表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

水見さんは海に誘いたい ⑥

 お昼のバーべーキューは半ば戦場――というより、野戦病院と化していた。

 焼けたものから焦がさないようにと皿に取り分けてくれたのは嬉しいが、野菜は切り方のせいもあるが、火力の調節を失敗しているのか、表面だけでが焦げてほとんどが生焼け、なんとか普通に食べられそうなのが肉くらいのもので、あとは酒で胃をふくらませるしかなかった。

 結局見かねた水見さんが手を出すことにし、ヨシさんに借りてきたコンロで肉だけを焼くように指示を出し、生焼け野菜やまだ焼く前の野菜を水見さんがロッジ内のキッチンで野菜炒めやサラダにしてテラスのテーブルに並べた。


「ありがとう、アキちゃん。助かったよ」


 千冬さんが水見さんを抱きしめながら感謝の言葉を告げる。水見さんは表情を崩さず、呆れているのかすらも読み取れない。


「それでお姉ちゃん。ご飯とかは用意してないの?」

「ご飯? 今、目の前にあるじゃない」


 水見さんがため息をつく。そんなあからさまに呆れたとばかりにため息をつく水見さんは初めて見た気がした。


「千冬さん。米とか主食はないのかってことですよ」

「えっ? いる? バーベキューって、肉とか野菜があればいいじゃない。あとは魚介類」

「いやいやいや、こういうときはご飯とか欲しくなるでしょう? 焼肉とかと同じですよ」

「私、焼き肉食べに行っても、米類は食べないから」

「そういえば、お姉ちゃんはそういう人だった」


 水見さんの目から光と温度が失われていく気がした。ヨシさんは「何か足りない気がしたけど、それか」と、肉を焼きながら一人納得しているようだった。


「えっと、俺が言うのもあれですけど、お二人は普段料理とかしないんですか?」


 俺のその問いに、千冬さんは「アキちゃんまかせだからね」と悪びれる様子もなく、ヨシさんは「作る暇ないからなあ」と遠い目をする。

 水見さんは聞かなかったことにして、無表情、無反応でチューハイをぐいっとけっこうな量を流し込んでいる。

 そんな何とも言えない残念な昼食を終え、洗い物をする水見さんを手伝いながら、声を掛ける。


「ねえ、水見さん。今日の夕食や明日の朝食分の食材とか大丈夫? 用意したのあの二人でしょ?」

「それは聞かないで」

「もしかして、ちょっとやばい?」

「うん。たぶん昼のことしか考えてなくて、肉と野菜と最低限の調味料しか持ってきてなかったみたい」

「まじで?」

「うん。さすがに使い切ってないからある程度は誤魔化せるけど、それだとちょっと物足りないし、寂しいよね」

「そっか」


 水見さんは疲れ切った表情をしている。その横顔を見ながら、何かできないことはないかと考え、一番単純な結論にたどり着く。


「買い出し、行くしかないか……」

「そうだね。昼から私ひとりで行ってくるよ」

「俺が行くから、水見さんはゆっくりしてなよ」

「ねえ、小寺くん。小寺くんが一人で買い出しに行って、必要なものを適量買ってこられる?」

「それは……自信ないかも」

「私が行くのがいいんだよ」


 水見さんは一度頷いたあと黙り込む。きっと何を買おうかとか、これが買えればというものを脳内でリストアップしているのかもしれない。


「だったらさ、水見さん。荷物持ちとして一緒に行くよ」

「いいの?」


 水見さんは顔をこちらに向け、驚いたような表情を浮かべる。


「いいに決まってるじゃん。というか、一人で行かせると思った?」

「うん」

「ひどいなあ。そこまで軽薄でも人使い荒い人間じゃないよ、俺。それに何かあると困るからね」

「何かって?」

「水見さん綺麗だから、変な人に声掛けられたり、絡まれたりしたら大変じゃん?」

「そう?」


 水見さんはそっけない返事をする。そして、「ありがとう」と頬を緩ませながら口にする。

 片付け終えると、水見さんは買い出しに行くために着替えると言って、バスルームに向かった。それを横目にテラスから外に出て、砂浜のパラソルの下で酒を飲みながら横になっている千冬さんと、その隣で座って海を眺めているヨシさんのところに行き、事情を説明し、買い出しに行くことを伝えた。


