#1 / 強引な取引
「というわけでキスしましょう。」
と、突然教室の中で僕は委員長に言われた。
雨宮梓という、2ーAの委員長は見た目とは裏腹に大胆なことを言って僕に詰め寄ってくる。
教室の中には僕と梓しかおらず、時刻は6時を回っている。梓の部活の帰りを待っていると、僕はどういうわけかこの状態になっていた。
外は雨が降っているためかなり薄暗い。雨宮梓とは知り合いであったけど、僕が勇気を出して休みは暇じゃないかとか聞いてみたら放課後は暇だと言われる。
そして、この状況になるのはやはり意味不明な感じはあった。
雨宮梓は決して、不特定多数の男性と付き合えるようなタイプの人間ではないはずだ。
それがどうしてこんな事態に陥るのか理解できていなかった。
「どうして、そうなるんだ?」
心臓の鼓動が止まらない。
「うーん。男女逆だったら、速攻で落とせそうだったけど。やっぱり無理かしら。」
「男女逆?」
「私が男だったら、ここで壁ドンして地味な女の子に俺と付き合えって言ったら攻略可能な状況なのに。ねぇ、私どうしたらいい?」
こいつはアスペなのか?
前後があまりにも意味不明すぎてこっちが頭痛を起こしそうだった。
「いや、えぇと。どうしてキスなんかしようと思ったんだ?」
「部活で女の子に、男の子にどんな告白したらいいと思う?って聞いたら。教室でキスしちゃえばって。」
「え?」
「取り敢えず、私としてクラスの中で一番私なりに付き合えそうな男の子を選んでみたけれど。貴方は嫌なのかな。」
確かに、キスをしましょうと言われてはいとは言ってないけどさ。
「いきなりそんな関係になったとして、また次の日普通に会話できるのか?」
「そうね。もし仮に、水泳部の女子が水着のまま忘れ物を取りに教室に来て、偶然男子生徒が彼女と会ったら、後日どちらかが不登校になるものね。」
「怖いことを言うな。」
「いくら私でも水着のまま教室の中まで行くのは少し恥ずかしいわね。」
話が全然わからないんだが。
「この状態、誰かに見つかったら困るし。」
「そうね。最悪退学ね。」
しかし下がってはくれなかった。
「それで、いつまで私の胸をじっと見ているのかしら。」
「ご、誤解だ!」
「私としては、乳袋なんてない方がいいと思うけれど。むしろ制服の上から女の子のおっぱいを揉むのが最大限にエロいというのが理解できてない人は多いようね。」
「何の話だよ・・??」
これは何の罰ゲームだろうか。明らかに話が逸れているし意味不明すぎる。
「それで貴方はどうしたいの?」
「梓さんに好きな人っているのか?」
「広範囲に絞れば、女の子が好きそうな人なんてすぐに割り出せるわね。」
暴論だった。高校生の精神レベルで言えば、外見さえ良ければ誰でも付き合えるみたいな。そんな感覚である。
しかし、現実はそうはならない。必ずどこかで高校生には理解できない、その人間性のズレがコミュニケーションに支障が出てくる。
結果的に言えば、若いから仲良くできたというだけの話で。動物的な感性が後押ししているだけで全てが上手くいくわけがない。
なら、この場合はどうなんだろうか。
「えっと。友達に言われてこんなことをしているのか?」
「卒業する前に、ある女子のグループの中で誰が一番男子生徒とキスできるか競っているだけ。」
聞き方によっては怖すぎる内容だった。
「男の子だって恋愛したいんでしょう?」
「男の方が外見で判断しているけど。それについてはどうなんだ?」
「んっ」
最高に意味不明なタイミングで、僕と梓はキスをすることになってしまった。
というか、梓による謎の行為となるわけだが。しかしどうだろう、彼女は実は真剣なレベルでおかしい真似をしているんじゃないか。
その雨宮梓による行為より数十分前。
