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5 金髪ツインテールは名を名乗る

 ラーメン屋を後にした俺はそのまま帰るわけではなく、その足でそのまま近くのショッピングモールに来ていた。目的はショッピングモール内にある文房具屋。


 適当に五冊セットのノートとルーズリーフ五十枚入りを手に取り、購入列に並び会計の順番を待っているが、これが地味に混んでいる。

 明日は花櫻学園の入学式があるわけだし、近隣には別の高校や中学校もある為、新学期に向けて準備している生徒も多いのだろう。


「――あーっ!」


 何やら比較的大きな声がした為、思わずその方向を向いてしまう。

 そこには先ほどまで山根屋というラーメン屋で隣の席にいた金髪ツインテールがいた。


 店内で大声を出すのはやめましょう。

 というよりなんでここにいるの?

 ラーメン食べてたはずだよね?

 食べ終わるの早くない?


 そんなことを思いつつ振り返った首を元に戻す。


「ちょっと! 何無視してんのよ?!」


 金髪ツインテールがこちらに歩んできながら話しかけてくる。


 え? 今の俺に対して叫んでたの?

 列に並んでる人の中に学校の知り合いを見つけたとかだと思ってたんですが。


「な、何でしょうか?」

「『何でしょうか?』じゃあないでしょ! なんで無視したのか聞いてんのよ!」

「いや、俺に対してだと思わなくて」


 そう答えながら、後ろに並んでいる人に迷惑になりそうな気がして一旦待機列から外れる。


 はぁ、さっさと買って帰りたかったよ……。


「どう考えてもあんたに対してでしょ!」

「他に知り合いがいたのかと思って。ほら、普通に俺たちってなんの接点もないじゃないですか?」

「そんなことはないわよ! はるちゃんの友達という共通点があるじゃない!」

「そ、そうですね……。言われてみればそうかもしれませんね」


 なぜだか妙な説得力があって思わず頷いてしまった。

 だが、よくよく考えてみたらやはり俺達には接点はない。


「ほらね。あと、あんたなんで私に対してそんな丁寧な口調なのかしら? 私たちって同学年よね?」

「陽歌と同級生ならそういうことになりますね」

「だから! なんで敬語なの? 私の大切な親友の真似しないでよっ! あの子は昔から誰にでもそうだから良いけど、あんたは普段からその口調っていう風には見えないんだけど?」


 金髪ツインテールで見た目ギャルだし、すごい俺に対して当たりが強い気がするし、それで怖くて敬語使ってました! なんて言えない。絶対言えない、怖いし。

 とりあえずそれっぽい理由を適当に考えなければ。


「初対面の人には礼儀正しくあるべきだと思うのです! だから敬語で喋ってました」

「嘘ね。第一印象であんたがそんな常識あるような人間には見えなかったわ」

「あんたも充分、常識があるようには見えないけどな……」


 俺に敬語を使われることに不満があるようだからとりあえず敬語を解除する。


「何よ?! 私は生粋の常識人よ? 人を見た目で判断しないでもらえるかしら?」


 いや、お前が言うか? お前が。

 俺のことを第一印象で判断したって、はっきりと言ってませんでしたかね?!


「で、もういいか? 俺、これ買って早く帰りたいんだけど」


 左手に持った購入予定の物を見せながら、帰宅したい旨を伝える。


「ダメに決まってるじゃない。あんたはこれから私の買い物に付き合うのよ?」

「――はあぁぁぁっ?! 何勝手に決めてんの? 早く帰りたいって言ったよね」

「あんたに拒否権はないわ。もうこれは決定事項だから」


 意味が分からない……。

 この人、圧倒的に暴論が過ぎる気がするんだけど……。


「今日は数学の課題を終わらせなければならないという使命があるんだよ! というかなんで俺がお前に従わなきゃなんねーんだ」

「お願い……。いいでしょ?」


 金髪ツインテールが俺を見上げ、眩しい視線を送ってくる。


 さっきも思ったけどこれは反則だ。凝視できん。


「ま、まあ……、一時間くらいなら」


 金髪ツインテールの上目遣いのおねだりにあっさりと心が揺らいでしまった。


「いいなら最初からそう言いなさいよね!」


 俺が買い物に付き合うのを了承すると、金髪ツインテールはすぐに上目遣いを解き、偉そうにそう言ってくる。


「お前が言わせたんだろうが!」

「私が? いつ?」


 金髪ツインテールはまるで知らぬ顔をしている。


「自覚無いんだな……」

「というか、さっきからお前お前って……。私には姫宮有紗(ひめみやありさ)って名前があるの。今度からは名前で呼んでもらえるかしら?」


 今初めて名乗ったくせによく言うな!

 俺が今まで聞かなかったのもあるかもしれないけどさ!