「それなら、俺が車で――」


 ヨシさんがそう口にしかけて、「ああ、酒飲んでるからダメじゃん」と自分にツッコミを入れる。


「いいですよ。せっかくなんで二人はのんびりしててください」

「ねえ、ハルくん」


 千冬さんが体を起こし、顔をこちらに向ける。そして、近づいて来いと手招きをするので、千冬さんの前で膝をついて視線の高さを合わせる。


「なんですか? 千冬さん」

「こっちから誘っておいて、なんかごめんなさいね」

「いいですよ。俺は誘われた身なんですから」

「うん。アキちゃんのこと、よろしくね」

「分かってますって」

「キスくらいまでならしてもいいから」


 千冬さんはヨシさんには聞こえない音量でぼそりという。一瞬ドキリというかぎくりとするが、あまりリアクションをすると千冬さんを喜ばせるばかりなので、平静を装いつつ言葉を返す。


「千冬さん、酔ってます?」

「まだ酔ってはないわよ。そんなことより姉公認よ? 何かこう思うところあるでしょ?」


 確かに思うところはあった。関係を進展させたいとここで言えば、千冬さんは全力でバックアップしてくれるかもしれない。そもそも今晩、同室が決まってるので事前にサポートはされている。

 だけど、ここでうかつに借りを作り、さらにもし水見さんとうまくいった場合、ネチネチと千冬さんにいじられる未来までありありと想像できてしまう。

 はあ、と大きなため息を吐いて、


「千冬さんのきっと妹思いから来ているであろう善意には感謝しますが、後が怖いのでノーコメントにさせてもらいます」


 と、半ば棒読みで平坦な声音で返す。


「かわいくない」


 千冬さんは伏し目がちに頬を膨らませ、ビールに手を伸ばす。ヨシさんは聞き耳を立てていたようでお腹を押さえながら笑いをこらえているようだった。千冬さんは無言でヨシさんの横っ腹をつねり、ヨシさんは苦悶の表情を浮かべる。

 ロッジに戻ってくると水見さんは着替え終わっていて、シャワーを浴びたのか丁寧に髪をタオルでいていた。こちらに気付くと、


「バスルームのお姉ちゃんの荷物も片付けたから、使っても大丈夫だよ」


 と、声を掛けてくる。部屋に着替えを取りに行き、バスルームに入る。まだバスルームには湿気が残っていて、それがとても生々しく、なまじ下着姿を見たことがあり、さっきまでの水着姿が脳裏に残っているせいか、つい水見さんの肢体したいを想像してしまう。

 しかし、今はそんなことを考えないように集中して、さっとシャワーで全身を洗い、最後に火照ほてる顔と煩悩に支配されかけた頭を冷やすために冷たい水で顔を洗った。

 着替えてバスルームを出るとソファーの近くのテーブルの上にはドライヤーや鏡などが置かれていて、水見さんはいつものクールで隙の無い姿になっていた。

 それをちらりと見て、部屋に戻り先に水着などの使ったものを片付け、財布とスマホを手に戻ってくる。

 それと入れ違いに水見さんが荷物を手に部屋に行き、手持ちのバッグを肩からげ、戻ってきた。


「じゃあ、行こうか」


 そう声を掛けると、水見さんは小さく頷いて見せる。ロッジのテラスから顔を出し、千冬さんたちに、


「それじゃあ、行ってきますね」


 と、声を掛けると、ヨシさんは「気を付けてなあ!」と手を振ってくれた。千冬さんは「アキちゃんのことよろしくね」と笑顔で親指を立てる。先ほどの千冬さんとの会話を思い出し、引きつった笑いを返してしまう。

 水見さんは千冬さんの言葉の真意を知らないのでいつものようにすました顔で太陽の眩しさに目を細めるばかりだった。


 そして、水見さんと二人きりで歩くのはいつぶりだろうかと思い返しながら、並んで歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