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4 彼女が微笑むことを周囲は知らない

 俺が教室に来てからしばらくすると、何処かに行ってしまっていた杠葉さんが教室に戻ってきた。


「綾女、どこに行っていたんだ? よかったら綾女もこっちに来てみんなで話そう」


 彼女はドアから直ぐそこにある自分の席に座ると、机の中から本を取り出し読書を始めようとしたのだが、それを邪魔するかのように彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。


「いえ、あの、私は……」


 読書をしようとしていた杠葉さんは明らかに困っているように見えるが、二岡の周りの人間たちは便乗する様に杠葉さんに声を掛けている。


「あいつ、毎日毎日……」


 有紗は一瞬二岡の方を睨みつけ、聞こえないくらいの声でボソッと呟くと、すぐに普段の顔に戻り俺たちに断りを入れてから杠葉さんの方に駆け寄り笑顔で話しかけた。すると杠葉さんもすぐに笑顔になり、そのまま二人で雑談を始める。

 その様子を見ていて思い出したのだが、有紗が前に言っていた大切な親友とは杠葉さんなのだろう。


 その様子を見て今は違うと理解したのか、二岡の周りの人間は先程と同じように雑談し始めている。当の二岡も何ら気にする様子もなく周囲を囲むクラスメイトたちに爽やかスマイルを振りまいている。


「なあ相沢、お前だったら二岡にあんな風に誘われたらどうする?」


 ふと疑問に思い、つい相沢に聞いてしまったのだが、やはり俺の発言に陽歌以外のメンツは驚いているように見える。


「え? 俺は普通に会話に入っていくけどな。みんなもそうだろ?」


 相沢の問いかけに周りにいる涌井達は頷いている。


「わかんない!」


 ただ、陽歌だけは考え込む素振りを見せ、一言だけそう言った。



※※※※※



 授業開始初日、その一番初めの授業である数学を乗り切った俺は机に突っ伏し脳に安らぎを与えるべく目を(つむ)り、何も考えずに只々ボーッとしていたのだが、それを妨げるように頭の上から誰かが俺の名前を呼んできた。

 うっとうしさを感じながらも仕方ないから顔を上げると、二岡真斗が俺の顔を覗き込んできた。


「やっと顔を上げてくれた。相当疲れていたんだね。でも転校してきたばっかだから無理もないか」


 二岡はまるで俺を理解しているかような口ぶりで話し出す。


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は二岡真斗、よろしくな」

「お、おう。よろしく頼む」

「それにしても昨日の椎名には驚かされたな。転校初日からしっかり意見を言うなんて、相当勇気を出さないと無理な事だから、素直にすごいなって思ったよ」

「名前に入ってるくらいだからな。まぁ、半ばどうにでもなれって感じだったけど特にクラスから非難されることもなくて安心したよ」

「ははっ! そんなクラスじゃないよ。少なくとも俺はそう信じてる。学年で一番いいクラスになれるはずさ! だから椎名もクラスの一員として協力してくれ。改めて、今日からよろしく」


 二岡は左手を差し出してくる。

 その手を受け取って良いのだろうか?

 ふとそんな思考が巡ったが二岡はただクラスの一員としての協力を要請してきているに過ぎない。何かを俺にやらせようとかそんな考えを持っているはずはない。正直学年で一番いいクラスになるとか、俺としては全く興味がない事だが、悪目立ちもしたくない。とりあえず二岡と握手しておくことがここは無難だと考え左手を差し出すことにした。


「こっちこそ、よろしく」


 握手を交わすと二岡は満足そうに自分の席に戻っていった。


「あんた、何で手を取ったの?」


 今の様子を隣の席から見ていた有紗が、不満げな表情で話しかけてくる。


「なんでって、とりあえず無難じゃん。悪目立ちしたくねーし」

「売ったら許さないから」

「どういうこと? 売るって何を?」

「わからなくていい」


 有紗はかなり不機嫌そうに顔を逸らしてしまった。


「そうかよ。というか別に売るもんなんかねーし、教えてくれねーなら別にそれでいいわ」


 有紗は一瞬こちらを見たが、直ぐにまたそっぽを向いてしまう。

 これ以上機嫌が悪くなってしまっても困るから、これ以上は何も言わないことにした。



※※※※※



 藤崎先生が担当している四限の現代文がほぼオリエンテーションで、授業には入らず十分ほど早く終わり、俺たち二年三組は他のクラスより一足早い昼休みを迎えた。

 当然弁当など持っているわけもない俺は昼飯を手に入れなければならない。この学校は学食、購買と食料を手に入れる場所は揃っている。問題は場所だ。どこにあるのかが分からない。


「なあ有紗、弁当って持ってきてる?」

「今日はあるわよ――って、何? 私のお弁当が食べたいわけ?! 言っておくけどこれ、私のお母さんが作ったやつだから、私の手作りじゃないわよ?!」


 聞き方を間違えてしまったらしく意図したこととは全く違う方向で勘違いされてしまった。


「あ、いや、別にそうゆうつもりで聞いたわけじゃないから」

「じゃあどうゆうつもりだったって言うのよ!」

「弁当持ってねーから食堂か購買の場所教えてもらおうと思っただけ。でもあるならいいわ、時間あるし校内散策しながら探すわ」

「何よ、そういう事なら先に言いなさいよね。いいわ、案内してあげる。食堂でいいわよね? 私もこれだけじゃ足りないし……」

「でしょうね」

「あんた、その事口外したらマジ殺す」


 ちょっと? そんな言葉使ったらその可愛い容姿が台無しだよ? 


