4 金髪ツインテールと今日も遭遇してしまう
陽歌との朝の一件から昼を迎え、ようやく数学の課題をやるという使命を思い出す。
だがしかし腹が減っては戦は出来ぬとも言う。そう、俺にとって数学は戦も同然なのだ。
まあ当然他の科目も戦みたいなもんなんだが……。
「とりあえず数学の課題は後でやるとして、腹が減った」
財布を手に持ち帽子を被り外に出て、とりあえず駅前の方に向かう。
特に何を食べたいとか特に考えてないけど、とりあえず駅前に行けばいろいろあるしなんか見つかるだろう。
家から十五分程度歩き駅前付近に着くと、やはり色んな飲食店が目に入った。
その中で個人的に目を惹かれたのは去年できたらしい山根屋という名前のラーメン屋。
個人的に行ってみたいと思っていた店の一つである。一応陽歌からの評価は高かった。
店内に入ってみるとカウンター席が十席用意されており、食券販売機の横に設置された椅子に三人座って案内されるのを待っていた。平日の昼にしては結構混んでいる。
とりあえず初来店ということもあり店の看板メニューらしい醤油ラーメンの食券を購入し待合椅子に座り、待つことまさかの三分程で席に案内された。
前に座っていた客は四人のグループで来ていたようで、予想外に早く席に案内されることとなったのだ。
「お好みは?」
店員が水を持って食券を回収しつつ聞いてくる。
「硬めで」
「ライスはお付けしますか?」
「お願いします」
「麺硬一丁ライス付き入りまーす!」
正直このような店には初めて来たから勝手がわからなかったのだが、陽歌がとりあえず硬めって言っとけば何とかなるとアドバイスをくれていたのでこれで大丈夫なはずだ。
それにしてもライスも無料とはなんともコスパがよろしい。そしてなんか元気も良いし言うことなしだ。
そんなことを考えながらラーメンができるのを待っていると、隣の席が空き次の客が隣に座ってきた。
――って、え? こいつは……。昨日の金髪ツインテールじゃねーか!
どうやらこちらには気づいていないみたいだし助かった。無駄に絡まれるとめんどくせーしな。いや、自意識過剰か。
「お好みは?」
「ヤサイニンニクアブラマシマシメンカタマシ」
「ライスはお付けしますか?」
「お願い」
……ん? なんか今、呪文のような言葉が聞こえたような気がするんだが?
周りの客もほとんどの人が驚いているけど一体この金髪ツインテールは何をしたんだろ?
店員さんは特に気にしてる様子もないみたいだけど。
少し気になったが、よくわからないことに首を突っ込むのは賢明ではないだろう。
それに、昨日は何かと当たりが強かった気がしたし、やはり無駄に絡みたくはない。
「ヘイお待ち!」
注文したラーメンがカウンターの上に置かれた。
それを取るために左手を伸ばし、実際手に取るとなかなかの重量がある。
右手は使えない分余計にバランスが悪い。その時俺の左側からカウンターの上にあるラーメンに手が伸びてきた。
「――えっ?」
「はい、どうぞ。右手が使えないんじゃ危ないですよ? こういう時は周りの人を頼るべきですよ?」
「あっ……、どうも、ありがとう……ございます」
顔をこちらに向けてそう言ってくる為、こちらも失礼のないように顔を見てお礼を言った。
「どういたしまして――って! あんたは?!」
金髪ツインテールは目を大きく見開いて驚いたような表情を浮かべた。
「き、昨日ぶり……です」
なぜかバレていないようだったから安心していたが、気付かれてしまった。
だが、ラーメンが取れなくて困っていた俺を助けてくれたのだから普通に良い人なのかもしれない。
ここで不愛想な態度を取るほど俺も礼儀がなってないわけではない。
「あの、改めてありがとうございました。取れなくて困ってたので助かりました」
「そんなことより……、あんた、私に気づいてたでしょ! 気付いてたんなら声くらい掛けなさいよね! あと。その帽子のせいであんたに気づけなかったんだから今度から被るの禁止よ!」
な、なんという暴論だ。
確かに気付いてて声を掛けなかったことは俺が悪いことは確かなのだが、なぜ帽子を被ることを禁じられなければならないんだ。しかも圧倒的命令口調で。