 そういうわけでこのとんでもなくツンツンしている金髪ツインテールは、姫宮有紗という名前らしい。

 名前で呼べというのでとりあえず試してみようと思った。


「それじゃ有紗、やっぱ俺帰るわ」

「下の名前で呼ば――って! 何で帰るになるのよ?! それと、私に名乗らせたんだからあんたも名前教えなさいよ!」

「えー、急用を思い出したっていうか」


 急用というほどではないが、実際数学の課題をやりたいというのは本当のことだ。

 もちろん、買い物には付き合うと言ってしまった手前付き合うことにするが、これだけの扱いをされたのだから少しくらいやり返しても罰は当たらないはずだ。


「嘘はよくないわよ。ご両親にそう教わらなかったのかしら? で、早く名乗りなさいよ!」


 あれ……?

 返ったきた反応が予想と全く違うぞ?

 俺的にはもっと違う反応を期待していたんだが……。


 とりあえず怒らせたくはないからしっかり名乗ることにしよう。


「椎名佑紀だ。陽歌に聞いてなかったのか?」

「椎名佑紀ね。覚えたわ! はるちゃんには引っ越した先で出会った幼馴染がいるとは聞いてたわ。でも名前までは聞いたことがなかったのよ」

「あー、そうゆうこと。あ、陽歌と友達になってくれたみたいでありがとな。あいつ、ああ見えて引っ越してきたばかりの頃はすげー人見知りっぽくてよ、二週間くらいは一人でポツンとしてしてたんだわ。まあ、そのあとすぐに周りと打ち解けて素を出すようになったんだけど。でも高校生になればまた周りは知らない人がたくさん増えるわけだし、また人見知りを発揮しないかちょっと心配してたんだよな。ま、いらない心配だったみたいだけど」


 一応、感謝のつもりで述べたのだが、有紗は何故だか浮かない表情をしている。


「私……、はるちゃんとは小学校の頃は親友だった……から」


 そうポツリと溢した有紗は何とも弱々しい様子で、先ほどまでのツンツンとした姫宮有紗の面影は姿を隠していた。

 どうやら陽歌とはもっと昔からの付き合いだったらしい。

 だが、それはまるで、もう今は親友ではないと言っているかのようだった。

 少し気になったがここで深入りするのは賢明ではないと判断し、話を元に戻す。


「で、何の買い物に付き合えばいいんだ?」


 そう尋ねると先ほどの表情はどこへ行ったのやら、すぐに元の偉そうな表情に戻りこう続けた。


「まずは私も新学期に向けて文房具ね。その後は服とか化粧品とかぁ! というより結局買い物付き合ってくれるのね」

「一時間ならいいって約束したしな。てか、服とか化粧品って、そんなの女友達と来たほうがいいんじゃねえの?」

「たまには男の意見も聞かないとね。あんた、そういうの疎そうだけど、まあいいわ」


 そう言いながら有紗は文房具を物色し始める。


「いちいち一言余計なんだよ……」


 はいはいどーせ疎いですよ。

 というか、そういうことに疎い俺と買い物なんてして大丈夫なんですかね?

 後で文句とか言ってきたりするんじゃねーぞ。


「え? なんか言った」

「別になんでも」


 この先が少し不安だが、こうして俺は姫宮有紗の買い物に付き合わされることとなった。



※※※※※



「あー! いい買い物ができたわ!」


 ショッピングモールからの帰路、大きな袋を両手に抱えて有紗は満足そうな表情を浮かべている。

 ついでに俺も左手に大きな袋を持たされている。

 とりあえず、俺が有紗の買い物に対して特にまともなアドバイスができたとは思わないが、本人が納得しているなら別に良い。


「そりゃよかったですね。というか買いすぎだろ。どんだけ買ってんだよ」

「なんてったって私の今年のお年玉をすべてつぎ込んだからね!」


 有紗はそう言って腰に手を当てドヤ顔を浮かべている。


 別にドヤるところじゃないんだが……。


「はいはいそうですかー」

「何よその反応! 私の今年の春服をあんたにだけ先行公開してあげたんだから感謝してほしいわ!」

「いや頼んでねーし興味もねーよ」

「そんなこと言って、あんたも随分ノリノリだったんじゃない? 一時間って言っときながら、四時間も付き合ってくれるなんて。それに、試着室の中まで覗こうとして」

「してねーよ!」

「ま、ホントに覗いてきてたら警察呼んだけど」


 だから、そもそも覗こうとなんてしてないんですけど? 変な勘違いするのやめてもらえませんかね。完全に冤罪じゃん。


「それはそれとして、私の試着した服装を変に誤魔化さずちゃんと感想を言ってくれたのは合格よ。『似合ってる』、『可愛い』、『良いんじゃないか』、『変』、『ダサい』、『ブス』――って! 全部ありきたりな感想ばっかじゃない! というよりブスって何よブスって! 服の感想じゃないじゃない! 何? 私がブスって言いたいわけ?!」

