいいやつらだと思うよ」
「小寺くんと会って、付き合ってなかったら、こうやって同級生と集まって騒ぐっていうのも経験できなかったかも」
「そう? でも、川村は浪人してるから年齢は一つ上なんだけどな」
「そうなの?」
水見さんは驚いた表情を浮かべ、すぐに頬を緩め楽しそうに笑う。その笑顔を見るだけで嬉しくなり、一緒になって笑う。水見さんはそのまま俺の顔を見つめながら、
「小寺くん、本当にありがとう」
と、今日一番の笑顔を向けてくる。その笑顔を見つめながら照れてしまい、首の後ろをさすってしまう。
「私は小寺くんの恋人になれてよかった。こんなにも幸せで、楽しくて――」
水見さんは俺の手を取り、胸のあたりでぎゅっと両手で包み込む。
「私は小寺くんが大好きだよ」
水見さんの気持ちを真っ直ぐに受け止め、「俺もだよ」と返し、見つめ合いながら笑みをこぼした。
ふいに視界の端に映る酔っ払いの野次馬に、戻ってからどう反撃しようかと考える。だけど、今回は水見さんの笑顔に免じて、見逃そうと決める。
まだ冷蔵庫にはたくさん酒が残っている。二人には今日のお礼に好きなだけ飲んでもらおうと決めた。決して在庫処分などではなく、お礼として。
そして、記憶がなくなるほど飲んでもらい、起きた時に二日酔いの中でいいことが起こりますようにと、少しの嫌がらせを込めて、ベランダから見上げた夜空に祈ることにした――。