2 転校生と学級委員
担任教師である藤崎翔子先生が教室の入り口のドアを開け中に入っていくと、教室の外まで伝わってきていた騒々しさは影を潜め、すぐに静寂に包まれた。
「今日から二年三組の担任を務めることになった藤崎翔子だ。とは言っても、わざわざ自己紹介するまでもないか。今日から君たちも二年生だ。下級生のお手本となるよう、その自覚を持って行動し、勉学に励んでくれることを期待しているぞ」
藤崎先生が教師らしくしっかりと自己紹介をし、担任らしく生徒に奮起を促しているのが廊下まで聞こえてくる。
「藤崎先生」
「なんだ、二岡」
男子生徒が藤崎先生に呼びかける声が聞こえ、それに対して藤崎先生が反応しているのがわかる。
「下級生のお手本になるようにということですが、そのためにまずはクラス単位で力を合わせていく必要があると思うんです」
「ほう、続けろ」
「だからまずは学級委員を決めるべきだと思うんです。それは今日決める必要はないと言われればそれまでですが、形からでも早いうちに入っておくのが良いと思います」
「ふむ、成績優秀な二岡らしい提案だな。まぁ、今日決める予定は無かったがいいだろう。早いに越したことはないからな」
どうやら今から学級委員を決めるらしい。
俺が教室に入るのはまだ先になりそうだ。
転校生をいきなり学級委員にすることはまず無いはずだが、それでも僅かながらも可能性が無いわけではない。
学級委員になるのははっきり言ってお断りだから、俺のいない場所で決めてくれることはありがたい。
「ねえ、聞いた? 今から学級委員を決めるらしいよ?」
未来先生がヒソヒソと小声で話しかけてくる。
「みたいですね」
「椎名くん、勝手に学級委員にされちゃうかもよ?」
「俺を知ってる人がいないわけじゃないと思いますけど、この学校に転校してくるのを知ってるのなんて二人しかいませんし、同じクラスだって知ってるわけでもなければ、同じクラスとも限りませんから選ばれるわけないですね。というか仮に選ばれたら怒ります」
「おねーちゃんを甘く見ない方がいいよー。こういう時に選んじゃうのがおねーちゃんなんだから」
「え? そうなんですか……?」
言われたことに若干の焦りを覚えてしまう。
「だがその前に、今日はお前たちに大事なお知らせがある」
その矢先、嫌な予感をお知らせする声が聞こえてきたと思ったら、藤崎先生が教室のドアを開いてこちらを見たきた。
「ほらねぇ。言ったとおりでしょ?」
未来先生はやや不安を煽る言い方をしてきた。
「でも絶対やりませんけどね。というか流石にそこまで鬼じゃないでしょ」
「何をヒソヒソと話している。早く入れ」
「はい……」
ざわつき始める教室を横目に、藤崎先生の後を歩き教卓の前に立たされる。
ざっと見渡そうと思ったのだが、一番に金髪ツインテールこと姫宮有紗の姿が目に入った。相変わらず目立つ金髪である。
窓側から三列目の一番後ろの有紗の隣の席が空いているから、おそらくあそこが俺の席になるのだろう。
どうやら陽歌は廊下側から二列目の前から三番目の席のようだ。
「えー、今日からキミたちと同じこの二年三組で共に学ぶことになった椎名佑紀くんだ。とはいえ、お前たちもこの二年三組で学ぶのは今日からだがな。みんなわからないことがあったら助けてあげてくれよ。ほら、君からも一言挨拶を」
「皇東学園から転校してきました椎名佑紀です。これからよろしくお願いします」
「えー! 皇東ってあの超進学校の?! すごーい!」
「右腕痛そー」
学校名を聞いての驚きの声や、右腕を見ての感想やらで辺りがざわつき始める。
「じゃあ椎名、君の席は一番後ろの空いているあの席だ。席に着きたまえ」
藤崎先生の指示で席に着くと隣の席の有紗と目が合う。
すると、「よろしく」と一言だけ言ってきた。
「あぁ、よろしくな」
そう返すと有紗は少しだけ笑みを浮かべて前を向きなおした。
「それじゃ、先ほどの二岡の提案通り学級委員を決めていく。まずは男子、誰かやりたいものはいるか?」
「俺がやります」
藤崎先生の問いかけに対し、我先にとばかりに一人の男子生徒が率先して立候補した。
この生徒、漫画などで必ずと言っていいほど一人はいる爽やか系イケメンで、非常に人気がありそうな予感がする。
「他にはいるか?」
藤崎先生は再び問いかけたが誰も立候補する様子はない。