「あんたが帽子さえ被ってなければ……」
金髪ツインテールは頭を抱え込んで机に伏せてしまった。
「『帽子さえ被ってなければ』? どうかしましたか?」
俺が帽子を被っていることに相当な不満があるように見えた為、その理由をそれとなく聞いてみる。
「ふざけないで! どうせあんたも私がさっき注文した時心の中で笑ってたんでしょ?」
金髪ツインテールは周囲の客に配慮する様に小さく声を荒げながらこちらを睨んできた。
「あー、さっきの呪文みたいなやつですか? こういう店初めて来たんで何のことかよくわかんなかったです。気にはなりましたけどね」
「呪文って……、やっぱりバカにしてるじゃない! もういいわ! それより早く食べないと麺が伸びるわよ」
金髪ツインテールは、顔を真っ赤にしてそういうとそっぽを向いてしまった。
どうやらなにか怒らせるようなことを言ってしまったらしい。
まったく心当たりが無いんですが……。
それよりもおっしゃる通り早く食べないとせっかくの麺が伸びてしまう。
箸入れから箸を取り出す。
どうやらこの店は割り箸ではないようだ。その点においては右手使えないし割るのが大変なので割り箸じゃなくて助かった。そのまま左手に箸を持ち麺をすする。
――うまいっ!
これまで食べてきた醤油ラーメンとは違った感じの味だ。
かなりコッテリしているのだが、今まで味わったことがない味に箸が止まらなくなった。
無料のライスとも非常に合っているし人気の理由がわかった気がする。
自分のラーメンをほとんど食べ終わった頃、隣の金髪の席の上にもラーメンが置かれた。
金髪ツインテールはそれを手に取り自分の前に置いたのだが、俺はそのラーメンについつい目を奪われてしまった。
「な、なによ」
俺の視線に気付いてか、金髪ツインテールは気まずそうな表情で俺に問いかけてきた。
「な、なんというか、すごいラーメンですね」
素直に出てしまった感想だった。
そのラーメンは麺が見えなかったのだ。山のように盛られた野菜が麺を隠している。
大食いの男性ならまだしも、おそらく女子高生であるこの金髪ツインテールがこれを食べようとしているのだ。周りの視線が心なしか集まっているのも頷ける。
というかこんなん食べきれんの? 俺には無理。
「――う、うるさいわね! 今日は入学式の準備をしてきたからお腹がすいてるのよ!」
そういえば陽歌も入学式の準備って言ってたな。ということはやっぱりこいつも同じ学校か。
「そ、そうなんですね。ならいいんじゃないですか?」
なんとも歯切れの悪い返答をしてしまった。
とはいってもこの圧倒的ボリュームを前にしては仕方のないことである。
「やっぱりこんな量のラーメン食べる女子なんて普通は引くわよね……」
金髪ツインテールは若干涙ぐみながらそう呟いた。
「いいんじゃないですか? 食べきれるんなら別に。周りがとやかく言うことでもないわけだし」
「でも、あんただって反応が完全に引いてた気がするんだけど」
「あれは初めて見る光景でちょっと驚いただけで別に引いていたわけではないんで」
本当のことだ。特に引いていたわけではない。
いや、やっぱ少しだけ引きました……。
「ホントに……?」
金髪ツインテールはやや不安そうな表情でこちらを見上げてくる。
え? なにこれ。
ラーメン屋っていう場所がややミスマッチなはずなのにめっちゃ可愛いんですけど。
というよりもそもそもこの金髪ツインテール可愛くね?
なんだか山盛りのラーメンですら可愛く見えてきた。病気かも、俺。
「本当に」
金髪ツインテールの上目遣いに耐えられず視線を外しながらそう答える。
「目を背けながら言われると信じられないんだけど!」
「とにかく、俺は特に気にしてないので。というか、早く食べないと麺が伸びますよ。麺、見えないですけど」
ラーメンを食べ終えた俺は席を立ちつつそう言いながら歩き出した。
「やっぱバカにしてるじゃない!」
店を出る俺の背に金髪ツインテールはそう投げかけてきたが、反応を返すことなく店を後にした。