1 体育祭の振替休日は来客が来る
体育祭の振替休日である月曜日の夜――これからうちに来客が来ることになっている。
「佑くん佑くん、今日はご馳走だね」
と、陽歌が机に並べられた夕食を見て目を輝かせているが、こいつは来客ではない。
いや、厳密に言えばうちに来ているわけだから来客なのだが、呼んだ覚えはない。
いつの間にかうちにいたのだ。
「そーみたいだな。んじゃ、お前そろそろ家に帰れ。きっと彩歌おばさんが美味しい夕食を用意してる頃だぞ」
「うちのお母さんは今日は仕事場の人とお食事に行く予定なのでした。ってなわけで、今日は自分で用意しなきゃなんだよねぇ――っと思ったら、目の前にご馳走がぁ!」
陽歌は食卓を見てわざとらしくもう一度目を輝かせる。
どう考えてもうちで食べていくつもり満々だ。
普段だったらそれでも構わないのだが、今日はこの後来客が来るのだ。
こいつにいられると、またわけのわからん句を呼んだり冷やかされたりしそうだからマジで何とかして帰らせたい。
「今日はこの後久しぶりに家族水入らずの時間を過ごす事になっててだな――」
「――コラッ、そんな予定はないでしょう? 意地の悪いことを言っちゃいけません」
「うぐっ……」
台所にいたはずの母さんがいつの間にかリビングに来ていて、発言を聞かれてしまっていた。
「この盗っ人ヘンタイ万引き男っ……!」
「今の会話の流れからどうゆう思考回路でその目に俺がそんな風に映ったんだよ!」
「嘘つきは泥棒の始まりって言うからね。どーせ隠し持ってるエロ本とかもコンビニかどっかで盗んできたんでしょ?」
「違うっ! あれはだな――あっ」
流れ出す冷や汗が止まらない。
母さんがいるのをすっかり忘れてしまっていた。
恐る恐る母さんに視線を移すと、俺を見てニッコリ笑っていた。
「佑紀? ちょっといらっしゃい」
「……はい」
和室に連れていかれ、正座をさせられてこってりお説教をされたのだった。
※※※※※
三十分ほど母親からの愛情溢れるお説教を受けた俺は、今や半泣き。
だって、エロ本没収されたんだもん……。
母親に例の物たちを差し出したあの瞬間はただの地獄。
殺処分しようと思っていたのに結局してなかったのをクソほど後悔した。
「おっ、やっと戻ってきた。どうだった? 泣き虫佑くん」
リビングに戻ると真っ先に陽歌が目に入った。その陽歌がニヤニヤしながらそんなことを聞いてくる。
「どうだったじゃねえんだよ……テメェのせいだろうがっ!」
今回の件の元凶たる陽歌を本気で睨みつける。
「あっ、えっと……お、お邪魔してるわよ……。きょ、今日は誘ってくれてありがとっ」
「……え、誰?」
誰なのかは分かっている。
俺が母さんにお説教をされている間に本来の来客がうちに到着していたらしい。
が、普段とは違う、何なら初めて見る髪型――ポニーテールに目を疑ってしまい、思わずそう聞いてしまった。
「――有紗よっ! 姫宮有紗っ……! ボケてんじゃないわよ!」
と、有紗は顔を真っ赤にして声を荒げる。
「ほんっと、サイテー最悪底辺クソ兄貴」
普段と変わらぬ渚沙の俺への態度。うん、平和だ。
「きっと、沙紀おばさんに自分の性的趣味が知られたのが恥ずかしくて全ての記憶を抹消しちゃったんだよ……可哀想だからあんまり責めないであげて? ぐすんっ」
やけにしんみりとした雰囲気で泣き真似しつつ鼻をすすってやがるけど、全部お前のせいだからな?
クソ幼馴染がっ……!
「可哀想なお兄ちゃん。キモいから三万寄越せ」
「ぜんっぜん可哀想だと思ってくれてないのだけは伝わってきたよ!」
だってそう思ってくれてるなら、そんな辛辣な言葉が出てくるわけねえもんな。それに加えて金銭要求、それこそ俺が可哀想だわ。
「渚沙、それは危険だよ。佑くんのことだし、それを脅しに身体を要求されかねないよ。明日には沙紀おばさんもいなくなっちゃうから尚更危険」
「……知ってたけど、バカなの?」
これには渚沙も呆れたのか、ゴミを見るかのような目を陽歌に向けている。
「流石俺の妹、やっぱ天才だな。その通り! 陽歌はバカだ」
「お兄ちゃんに聞いてないから」
渚沙は陽歌に向けたのと同様の視線を俺に向けてきた。
「そーだそーだ。バカにバカって言われる筋合いなんてないからぁ」
「いや、陽歌ちゃんはお兄ちゃんと肩を並べるレベルでバカだから」
陽歌は流れに乗って渚沙を味方に付けようとしたみたいだが、渚沙に冷静にあしらわれている。
やはりバカだ。
「うぅ……やっぱ天使! 超可愛いっ」
「――きゃっ! え、何ですか?! 有紗さんもバカだったんですか?!」
いきなり抱きついてきた有紗に、渚沙は不意を突かれたように驚いている。
「そう、それ! 私にももっと言ってぇ!」
「――ぐ、ぐるじいっ……! おにいじゃん、だずげでぇ……。グヘェ……」
妹の断末魔みたいなものが聞こえた気がするけど、まぁ、気のせいかな?