「この中で一番誰が早く彼氏ができるのかな。」
「そんなの、別に考えなくてもいいんじゃない?」
「勉強が疎かすぎると、コンビニで働くようになりますよ。」
「ねぇ部長、冷蔵庫の中のお菓子食べたでしょ。」
美術部では、部長による恋話が行われていた。暇つぶしのようなものだったが、雨宮梓はこれを勝手に、一番誰が早く彼氏を作れるかの競争だと誤認していた。
「高校を卒業したら何になるかも大切なんだけど。やっぱり恋も重要かなって。」
「恋なんて今時はやりません。」
「君、もう少し夢を持ちたまえ。」
「部長、ちょっと静かにして。ネームに集中できない。」
若干一人同人誌を書いている奴がいるが、それは気にしない方がいいだろう。
「そんな君みたいな人がいるから少子化問題が解決しないんだい。」
「しなくてもいいです。人間なんて飾りですから。」
「え?」
流石にその飾り発言をした彼女のことは、梓にもよく分からなかった。
恐らく、純粋にネタ何だろうけれど。
「高校を卒業するまで誰かが彼氏を持ったら、そこでお祝いをするのはいいんじゃない?」
「えー?」
「しかし、すぐに見つけられるものなんですか?」
「さぁ。人間って恋愛だけはなぜか自分で攻略しろみたいなところあるよね。」
部長の言い方だと、まるで性教育を受けていないかのように聞こえるけれど。
梓にとってみれば、今の段階で別に恋愛に対する可能性はあまり感じていなかった。
別にやりたいわけじゃないけれど。
「でも恋愛なんて別に誰もやりたがってないと思うけど。」
「うーん。エロければいいんじゃない?」
「そこが問題なんですけれど。部長、いい加減黙っててください。」
「明日、何のお菓子持ってこよう・・。」
「くっ、線がかけない・・・。」
「貴方、一体何を描いて・・・・?」
そして、雨宮梓は。自分の知り合いである朝倉立夏に対しキスをする行為に至った。
「ドキドキしているわね。」
「君は・・?」
「触ってみる?」
「え?」
「一度だけよ。」
胸に触れていいと、そう言っている時点でサービス過剰な気はした。
「私の心臓に触れて。」
「心臓・・。」
その中央に、手を押し当てる。明らかに胸も触っているような気はするけれど、しかし彼女も自分と同じような感じになっている。
「梓は少し、大胆すぎるんじゃないか?」
「でも、こうしているだけで十分私も何かを感じられるから。高校生同士なら、この程度でも問題はないでしょう?」
「えっと。」
「もう終わりよ。」
手を離される。
「貴方の感想としては、どうかしら。」
「ドキドキしただけ・・?」
「そうね。でもあまりエロいをすると、ここでは怒られるかしら。」
「エロいことをしたいのか?」
「エロ以外のことなら、構わないとは思っていたけれど。」
「ある意味あっけない気もする。」
「ふむ。人によるわね。」
まぁ、小中学生からエロいPCゲームやってたとか。親族の誰かが読んでいたエロい本を読んでいたとか。そんな後ろめたい経験の持ち主でもない限り、この状況をそこまで冷めた目では見ないだろうけど。
「実験終了というところね。」
「これって、僕は君と付き合うことになるのか?」
「そうね。まだそこまで行ってないのかしら。」
「えっと。もしかしてそういうことまで考えていなかったのか?」
「貴方は私と付き合いたい?」
「え?」
「朝倉立夏は、雨宮梓の恋人になることをここで宣言する?」
どういう言い方なんだろうか。
そのあまりにも強引な恋愛の成立方法で、僕と梓は付き合うことができる。
僕は取り敢えず、彼女と付き合うことを決めておいた。
この教室の中を梓の幼なじみがずっと教室の外から見ていたことを知るまでは、まだ甘い状況だったということになる。