9.大事な話
「じゃあ、あと色塗りヨロシクー」
昼休み。貞子は満足気に言って、わたしのコンビニ弁当の唐揚げを箸でつまんだ。
「おい! 人の取るな!」
「いいじゃん、ケチ」
かまわず取ろうとするので、「色、塗らないぞ」と言ったら、すぐ返してくれた。
「そんなに色を塗って欲しいのかよ」
「うん」
「……じゃあ、おっふ、って言ってみ」
「おっふ」
あ、オモロイ……
色を塗るまでの間しばらく、これで遊べそうである。
ただし、ずっと塗らなければ機嫌を損ねるので、それはそれで危険だ。
「とりあえず、これあげる。お礼」
貞子は自分の弁当からブロッコリーをわたしの弁当に移した。
「お前、これ嫌いだろ」
「よく知ってるじゃん」
「自分で食えよ」
「人の好意は素直に受け取っておきなさい」
「ブロッコリーは、ビタミンCとか、ベータカロチンとか、ミネラルたっぷりで……」
「あー、そういうのいいから、ウンチクばっか言ってるから嫌われるんだよ」
嫌われてないよ。
いや、陰で嫌われているのだろうか。
不安になって来る。
デジ絵の色塗りは楽である。
アナログと違って、失敗しても、いくらでもやり直しがきくし、筆を洗ったり後片付けをする必要がない。
ひとつ問題は、わたしのパソコンの調子が良くないことである。
もともと電気屋のポイントで買った格安ノートPCで、Wordがやっと動く性能である。ペンタブをつなげて描画すると、線がカクカクと遅れて動く。思うように描けない。
よって筆塗りはせず、バケツツールをつかってベタ塗りをする。輪郭線の中に適当に色を流し込み、全体を見ながら、あとから色を調節していく。
パソコンとはまったく便利なものである。
それだけだと味気ないので、紙に水彩絵の具でいたずら描きしたものをスキャナーで取り込み、それをテクスチャとしてイラストの上から透けるように張り付ける。
そうすると、イラストにちょっとした風合いが生まれる。
これで完成である。
背景も人物も、もっと細部まで描き込めば、もっと良くなるだろうが、これでいいのである。
何せ報酬は、さけるチーズ一本なのだ。
デジ絵だと色塗りはあまり時間がかからない。
完成したが、もし、もう完成したと言ったら、それを交渉カードとして、言うことをきかせられないので、しばらく貞子にそれを伝えない事にした。
仕事が忙しくなり残業が続いた。
数日は馬車馬のように働き、昼休みもなかった。
貞子から「完成した?」と何度もメールが届いたが、忙しかったし、面倒くさかったので、既読スルーを続けた。
一段落ついた頃だった。
その日は夜八時を過ぎていた。ラウンジに行くと、ひさしぶりに貞子に会えるかと思いきや、彼女はいなかった。
もう帰ったのだろうか。
メールしても返事がない。
ビールを飲んで休んでいると、伽椰子から「大事な話があるからオフィスに来てください」と電話があった。
なんだろう、と思って彼女の会社に行ってみると、他の従業員はとっくに帰っていて、伽椰子はひとりだった。
次回は「10.告白」