「しません、山根屋に誓います」

「やっぱ喧嘩売ってるわよね? もういいからちょっと廊下で待ってなさい。すぐ行くから」

「わかった。あ、陽歌も呼んどいていいか?」

「はるちゃんなら大歓迎よ。あ、はるちゃんにも私が声掛けとくから早く廊下で待ってて」


 言われた通りに廊下に出ようとすると相沢が駆け寄ってきた。


「お前、昼飯どうする?」

「今から有紗と陽歌と食堂行く所」

「おー! やるなお前! 転校早々女の子とランチなんて!」


 相沢は肘で俺の脇を突きながらニヤニヤと笑みを浮かべている。


「気持ちわりーからしれっと上品な言い方に変えるな。普通に昼飯って言え。……で、お前も行くか?」

「その言葉を待ってたぜ。今日は俺が何でも奢ってやる!」

「おー、マジか。サンキュー」


 相沢が何でも奢ってくれるらしいから、遠慮せずそのお言葉に甘えることにしよう。

 廊下に出て二分ほど待つと有紗と陽歌、それに杠葉さんが一緒に出てきた。三人ともお弁当を手に持っている。


「おい椎名、杠葉もいるじゃねーか」

「みたいだな、俺も驚いてる」

「これは二岡に見られないうちに早く行ったほうがよさそうだぞ」


 昨日と今朝の出来事があったからか、何となく相沢の言いたいことがわかってしまう。

 予想に過ぎないが、あの感じだと恐らく二岡は杠葉さんが好きなんだ。


 超可愛いもんな。わかるぞ、その気持ち。


 と、二岡の思いを勝手に推し量り、一方的に理解してみた。


 恐らく相沢としては、花櫻の超人気者が好意を抱く存在と、二岡がいないところで昼飯を囲むのはバツが悪いのだろう。だからこそ、『二岡に見られないうちに早く』という言葉が出たんだ、多分。


 まぁ、クラスメイトなんだし、そもそもそんなこと気にする必要ないと思うけど……。


「何コソコソ話してんのよ。てか相沢もいるのね……。まぁでも……大丈夫かっ! さ、行くわよ」


 有紗はさっさと前を歩いて行ってしまう為、急いでその後を付いていく。


「佑くんよかったね。転校してきてすぐに有紗ちゃんみたいな子が友達になってくれて」

「確かにそうだな、隣の席だし色々助かってるよ。俺より頭も良いしな」

「えへへっ!」

「ったく、なんでお前が自慢げなんだよ」


 自分が頭いいと言われているかのように照れている陽歌に、ついツッコんでしまった。



※※※※※



「椎名お前、本当に容赦なく注文しやがったな……」


 食堂の机の俺の席の前には、俺が相沢に奢ってもらったハンバーグ定食やら単品の唐揚げ五個やら花櫻プリンという学園限定デザートやらが置いてある。


「だって何でもって言ったじゃん」

「くそー! やっぱ何でもなんて言うんじゃなかったー!」


 相沢は頭を抱えて叫んでいるが既に遅い。


 昼飯は俺の目の前にあるのだ! 

 まぁ、実際は唐揚げ五個とかデザートはいらなかったんだけど、有紗が注文するよう目で訴えてきたから注文しておいた。


 食堂の席は俺たちが一番乗りだったから簡単に確保できたしスムーズに注文も出来たが、それは早く授業が終わったからで普通はこんな簡単にはいかないらしい。それは、今現在食堂が満席になり多くの生徒で溢れ返っていることからも理解できる。


