第4話 人生初のモテ期到来?
◇◇◇
触手を出すリスの魔物に襲われた翌日、リリアは鏡の前で目を輝かせていた。
「ちょ、まっ、これっ!凄い……お肌っ!超ツルっツルだぁ~~~!!」
ロルフが言っていた粘液の美肌効果だろうか。粘液の成分が高級化粧品の原料になると言っていたので、もしかしたら売れるかもしれないと思い、念のため採取用の瓶にとれるだけとっておいたのだ。試しに身体のあちこちに薄く塗ってみたところ、驚きの美肌効果が現れた!しかもなんともいえない、うっとりするような良い香りまでする。
リリアの肌はまるで何人もの手によって磨き抜かれた貴婦人の肌のように、柔らかく滑らかでありながら、真珠のような煌めく艶を持つ、極上の肌に進化を遂げていた。もともと若く健康なリリアのこと。肌の張りも潤いも申し分なかった。しかし、触れると蕩けて吸い付くような肌触りはそれまでに味わったことのないほど極上のもので。
「くふっ、くふふふふ~……粘液の美肌効果半端ないっ!これは、魔性の美肌ですよ……ぐふふふふ……」
女子力が一段階も二段階もアップした気がして気分もあがる。リリアは素早く冒険の準備を整えると、鼻歌交じりで冒険者ギルドに向かったのだった。
◇◇◇
リリアの家から冒険者ギルドまでは徒歩で30分程度。早朝のため、行き交う人もまばらだ。しかし、その僅かな間に、リリアにかつてないほどのモテ期が到来していた。
道行く男性がみんな振り返り、なぜか熱い視線を送ってくる。特に獣人の男性は、ギラギラしたような目で見つめてくるため、正直怖い。
「ねぇ、君、可愛いね……?」
そんななか、頭の上にピコンと立った猫耳がキュートな、猫獣人の男性が話しかけてきた。猫のようなスラリとしなやかな体つきに、ゆっくりと左右に揺れる長いしっぽが美しい。
(おおっ!イケメン!)
素直な賞賛の言葉に、リリアは思わず赤くなる。
「今から、僕と、どう?」
「は?どうとは?」
リリアがポカンとしていると、何やら色っぽい目で見つめられてしまう。何となく身の危険を感じたリリアは、
「あの!今から冒険者ギルドに行くところなんです!忙しいので!じゃっ!」
と、逃げるように走り出した。その間も、男性達から次々と声がかけられる。特に獣人男性のしつこさたるや半端ない。
(なになになに?なんかちょっと怖いんだけど!)
リリアは可愛らしい見た目と庇護欲をくすぐる小柄な体格の持ち主だが、実年齢以上に若く見えることから普段は子供扱いされることも多い。獲物を狙うようなギラギラした視線を向けられることに慣れていないのだ。
◇◇◇
―――その頃冒険者ギルドでは、いつものように、ロルフがリリアを待っていた。適当な椅子に腰掛け、果実水をあおっていると、慌てた様子でリリアが駆け込んできた。
(!!!!!!!!!!)
ロルフは声にならない叫びを必死に抑えると、リリアを素早く抱えあげ、風のようにギルドから飛び出していった。あまりの速さに呆気にとられる周囲の視線を置き去りにして。
「なぁ、今のリリアだよな?」
「ああ、なんていうか、ヤバかったな」
「いや、ちょっとロルフの動きが早すぎて何がなんだか……」
◇◇◇
一方リリアは、訳も分からずギルドから連れ去られ、混乱していた。
「ちょっ!えっ?なに?なに?なに?なんなの~~~!?」
驚くほどの速さでやってきたのはギルドから程近いロルフの家だった。
(いきなり家に連れ込まれたーーーーーーーーー!!!!なんだコイツーーーーーーー!!!!)
ロルフはリリアを一番手近な椅子にとりあえず座らせると、床の上にうずくまってプルプル震えている。もうほんと、何がなんだかわからない。街の反応といい、この男といい、今日は朝からなんだかおかしい。
「あのー?ロルフ?どうしたの?(頭)大丈夫?」
リリアが恐る恐る声をかけると、ロルフは見たこともないような必死な表情でリリアの肩を掴み、叫んだ。
「リリア、昨日は、家に帰らなかったのか?帰る途中で、何かあったのか?」
「……はぁ?」
「お前から、昨日あった魔物の粘液の匂いがする」
その言葉にリリアは納得した。
「心配かけてごめんね。昨日は助けてくれて本当にありがとう。ちゃんと家に帰ってゆっくり休んだよ」
「じゃあ、なんで魔物の匂いがするんだ?」
街の男たちのようにギラギラした目では見られないものの、目が合うとサッとそらされるし、何だか真っ赤な顔をしている。
「触手から出てた粘液、ロルフが高級化粧品の原料になるって言ってたでしょ?ちょっと興味があって塗ってみたの。そしたらこれ、すっごいんだよ。肌が綺麗になってビックリしちゃった!」
「……!!!はぁ……」
ロルフは絶句した後小さく溜め息をつくと、意を決したように話し出した。
「リリア、いいか。あの粘液には強力な催淫物質が含まれていて、相手を惹きつけるフェロモンを強く撒き散らす効果がある。」
「ほぇ……?」
「今のお前は、全身から男を誘う香りを放ってるんだよっ!人間でもフラフラ引き寄せられる位の効果はあるが、匂いに敏感な獣人の場合、思いっきり発情して誘っていると思われる。その場で押し倒されても文句いえねーぞ!」
「そ、そんなっ!」
「化粧品には、極々微量、ほんの一滴入れる程度なんだ。主に、貴族の夫人が閨の前に肌に塗って使っているらしい。原液は媚薬として使われている」
「そんな大事なこと、なんで教えてくれなかったのよ!は、早くいってよー!」
「ごめん、昨日はその、俺もちょっといっぱいいっぱいだったから」
そう言えば昨日はその粘液に体中まみれていたのだ。
「でも、昨日はまだ粘液自体の匂いがきつくて、それほど催淫効果は感じなかった。リリアのフェロモンと混じり合ってる今日の方がヤバい。」
「えっ?大丈夫?私、どうなっちゃうの?実は、街で知らない男の人たちから声とかかけられて、変だなって……」
「……風呂、使っていいから。んで、その服も匂いが移ってるかもしれねーから、ちゃんと洗うまで着ない方がいい。服、適当に着てていいから。風呂はいってる間、俺は外にいるから。」
「あ、ありがと」
言うなりロルフはさっさと出て行ってしまった。
リリアはすっかり落ち込んだ気分でトボトボとバスルームに向かうのだった。