「え? そんなこと言ったっけ?」

「言ったわよ!」


 俺はブスだなんて言っていないのだが、有紗は鋭い目つきでこちらを睨んでくる。


「あ、いやその、言った覚えがないといいますかなんといいますか……。仮に言っていたらそれは本心ではないので」


 勘違いのはずだが、絶対に言っていない保証はない為、強い口調で迫る有紗を前におどおどしてしまう。


「『本心ではないので』?」


 有紗が、続けろとばかりに言葉を復唱してくる。


「有紗は可愛いと思うぞ。これはラーメン屋でも思ったことだ。上目遣いで見られると落ちない男はいないだろうな」


 これだけ言っていないと言っているのに、まるでそれが通じない。

 だったらここは、ブスとは真逆の言葉を言うしかないと思った。


「うわー、そんな目で見てたんだ。何というか……、キモイ」

「ぐはっ……」

「え、何? 大丈夫?!」


 キモイって言われてグサッと来たんだよ。普通に心にダメージを負ったんだよ、見りゃわかんだろ。


 陽歌には普段から言われ慣れてるからほぼノーダメ、いや、そこそこダメージでやり過ごせるが、他の人となるとマジでダメージを食らってしまう。


「キモイって言われて精神的ダメージを……」

「何よ大げさに。あんただってブスって言ったんだからお互い様でしょ」

「それもそうだな。というより俺はブスなんて言ってないけどな」

「い、言ったわよ! ま、可愛いとも言ったけど。あ、私の家こっちだから」


 色々と言い合いながらしばらく歩いていたが一つの曲がり角に着いた。

 ここをまっすぐ進めば俺の家があり、左に曲がれば図書館や公園、確か神社もあったはずだ。

 どうやらこの曲がり角が俺の家と有紗の家の分岐点らしい。


「で、これ。俺に持たせた荷物はどうやって持って帰る?」


 左手に持たされた荷物を少し持ち上げて聞いてみる。


「片手使えないのに持たせちゃって悪かったわね。でも持って帰れそうにないから今度あんたの家に取りにいくわ」

「はぁ?」


 普通に今日持って帰ってほしいけど、有紗も両手に大量の荷物を持っている為、確かに持ち帰るのは無理がありそうだ。


「あんた転校してくるんでしょ?」

「俺、そのこと言ったっけ?」

「今日入学式の準備中にはるちゃんから聞いたのよ。幼馴染が転校してくるって。まさか転校してくるなんてちょっとびっくりしたけど」

「そういうことか。で、ちゃんと取りに来るんだな? 言っとくけど俺は持ってかないぞ」


 うちに置いておくのは良いが、持っていく気はないことをしっかりと告げる。


「行くわよ。あと連絡先を教えなさい。あんたにはこれからも付き合ってもらうんだから」

「えー、今日みたいに買い物付き合うのとか、ただの荷物持ちじゃん」

「違うわよ! そう、例えば今日の山根屋とか! 私があんなに食べるの知ってるのとかあんたぐらいなんだから付き合ってくれたっていいでしょ!」

「周りには秘密だったのかよ……」

「当たり前でしょ! あんなに食べるのなんて見られたら……、引かれるじゃない! でもあんたは知ってるんだから一緒に行ってくれたっていいじゃない!」


 有紗は顔を真っ赤にして俺を説得しようとする。

 別に連絡先を交換するのが嫌なわけじゃないからそんな必死に言わなくてもいいんだけど。


「ほらよ」


 ポケットからスマホを取り出し有紗に差し出す。


「あ、ありがと……」


 時折見せる、普段とは打って変わって違う弱々しい様子で俺のスマホを操作している。


「はい! できたわ! それじゃ私は帰るからその荷物よろしく!」


 その様子も束の間、すぐに普段の様子に戻り連絡先を交換し終えた俺のスマホを返してきた。


「はいはい」


 そういって有紗は歩き出したが――。


「そういえば、杠葉神社は知ってるわよね?」


 ――すぐさまこちらに振り返りそんなことを聞いてきた。


「あぁ、毎年新年になったら初詣に行ってたからな」

「そこのお守り、すごーく効果があるのよ。きっとあんたの右腕もすぐに良くなるわ。よかったら行ってみなさい」

「考えとく」

「ちょっと! そこは即答で行くって答えるとこでしょ! せっかくこっちが心配して教えてあげたのに!」


 どうやら俺の右腕を心配してのことだったらしい。

 実際は肩なんだけど、意外と優しいところもあるんだなこいつ。

 俺的には普段の発言がそれを帳消しにしてるけど。


「わかった。じゃ、明日行ってみるわ」

「よろしい! じゃあ、またね」


 そう言うと有紗は再び歩き出した。


「またな」


 俺はその背に向けて無意識に返事をしていた。

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