 ちなみにここのテーブルだけやけに注目されている気がする……。美少女が三人揃っているのだから仕方ないと言えばそうだが食べにくい。


「しっかし本当にこんな混んでんだな。前の学校はここまでじゃなかったからびっくりだわ」

「だろー。俺も入学したばっかのときは驚いたぜ。まともに食にありつくことも出来なかったからな」


 女子三人はそれぞれ弁当を広げている。陽歌と杠葉さんは栄養バランスが取れていそうな色鮮やかな弁当、対する有紗はいかにも有紗が好みそうなカロリーが高そうな弁当。


「何よ、人の弁当ジロジロ見て。そんなに見たってあげないんだから」


 有紗は弁当を抱え込む仕草をして言ってくるが食い意地が張ってる有紗に最初からそんな期待なんてしてはいない。

 というより、なんであんな食うのに見るからに完璧なボディバランスなのか、疑問が湧いてきてしまう。

 足も腕も細くて胸は……わかっちゃいたけど結構デカい。よくわからんが推定Dカップ。

 そうか、胸に全ての栄養が運ばれてんだな。


 おっと、俺が有紗に向ける視線に気が付いたのか、陽歌がムッとしたような顔でこちらを見ている。


 こいつは有紗より若干小さいので推定Cカップ。

 ちなみに杠葉さんは……気持ち贔屓目に見てBカップ。

 ……俺は胸の大きさは関係ないと思うよ、うん。


「有紗ちゃん、このヘンタイ、有紗ちゃんのナイスバディを見ていかがわしい妄想をしてるよ!」

「おい、どさくさに紛れて中傷してんじゃねえぞコラァッ――じゃなくてっ! そんな妄想してねーし」

「椎名、俺はとっくにお前の視線にゃ気が付いてたぜ」


 相沢は陽歌に乗っかるように口を開く。余計なこと言わないでほしいと思ったのだが、当の有紗は何故かご機嫌な様だ。


「ま、いいわよそれくらい。私を見て釘付けにならない男がおかしいんだから」


 有紗は全く恥じらうことなくそんな事を言いながら、さり気なく唐揚げを取って口に運ぶ。


「あ、有紗さん。人の物を勝手に食べてはダメですよ。ちゃんと許可を取ってからにしてくださいね」

「うっ……バレてた?」

「バレバレですよ。次からは気をつけてくださいね。佑紀さん、有紗が勝手に食べてしまってすいません」


 杠葉さんは有紗に代わって申し訳なさそうに謝ってくるのだが、この唐揚げは有紗に頼まれ注文したものだから気にしているわけではない。それに、有紗としても周りに気付かれないようにこっそり食べたつもりだったはずだ。


「いいよいいよ、気にしてないから。なんなら丁度五個だし、みんなで一つづつ分けたらどうかな?」

「そうね! それがいいわよ! 丁度五個なんだし!」


 俺の提案に、有紗が助かったと言わんばかりに乗ってきた。


「じゃ、遠慮なくもらうぞ。そもそも俺が買ってやったんだしな」

「私も~」


 相沢と陽歌は箸で唐揚げを取って口に運んでいく。


「んー! 美味しい!」

「相変わらずここの食堂の唐揚げはうまいよなー」

「ほら! あやちゃんも食べなよ!」


 陽歌は杠葉さんにも食べるよう促す。


「私も、もらっていいんですか?」

「どうぞどうぞ、丁度五個なんだしみんなで分けた方がいいだろ」


 俺がそういうと杠葉さんは安心したのか僅かに微笑んだ。


「では、いただきます」


 杠葉さんが唐揚げを口に運ぶ様子を他の四人はジッと眺めている。


「あの……そんなに見られると食べにくいのですが」

「あぁ! ごめんねぇ。あやちゃんが食堂の料理を食べるの今まで見たことなかったから、どんな感想が出るのか気になっちゃって」


 相沢と有紗もうんうんと頷くのを見て杠葉さんは観念したのか唐揚げを口に運び、俺たちの視線が集まる中唐揚げをしっかり飲み込んでから口を開く。


「美味しいです! 家で食べる唐揚げより美味しくて、今度他のメニューも食べてみたくなっちゃいますね」


 目を見開いて感情を全面に出すかのようにニッコリ笑って杠葉さんは感想を述べた。


「でしょー! また今度一緒に来ようよ!」

「はい! 是非お願いします!」

「今度来たときは味噌ラーメン頼みなさいよ! 私のオススメよ!」

「わかりました。味噌ラーメンですね」


 お前ホントラーメン好きだな。


 有紗にそんな感想を抱きつつ、ふと横を見ると相沢が何故か大きく目を見開いて驚いたような顔をしていた。


「おい、どうしたそんな顔して」

「いや、なんて言うか、杠葉があんな笑顔をここで普通に見せるなんて信じらんなくてよ。姫宮と御影の前でしかあんな風に笑ったところ見たこと無かったからよ……ってあれ? なんかひっかかんな……んー? やっぱわかんね」


 相沢は何か引っかかることがあったのか、少し考える様子を見せたが答えは出なかったようだ。


 俺は始業式の前日に杠葉さんが微笑むところを見た事がある。だからそれは、相沢が勝手に抱いていた印象にすぎないのではないか。いや、そうじゃなくて単純に杠葉さんと普通に接しようとしてこなかっただけなのだろう。


「ま、普通に接してればあんな風に笑ってくれるって事だろ」

「……かもな。俺も、いや、俺たちも杠葉との接し方を考え直す必要があるのかもな」


 俺の言葉を聞き、相沢はやや複雑そうな表情を浮かべてそう言った。


 相沢たちが杠葉さんとこれまでどのような距離感で過ごしてきたのかなんて俺にはわからないし、大層なことなんて言える立場ではない。だから今はただ簡単に背中を押すことしかできなさそうだ。


「そうか。がんばれよ」

「あぁ、ありがとよ」


 誰かが一歩踏み出せば、他の誰かもその一歩を踏み出してくれるかもしれない。


 そうなれば、また一人、彼女が微笑むことを知るはずだ。


ブックマークの数がまた一つ増えました。ありがとうございます。これを励みにこれからも頑張っていきます。

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