「他にはいないと。では、二岡が男子の学級委員ということで異論は無いな?」
どうやらこの二岡という男子生徒で無事決まりそうだ。
未来先生と話していたことは杞憂に終わりそうなことに安堵するとともに、藤崎先生は別に鬼ではなかったと実感した。
「――先生!」
突然隣の有紗が立ち上がり声を上げた。
「どうした姫宮」
「私は椎名佑紀くんを学級委員に推薦します」
「――えっ?!」
突然の推薦に思わず有紗の顔を凝視してしまった。
「姫宮、それは受け取れない提案だな。流石に今日転校してきたばかりの椎名に学級委員は荷が重すぎる。彼はまず、この学校での生活に慣れることから始める必要がある。だからその推薦を認めることはできない」
「……わかりました」
有紗は藤崎先生にそう言われると、やや不満な表情を浮かべ視線を落とし着席した。
というか、何で俺のこと推薦しちゃってくれてんの?! 結構本気で焦ったんだけど! しかも目立っちゃったじゃん……。
でも藤崎先生は案外いい人なのかもしれないなとも思った。
「では他に立候補する者はいなさそうなので男子の学級委員は二岡に決定する。二岡、よろしく頼むぞ」
「はい!」
藤崎先生の激励に二岡は元気よく返事をする。
はい、イケボ。
「では次に女子、誰かやりたい者はいるか?」
藤崎先生の問いかけに立候補する女子は誰一人としていない。
「先生、僕は綾女がこのクラスの女子の学級委員にふさわしいと思います」
二岡の推薦に隣の有紗の机がガタッと揺れた為、有紗の方をチラ見してみると、かなり怒っているように見えた。
「ふむ。その理由は?」
「綾女は成績優秀で一年の頃も俺と学級委員をやっていました。俺も綾女にはとても信頼を置いていますしこのクラスも協力して上手くまとめていけると思います」
「と、二岡は言っているが、杠葉はどうだね?」
藤崎先生は二岡の発言をよく聞いた後、今度は推薦された女子生徒に意見を聞こうとする。
「わ、私は……」
廊下側の一列目の一番前に座る彼女の後ろ姿は、普通に困っている様に見えるのだが、クラスメイトはそれを気にかける様子もない。というか、困っていることに気付いている気がしない。
この教室に入ってから、自己紹介の前に教室を見渡してどんな生徒がいるのか確認しようと思ったが、一番先に金髪有紗が目に入ってしまった為、そんなことは頭から消えてしまった。
だから俺は彼女の顔はまだ知らない。だが困っていることは間違いないように思えた。
「うちも杠葉さんなら任せてもいいかなー」
「俺も杠葉ならいいと思うぜ!」
そんな声がそこら中から聞こえ始める中、有紗が立ち上がり声を上げた。
「先生! 私が学級委員やります」
マジか……。立候補しやがった……。
周りが綾女という子を強烈に推す中での立候補に、俺はそんな有紗の勇気に心底感動してしまった。
藤崎先生はただジッと何も言わずに有紗を見つめている。
「ちょっと待って。姫宮は言い方は悪いかもしれないけど成績はあまり良くないし普段の生活態度もお世辞にも良いとは言えない。これは一年の時同じクラスだったからよく覚えてるよ。だから俺は姫宮とではうまくこのクラスを回せるとは思えない」
しかし、すぐさま二岡が立ち上がり――中々の辛辣な意見を有紗にぶつけた。
おーい、言われてますよ有紗さーん。
二岡は慎重に言葉を選んだつもりなのだろうが、俺には何度聞いてもディスってるようにしか聞こえない。多分有紗もそう感じているはず。
だがそれでも、クラスメイトはそれに対して意見しない。
「――なんですって!」
「でも俺は事実を述べただけだよ」
二岡が爽やかな笑みを浮かべてサラッと言ってのけると、教室のあちらこちらから二岡に賛同する声が聞こえ始めた。
有紗もその声を聞いて委縮してしまったのか、助け船を求めるようにこちらをチラッと見てきた。
マジか、この状況で俺に何か言えと?
転校初日で変に目立つのは嫌なのでスルーすると、今度は着席して若干の上目遣いを使ってきた。
ちきしょう、こいつホント可愛いな。
これをされるとどうしても断れなくなってしまう。意を決して立ち上がると、やはり視線を集めてしまったがこうなってしまったらやむを得ない。
ん……? ちょっと陽歌! なんでニコニコしてんの?! 俺、割と転校初日からピンチな気がするんだけど?!