と、日頃の仕返しに聞こえないフリをして目を背ける。
「あらあら! いらっしゃい、姫宮有紗ちゃん。うちの渚沙を可愛がってくれてるみたいでありがとね」
ここで、母さんがリビングに姿を現した。
「は、初めまして! 姫宮有紗です! ひ、日頃から椎名佑紀くんには良くしていただいておりまして……! だから、そのぉ……こ、今後とも末永くよろしくお願いいたします!」
えぇ……何かめっちゃ緊張してるじゃん。
しかも物凄く畏ってるし……そんな姿初めて見たわ。
「あらぁ? 佑紀のお嫁さんになってくれるのかしらぁ? それなら大歓迎よぉ」
「――ブッフォッ! ちょ、母さん何言ってんの?!」
まずい……! このままでは有紗から俺にトゲが飛んで――、
「――へっ? あれ……?」
焦りに焦って大急ぎで後ろに振り返ると、異常なほどに顔を真っ赤にして恥ずかしそうに両手を頬に当て目を閉じている有紗がいた。
はぁ?! な、何でそんな反応しちゃってんの?!
もしや、満更でもない感じ……? って、そんなわけあるかぁ!
とにかく今はこの空気を何とか変えなければ……良し、行け陽歌!
いつもの調子を今こそ発揮してくれ!
と、陽歌に目を向けてみたのだが、まさかの冷や汗を垂らして大真面目な顔をしてやがる。
べ、別の意味で空気を読みやがって……。
こうなったら仕方あるまい、渚沙頼んだ!
「ハッ……!」
渚沙に目を向けると、さっき助けてあげなかった仕返しと言わんばかりに鼻で笑われてしまった。
今更ながら、ついさっきの俺をぶん殴りたい。
……いや、仮に助けてても渚沙が俺の味方をしてくれるわけないか。
やっぱ今の無し。
「ふふっ、ちょっと大袈裟すぎたわね。冗談よ、冗談。さぁ、夕食にしましょうか」
事の発端ことマイマザーがいたずらに笑いつつ場を締めた。
ムカつくけど助かったと言えば助かったと、何とも言い難い気分。
そのまま食卓の席に座る。
「チッ……クソ兄貴の隣かよ」
「もーう、渚沙ったらまーたデレるタイミングを窺っちゃってぇ」
結局うちで食べることになったらしい陽歌が、俺の前の席に座って渚沙を茶化す。
「……だから、バカなの?」
「もーう、なぎちゃんってば可愛いんだからぁ!」
「……やっぱ有紗さんもバカだったんですね。はぁ、やれやれ」
「あぁーん! もっと言ってぇ!」
もはや、猫をかぶるのをやめた渚沙にとっては当然ながら有紗も陽歌と同じ扱いをする対象みたいだ。
可愛い可愛い言ってる渚沙のわがままを思い知る日も近そうだな。
っていうか、何でバカって言われてそんなに喜んでるの?
は? まさかMだったの? 見た目はどっちかっていうとSなんだけどなぁ……。
どうやら人は見かけによらないらしいと、有紗を見て学習した。
「じゃあ渚沙、いただきますの挨拶をして」
母さんが渚沙にそう指示をする。
「は? 嫌だけど。お兄ちゃんがやれば良いじゃん」
「いいからやりなさい」
「……手を合わせてください」
昔は甘かったが、ここ最近の母さんは渚沙に厳しい。
渚沙も母さんには逆らい切れずに指示に従って合図をしている。
懐かしの、小中学校での給食時の挨拶だ。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
一斉に、用意されたご馳走に手を伸ばしていく。
楽しげな会話。
時折、陽歌が渚沙を茶化しては渚沙がキレて、それを見て有紗がある意味頭のおかしい発言をしては渚沙がキレて……。
それを嬉しそうに母さんが眺めていて。
俺は俺で、陽歌と有紗の間にあった見えない壁が消えているような気がしていて。
結局陽歌もいるんだったら杠葉さんも誘ってあげれば良かったな、なんて思ったりしたけどもう遅くて。
だから今は今で楽しもうと思い――時は流れた。




