第6話 ロマンスは突然に!?初めての出会い
ロルフが家に帰ると、リリアが号泣していた。部屋に入ってきたロルフにも気付かないほど泣きじゃくっており、涙で顔はグチャグチャ。なんなら鼻水も垂れている。
男達に追い回されたのがよほど怖かったのだろうと、いつにない様子のリリアにロルフは胸を痛めた。なるべく怖がらせないように優しく声をかける。
「リリア?」
次の瞬間リリアに凄い勢いで押し倒された。
突然馬乗りになられてロルフは呆然とする。
「えっと?」
自分と同じシャンプーの香り、濡れた髪、素肌にバスローブ……理性が吹っ飛びそうな状況にクラクラしながら、ロルフは耐えた。もう何度目か分からないが、取りあえず、耐えた。
「ロルフ……これ……」
泣きながらリリアが差し出してきたのは、水色のリボンで。
ロルフはようやく覚悟を決めた。
「黙ってて、ゴメン」
―――3年前、まだロルフが駆け出しの冒険者だったころ。
当時のロルフは、すでに期待の新人として数多くの依頼をこなし、メキメキと頭角を現していた。ソロながらも依頼達成率は100%を誇っており、冒険者としてそれなりに自信を持ち始めていたのだ。
あるとき、王都から程近いある田舎町で、村に出るゴブリンの討伐依頼を受けた。その数30匹程度。数が多くてもしょせんゴブリン。単独での駆除も可能だとタカを括ったのが間違いだった。
ゴブリンを難なく討伐していったロルフは村近くの森でゴブリンの巣穴を発見し、ひとり乗り込んでしまう。しかし、そこで待っていたのはAランクの魔物、ゴブリンキングだった。当時ロルフは弱冠14歳のCランク冒険者。なんとか討伐には成功したものの、瀕死の重傷を追ってしまう。
さらに悪いことに、両脚を折られたせいで満足に動くこともできない。日が落ちると恐ろしい勢いで体温と体力が奪われていった。
そこでロルフは、体温と体力を温存するために、なるべく小さく獣化し、じっと身を潜めて夜が明けるのを待った。朝方、怪我による痛みと疲れからウトウトと微睡んでしまったとき、ロルフを拾ったのがリリアだった。
目を開けると、そこは見たことのない民家で。焦げ茶色の丸くて大きな瞳が心配そうに見つめていた。
ロルフが目を覚ましたのを見て、リリアは泣きながら顔に頬をすり寄せてきた。
「良かった!猫ちゃん!良かった!目を覚ましたんだね!心配したよ。魔物にやられちゃったの?酷いケガだったんだよ。もう大丈夫。ここは、安全だよ。私が守ってあげるからね。」
(助かった……)
ほっとしたと同時にまた意識を失った。
リリアはロルフをみつけてすぐに教会に駆け込み、小遣いをはたいてロルフに回復魔法をかけてくれたらしい。あのままだったら、ロルフは命を落としていたかもしれない。脚が両方無事に動くのを確かめ、ロルフは心からリリアに感謝した。
リリアはその後も、毎日ロルフの脚に手を当てては、
「痛いの痛いのとんでいけー!」
とおまじないをかけてくれる。傷はすっかり癒えていたのだけど、リリアはロルフを片時も離さず、介抱してくれた。嘘みたいな穏やかな毎日が、瞬く間に過ぎていった。
心が暖かかった。癒された。すっかり、惚れ込んでしまった。半年間もたつと、このまま一緒に暮らすのも悪くないなと思うほど、リリアの側から離れがたくなっていた。その頃ロルフは、通い猫のような生活を楽しんでいた。普段は冒険者として働き、暇さえあればリリアの家を訪れた。
その間ずっと、ロルフは小さな獣の姿でいたのだけど。
リリアはロルフの首に水色のリボンを巻き、また怪我をしても誰かが連れてきてくれるようにと、リリアの家の住所と名前を書いたプレートを付けてくれた。自分のものだと言われてるようで嬉しかった。
あるとき、ギルドからの特別依頼で、遠征の魔物討伐の仕事が入った。断るに断れず、リリアの家に帰れない日が続いた。気持ちは逸るが討伐は思うように進まず、依頼を果たすのに結局1ヶ月以上掛かってしまった。
ようやくリリアの待つ家に帰ったとき、そこはもぬけの殻だった。ロルフが依頼を受けている間に家族全員で引っ越してしまったらしい。
ロルフに残されたものは、何もなかった。ただ、リリアがくれたリボンだけが、二人の間をつなぐ特別なもののように思えた。
そして、三年たったあの日、ロルフはリリアに再会した。冒険者ギルドで心細そうにキョロキョロしている女の子。焦げ茶色の、丸い大きな目をしたあの子。一目でリリアだと分かった。
ロルフは嬉しくて、思わず声をかけた。
「リリア!」
しかし、リリアから帰ってきたのはビックリするぐらい冷たい反応で。
「え、誰ですか?どこかであったことありました?」
獣化した姿しか知らないから、分からないのは当たり前なのに、すっかり心が折れてしまった。リリアは猫だと勘違いしていたが、あのときの猫だよ、といってドン引きされてしまうのも怖かった。
こうして、リリアに惚れつつ、リリアに素直になれずにちょっかいをかけてしまうロルフが誕生したのだった。
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