「ん? なんだ椎名。何か言いたいことでもあるのか?」
藤崎先生は表情を変えず俺に問いかける。
「いや、その、なんていうか……姫宮さんは自分から立候補したわけですし、その意思を尊重して候補者であるべきだと思うんです。というか、そもそも学級委員をやることに学力とか関係あるんですか? 生活態度も正直関係ないと思うんですよね。重要なのはリーダーにふさわしいかどうかだけだと思うんですよ。学力があって生活態度が良ければリーダーシップを張れるかっていったらそういうわけではないでしょ。それに、最初に推薦された綾女さんって子、勘違いかもしれないですけどちょっと困ってるように見えたんですよね。あの子の意見を聞かずに押し付けるのはちょっとどうかなって……」
言い終わったところで、廊下側の一番前に座る綾女と呼ばれる少女がこちらに一瞬振り向いてきた。
目が合ってしまった。肩の先まで伸びた黒髪に、目が悪いのだろうか? 眼鏡をかけているのだが、何処となくその顔に見覚えがあるような気がした。
というか、教室がすごい静かになってしまった。もう冬は終わったはずなのに、なんとなく寒くなった気がする。
「私もそう思う。有紗ちゃんは誰も立候補しない中で立候補してくれたんだもん。クラスのことをちゃんと考えてくれてるってことだよ」
この静けさの中真っ先に口を開いたのは陽歌だったが、その甲斐空しく周囲の反応は鈍かった。
「ふむ。では、椎名の意見を踏まえてそれぞれに考えてもらう。おっとその前に杠葉の意見も聞こうじゃないか」
ん? 待てよ、今藤崎先生、杠葉って言わなかった? そういえばクラスメイトたちもそう呼んでいた気が……。杠葉神社と同じ名前なんだけど、もしかしなくてもあの綾女って子昨日の子じゃね?!
「わ、私は、やっても、良いですっ……!」
「本当にいいんだな?」
「はい」
結局杠葉綾女さんは立候補してしまった。
だが、自分で決めたことだからそれに反対しようとは思わない。
「では杠葉と姫宮、どちらが学級委員になるか挙手で集計を取る。全員机に伏せるように」
一応個々のプライバシーを尊重してのことだろう。言われた通り一人、また一人と机に伏せ始める。
「あんたは私に投票しなさいよね」
机に伏せる直前有紗が自分に投票するように頼んでくる。
「良いけど、お前本当にやりたいのか?」
「別に……それより、私にお前って言うな」
結局どっちつかずの返答しかせずに有紗は机に伏せてしまった為、俺も合わせて机に伏せた。
「それじゃあ、杠葉が良いと思う人は挙手。ふむふむ……次、姫宮が良いと思う人、ふむふむ……全員顔を上げて良し。集計の結果、杠葉の方が多かったので杠葉をこのクラスの女子の学級委員とする」
顔を上げると偶然、二岡の満足そうな笑みが目に入ってしまった。さわやか系イケメンのはずなのだが、今のは俺にはちょっと不気味な少年に見えてしまう。
対する杠葉綾女さんは……一応覚悟を決めた様な表情をしている。
隣からは、なんだか強烈に怖いオーラが目の端に入り込んできているから見ないでおこう。
「では今日は以上で解散。それと学級委員になった二岡と杠葉はこの後職員室まで来ること。あと椎名は、とりあえずどこにしようか……うん、事務室で待っていること。それでは気を付けて帰るように」
普通に帰りたかったのだが、何故か事務室で待っているよう指示されてしまった。
「あんた、ちゃんと私に投票したんでしょうね?」
藤崎先生が退室するとともに有紗がやや睨みを利かせて聞いてきた。
「え、したけど。俺は転校生ながらあの状況でやれることはやったはずだ」
「はぁ、それもそうね。あの時のあんた、少しだけ男らしかったわよ」
有紗は椅子の背もたれに寄りかかりつつそう言ってくる。
「誉め言葉ですよね?」
「そうよ! 何いちいち疑ってんのよ!」
「すいませんでした。それはそうと、俺、昨日お前からメッセージ来た後一時間以上図書館の前で待ってたんだが?」
「それで? ていうかお前言うなって何度言えば分かるわけ?」
『それで?』だと? お前がそこで待ってるよう言ってきたんじゃねーか。何素知らぬ顔してくれてんだよ。
「待ってろって言われた気がするんですけど」
