1 夢に見る約束
「夢か……」
車内アナウンスで目が覚めた。
どうやら電車の心地良い揺れに眠りを促されてしまったらしい。
車内アナウンスですんなり目覚めたくらいだから浅い眠りだったのだろう。
よくわからないが夢は浅い眠りの方が見ることが多いと聞いたことがある。それが俺の中で実証された形だ。
周りを見渡せば座席に座っている人達は隣と間隔を空けて座っている。これなら寝ている間に誰かの肩に頭をぶつけるなんて傍迷惑なこともしていないはずだ。
だが、心なしか周囲の人間の一部から哀れみの視線を感じる。視線の先は右半身、いや、三角巾で固定された右腕だ。実際は右肩の負傷だが、周囲の乗客たちにそれを知る術はない。
そんなことを考えて少々気落ちしていると、車内のドアが開き人がちらほら下車し始めた。
俺もサッと立ち上がり、その小さな波に乗り遅れないよう釣られるように下車をした。
駅のホームに出て、時刻を確認する為にスマホを取り出したが電源が入っていない。
そういえば、電車に乗車してすぐに幼馴染からメッセージが送られて来たのだった。
返そうと思ったが、その後同じ内容のメッセージが続々と送られてきたから若干イラッとして電源を落としたのだ。
駅構内を歩きながら時刻を確認するため電源を入れ、起動を待っているとそれより先に構内に取り付けられた時計が目に入った。
「もう昼か。ちょっと腹が減ったな」
せっかく起動したスマホだが用が無くなったので再びポケットにしまう。
あ、メッセージの返信してなかったな。まぁ、後で顔見せに行けばいいか。
改札を出て周辺を見渡せば色んな飲食店が並んでいた。都会とまではいかないが田舎とも呼べない。郊外といったところか。
ファミレスやらファーストフード店、ラーメン屋、意外となんでもあるもんだな。
「左手でも食えるしハンバーガーでいっか」
そんな独り言を呟き誘われるように店内に入っていった。
※※※※※
昼食を食べ終え目的地に向けて歩きながら、電車の中で見ていた夢を思い返す。大抵の夢は目覚めと同時に忘れてしまうがこの夢だけは鮮明に覚えている。
子供の頃の夢を見ていた。
その夢は小学四年の夏休みに図書館で出会った一人の少女との出来事だった。
その少女とは、ある約束を交わした。
夢はその場面で途切れた。電車の車内アナウンスによって目覚めたことで。
何故この夢を見たのか。つい三週間前、心の奥底に封印したはずの記憶は夢によって再び呼び覚まされた。
いや、元々封印なんて出来ていなかったんだ。
心の奥底に封印したつもりになっていても、結局心は自分の中にあるもので、忘れようとしたものほど自分の中から消えていかない。
忘れる事で後悔することがあるからだ。
それを証明するようにどうでも良いことほどすぐに忘れて思い出せない。
どうでも良いことは忘れても特に後悔などしないから。
ならばこの記憶は、自分にとって忘れたくても忘れられない記憶なのだ。
それを夢に見るほどに――。
どうして約束を守ることができなかったのかと何度も自分に問いただして生きてきた。
あげく妹に当たり散らす時期もあった。でもそれは、今考えればあまりに理不尽で最低な兄の姿だと思う。
当時の幼い俺にはそのことに気付くことはできなくて、それでも妹は普段と変わらずにいてくれたことは、今となっては心の救いの一つだと感じている。
いつしか俺は約束を交わしたあの少女に謝りたいと思うようになっていた。
だから俺にできることをやり続けることでその機会が訪れるのを待ち続けていた。
しかし、その機会は未だ訪れず。
高校生活も一年が過ぎ、俺にも現実が見えるようになってきた。その機会が訪れるなんてあるわけがないことを簡単に理解できてしまう。
だから諦めることにしたのだ。
その少女の子供の頃の顔、それも時が経つにつれ鮮明に思い出すこともできなくなってしまい、あだ名を付けただけで名前も知らないあの少女に再会して謝罪するなんてことできるわけがないのだから。
「だったらっ……!」
未だに何故夢に見てしまうのか。あの少女は自分にとっていったいどのような存在となっているのか。そこまでして謝りたいと思えるほど特別な存在だったのか。
その答えは今さっき出たばかり――。
でももう遅い。今日から俺は新しい生活を送るのだ。
夢を見るたびにだんだんと少女の顔がぼやけていくことに恐怖を感じつつも、このまま完全に忘れ去ってしまうことを僅かに期待しながら新生活を始める場所である実家に足を踏み入れた。