「お守りはもらえたでしょ? 感謝しなさいよね。私が綾女に、あんたが図書館らへんにいるって教えてあげたんだから」
「もらえたけど……ん? どういうこと?!」
「あんたが逃げられたって言うからあの子に確認したのよ。そしたら今あんたを探してるっていうから場所を聞いたわけ。だから私が図書館に行くわけないでしょ。というかあんた、場所動いたでしょ。綾女はすぐに分かったみたいだけど」
「マジか。そうならそうと言ってくれよ。おかげで帰るの遅くなっちまったじゃねえか」
「いいでしょ別に。私のおかげだし」
当然有紗は詫びを入れることなく平然と言い放つ。
「へいへいそうですねありがとうございました」
「何よその言い方ムカつく」
陽歌はまだ周りのクラスメイトと談笑しているようだ。一声かけておきたかったが藤崎先生に何故か呼び出されたので事務室に向かわなければならない。
「じゃあ俺、なぜか呼び出されたからもう行くわ。じゃあな」
「じゃーねー」
有紗の気怠そうな声を背に受け、そそくさと教室を出て事務室に向かった。
※※※※※
「全く、なんでおねーさんが椎名くんの面倒なんか見なきゃいけないかな」
事務職員である未来先生は、ぶつぶつと文句を言いながら書類に目を通していた。
特に構ってほしいとも思わないし、忙しそうだから聞き流すことにする。
「なんで無反応なのよー」
「忙しそうなんで邪魔しちゃ悪いかと思いまして」
そんなやり取りをしている最中、ドアがノックされ藤崎先生が入ってきた。
「待たせたな」
藤崎先生は俺の正面のソファーに座る。
「それで、俺に何か話があるんですか?」
担任の先生が現れたことで俺は居住まいを正し、呼び出された理由について聞いてみた。
「そんなに畏まらなくても良いんだぞ。前の学校からは、教師に対して嘗めくさった態度を取り、おまけに基本的に学力は無くその中でも数学は壊滅的、それにも関わらず勉強する姿勢もまるで無いと報告を受けているから、君が無理に礼儀正しくしていることは分かる」
「えー、意外」
未来先生が横から何やら言っているがとりあえずスルーして反論する。
「勉強は前の学校のレベルでの話ですよね。普通に難しいんですよ。あと、嘗めくさった態度は普通に盛ってます。……流石にこの学校に転校させてもらったんで勉強くらいはちゃんとやんないと親に申し訳ないんでこれからちゃんとやりますよ」
「そうか、その心意気は良いだろう。私も大いに期待しているよ。それはさておき話を本題に移すとしよう。君はさっきの学級委員決めをどう思う? 包み隠さず、本心をぶちまけると良い」
何やら藤崎先生は試すように俺を見ている。
恐らく、当たり障りのない回答をしても嘘だと見抜かれそうだと思った。だったら、言われた通り思ったことをぶちまけよう。
「どう思うって、はっきり言ってしょうもなって思いましたね」
「それはどうしてだね?」
「ほとんどの生徒は自分が学級委員にならないことだけを考えてますからね。もちろん俺もですけど。杠葉さんも最初はどう考えても困ってたのに、周りは助け船を出す様子もない。というか困ってることに気付いてないっすね、あの感じは。まぁ、それでも、最後には自分で決めた杠葉さんは、覚悟を決めた感じの表情をしていたのは救いだと思いますけど。こんな決め方で本当に下級生の手本になんてなれるんでしょうかね。ま、俺はそんなこと正直どうでもいいですけど」
「それは間違いなく無理だろうな」
「言ってることとやってることが矛盾してるんですけど」
下級生の手本になれるように、とか言っておきながら、下級生の手本になれない方法を教師自ら選択しているのだ。
普通教師ってものは、生徒が正しい道に行くように促すものだと思うんですけど。
「椎名にはあの場での正解は何だったかわかるか?」
「わかんないっすけど」
「椎名はあの場で立ち上がり意見を言った。ならばあの場での正解を自分なりに見つけ出してる。違うか?」
俺を逃がさんとばかりに藤崎先生の目がはっきりと目に映る。そうだ、あの場での答えは自分なりには出ているのだ。
「俺が姫宮さんに推薦されたときにそのまま学級委員になる、または姫宮さんを無理やりにでも学級委員にしてしまう、ですか?」
俺の答えを聞くと、藤崎先生は興味深そうに笑みを作りこう続けた。
「惜しいが私の考えとは少しだけ違うな。私の答えはこうだ。二岡を学級委員にしないこと」
藤崎先生の発言には正直耳を疑った。
二岡は明らかに優秀そうな生徒で、藤崎先生はそのような生徒を非常に信頼していそうだと思ったからだ。
「女子の学級委員は極論を言えば誰でも問題はない。だから杠葉が学級委員をやることには何の問題もない。ただ杠葉が学級委員の場合、問題は誰が相手かということだ。二岡と杠葉、この二人が一緒に学級委員をやることでクラスはいずれ崩壊する。今日の君を見てそう確信したよ。まぁ、二岡の場合も最悪杠葉が相手じゃなければ何とかなるとは思うがね」
俺を見て確信がどういうことかはわからないが、やや含みを持たせた藤崎先生の言葉には妙な説得力を感じさせられた。
なぜ説得力を感じてしまうのかという理由は、今はまだわからないのだが……。
「その発言にはよく理解できない点が一つあるんですが、ならなんであの時推薦された俺をそのまま学級委員にしちゃわなかったんです? 転校早々教師に逆らう度胸は持ち合わせていないんですけど」
「そうそう、それ気になってたんだよねー。なんで椎名くんを委員長にしちゃわなかったの? おねーちゃんなら絶対そうするって思ってたのに」
ここまでの会話を聞いていたのか、未来先生が再び会話に入り込んできた。
この人はどうしても俺を学級委員にしたかったのだろうか? もはや執念すら感じてしまう。
「椎名は見ての通り転校してきたばかりだ。二岡には勝てんよ。二岡は生徒からの高い人望がある。あれと投票で勝負なんてしても椎名は相手にすらならんよ。それこそただの公開処刑だ」
「いや、机に伏せてるんだったら誰にも数なんてわかんないんで公開処刑にはなりませんよ」
「はぁ……机に伏せたところで生徒にはわかるよ。圧倒的大差がついたことなんて」
「あー、それ可哀そうかも」
ちょいちょい会話に入ってくんの、調子狂いそうになるんでやめてもらえませんかね。これでもなんか、真面目な話させられてるっぽいんだし。
「椎名に投票するのなんて御影に姫宮、それに杠葉くらいなものだろうな」
「何で杠葉さんが俺に投票するになるんすか……じゃなくてっ! 二岡以外の必要があるんなら教師権限でも使えば良かったじゃないですか」
一番の疑問をここでぶつけてみる。
「それはできない相談だな。私は基本的に生徒の自主性に合わせるスタイルでね。よっぽどのことが無い限り介入もしないし怒りもしないさ。それに」
「それに?」
「このクラスはまずは崩壊する必要がある」
俺の復唱に対して藤崎先生は真剣な顔をすると、はっきりとそう言った。
「――はぁっ?!」
耳を疑った。とても教師が言うセリフとは思えなかったからだ。
日本中どこを探せば、クラス崩壊を望む教師がいるというのだ。いたら大問題なのだが、それが実際ここにいる。
「おねーちゃん怖ーい」
未来先生が何か言っているが全く耳に入ってこなかった。それほどまでに、今の藤崎先生の発言は衝撃的なものだった。
「約束しよう椎名、二年三組はいずれ必ず崩壊する」
「また約束かよ……そんなこと約束されても困るんですけど」
「まあそう言うな。椎名、私は君に少なからず期待しているんだ。遠くない未来クラスが崩壊した時、君は何を思いどう行動するのか、今から期待せざるを得ないよ」
「勝手な期待しないでください。というより、とても教師の発言とは思えませんね。それを未然に防ぐのが仕事じゃないんすか? それと、クラスがどうなろうが俺にとってはどうでも良いんで」
言われた瞬間、思わず藤崎先生を睨みつけながら言葉が出ていた。
俺の言葉を聞いて篠崎先生は不敵に笑っている。
「話は以上だ。気を付けて帰るといい」
そう言われると俺はすぐさま鞄を手に取り退室した。
「おねーちゃん、なんであんなこと言っちゃったの? 今日転校してきたばかりの生徒に言うようなことじゃないと思うんだけど」
「この学園の生徒はごく一部を除いて二岡の事を信じている。だからごく一部の心の叫びは周囲の生徒には届かない。だが、転校生の椎名ならどうだ? 彼になら、そのごく一部の心の叫びは届くかもしれないだろ? それが届いたとき歯車は狂いだし、崩壊は始まっていく。私はそう確信している。あるいはもう既に――」